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11『幸せの扉叩いて』
3 どうしていいかわからない
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****side■塩田
塩田は足早に商品部を抜けると廊下へ出た。
今、皇に呼び止められたらどうしていいかわからない。
話をするのには覚悟がいる。
「あれ? 塩田」
休憩室に入ろうとしたところで塩田はトイレから出てきた電車に出くわす。
「紀夫」
「どうしたの?」
「えっと……気分が悪くて」
何とか理由を探して答える塩田を怪訝そうに見つめるその瞳。当然だろう。電車とはつき合いが長い。いつでも即答する塩田が返答に困っているのだから。
「何かあったの?」
”やはり見抜かれたか”と思いながら彼を見上げたところで、背後から板井の声がする。
恐らく皇が一緒か、あるいは皇は塩田に気づかずさっさと行ってしまったのかもしれないと思った。
電車が板井の方へ行こうとするので、
「あとで話すから」
と彼に告げると塩田は休憩室のドアにさっと身を滑り込ませたのだった。
電車は答えを急がない。
いつだって塩田のペースに合わせてくれる。
それなのに、あの日の彼は婚姻を急いだのだ。
両親に挨拶を済ませ、いつでも準備は万全だと安心していた塩田。
しかし彼の涙を見てしまうと不安に駆られる。
それだけではない。今日は彼が女子社員に声をかけられていた現場を目撃してしまった。
『デートに誘われたけど、断ったよ。恋人いるからって』
彼はそう言っていたし、気持ちが変わるとは思っていないが、このままではいけないと感じたのだ。
周りは気づいていたと言われてもいまいち実感が湧かず、何がそんなに変なのだろう思って今日は皇のことを観察していた。
そこで恐るべき事実に気づく。
今まで何を話しかけられようとも自分は彼の方を見