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11『幸せの扉叩いて』
5 塩田と皇副社長
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****side■塩田
「あ、おい。板井!」
丁度いいから話してこいと板井に言われ引くに引けず皇と二人、廊下に取り残された。
──話すって、何をだよ。
「話し?」
皇は不思議そうにこちらを見ている。
「あ、えっと……」
なんと切り出していいのかわからず塩田が困っていると、
「こんなところで立ち話もなんだし、休憩室で聞くよ」
と言われてしまう。
「どうしたんだよ。座れば?」
皇は冷蔵庫から緑茶のペットボトルを一つ取り出すとソファに腰掛けて。
「あ、いや。俺の用はすぐ済むし」
「そっか」
彼は特に気にしていないようだった。
「で、用って?」
まだ心の準備ができていないのにこんなことになろうとは。
塩田は何というべきか迷う。
「用ってほどのこともないんだが……どちらかと言うと報告?」
自分でも何を言っているのかわからない。
──恨むぞ、板井。
「報告?」
自分の目的がなんなのかさえまだ分かっていないのだ。
「そう、報告」
このまま勢いで押し切るしかないと腹をくくる。結論を投げればきっと皇がなんらかの対応をするだろうと思った。
「俺、結婚するんだ。紀夫と」
うつむいたまま告げる。どんな顔をして自分の告白を聞いているのか、観るのが怖かった。
「そっか。おめでとう」
一瞬間があったような気がしたが、とても穏やかな声で彼は祝いの言葉を述べる。
「随分と急だな」
そこで塩田は顔を上げた。あっさりとした反応に戸惑う。
”それだけ?”という気持ちが顔に出ていたのかもしれない。お茶を飲もうと口元に持っていったその手を止める皇。
「どうした?」
「え? ああ、そう。急に決まった」
塩田の返事に怪訝な顔をする彼。
「聞いた方がいいのか?」
それまでの穏やかな雰囲気とは打って変わって真面目な声音に変わった彼にびくりと肩を揺らす塩田。
「何を」
「なんで急なのか」
「特に理由はない」
それは嘘だが仕方ない。
「じゃあ、聞き方を変えるべきか? なんて言って欲しいんだよ」
「は?」
眉を寄せ、じっとこちらを見つめる皇。
「『おめでとう』じゃ、不満なんだろ?」
「そんなことはない」
すっと視線を逸らす塩田。彼がため息をつくのが分かった。
「あのさ、塩田」
「なんだ」
「好きを諦めるというのと相手を諦めるというのは全く別のことなんだよ」
「え?」
皇が何を言わんとしているのか分からずに再び彼を見やれば、優しい笑みを浮かべ床に視線を落としていた。
「電車はなんで焦ってるんだ? 塩田を俺に取られるとでも?」
自嘲的な笑み。
そんな彼から塩田は目が離せないでいた。
「それって、付け入る隙があるって言っているようなものだと思うんだが?」
そこで彼と視線が交差する。
「バカだと思わないのか? 塩田は」
「何を」
「どんなことをしたとしても、俺のものにはならないのに。何故焦る必要がある?」
皇の言うことは正しいとも思うし、正しくないとも思った。
もし、自分が電車のことを好きにならなかったなら。
どんな未来になっていたかなんてわからない。
「皇は……俺のことが好きなのか?」
なんでこんなことを聞いているのだろう?
聞いてどうするのだろう。
「好きだよ」
「それは、恋愛感情というやつで?」
そんなことを突き止めてどうするのだろう、自分は。
「そうだよ」
だが彼は”そんなことを聞いてどうする?”とは言わなかった。
ただ塩田の好奇心を満たしただけ。
「好きでいるのは自由だろ?」
「それは……まあ」
どうして笑顔でいられるのだろうか。
「両想いになることだけが全てじゃないんだよ、塩田」
「わかるけど」
好きだけれど、何も求めないということなのだろうか?
わかるけれどわからない。それが正直な感想だ。
「で、いつ籍を入れるんだ?」
「大安吉日」
皇の言葉にそう答えれば、
「いつのだよ」
と彼は肩を竦めたのだった。
「あ、おい。板井!」
丁度いいから話してこいと板井に言われ引くに引けず皇と二人、廊下に取り残された。
──話すって、何をだよ。
「話し?」
皇は不思議そうにこちらを見ている。
「あ、えっと……」
なんと切り出していいのかわからず塩田が困っていると、
「こんなところで立ち話もなんだし、休憩室で聞くよ」
と言われてしまう。
「どうしたんだよ。座れば?」
皇は冷蔵庫から緑茶のペットボトルを一つ取り出すとソファに腰掛けて。
「あ、いや。俺の用はすぐ済むし」
「そっか」
彼は特に気にしていないようだった。
「で、用って?」
まだ心の準備ができていないのにこんなことになろうとは。
塩田は何というべきか迷う。
「用ってほどのこともないんだが……どちらかと言うと報告?」
自分でも何を言っているのかわからない。
──恨むぞ、板井。
「報告?」
自分の目的がなんなのかさえまだ分かっていないのだ。
「そう、報告」
このまま勢いで押し切るしかないと腹をくくる。結論を投げればきっと皇がなんらかの対応をするだろうと思った。
「俺、結婚するんだ。紀夫と」
うつむいたまま告げる。どんな顔をして自分の告白を聞いているのか、観るのが怖かった。
「そっか。おめでとう」
一瞬間があったような気がしたが、とても穏やかな声で彼は祝いの言葉を述べる。
「随分と急だな」
そこで塩田は顔を上げた。あっさりとした反応に戸惑う。
”それだけ?”という気持ちが顔に出ていたのかもしれない。お茶を飲もうと口元に持っていったその手を止める皇。
「どうした?」
「え? ああ、そう。急に決まった」
塩田の返事に怪訝な顔をする彼。
「聞いた方がいいのか?」
それまでの穏やかな雰囲気とは打って変わって真面目な声音に変わった彼にびくりと肩を揺らす塩田。
「何を」
「なんで急なのか」
「特に理由はない」
それは嘘だが仕方ない。
「じゃあ、聞き方を変えるべきか? なんて言って欲しいんだよ」
「は?」
眉を寄せ、じっとこちらを見つめる皇。
「『おめでとう』じゃ、不満なんだろ?」
「そんなことはない」
すっと視線を逸らす塩田。彼がため息をつくのが分かった。
「あのさ、塩田」
「なんだ」
「好きを諦めるというのと相手を諦めるというのは全く別のことなんだよ」
「え?」
皇が何を言わんとしているのか分からずに再び彼を見やれば、優しい笑みを浮かべ床に視線を落としていた。
「電車はなんで焦ってるんだ? 塩田を俺に取られるとでも?」
自嘲的な笑み。
そんな彼から塩田は目が離せないでいた。
「それって、付け入る隙があるって言っているようなものだと思うんだが?」
そこで彼と視線が交差する。
「バカだと思わないのか? 塩田は」
「何を」
「どんなことをしたとしても、俺のものにはならないのに。何故焦る必要がある?」
皇の言うことは正しいとも思うし、正しくないとも思った。
もし、自分が電車のことを好きにならなかったなら。
どんな未来になっていたかなんてわからない。
「皇は……俺のことが好きなのか?」
なんでこんなことを聞いているのだろう?
聞いてどうするのだろう。
「好きだよ」
「それは、恋愛感情というやつで?」
そんなことを突き止めてどうするのだろう、自分は。
「そうだよ」
だが彼は”そんなことを聞いてどうする?”とは言わなかった。
ただ塩田の好奇心を満たしただけ。
「好きでいるのは自由だろ?」
「それは……まあ」
どうして笑顔でいられるのだろうか。
「両想いになることだけが全てじゃないんだよ、塩田」
「わかるけど」
好きだけれど、何も求めないということなのだろうか?
わかるけれどわからない。それが正直な感想だ。
「で、いつ籍を入れるんだ?」
「大安吉日」
皇の言葉にそう答えれば、
「いつのだよ」
と彼は肩を竦めたのだった。
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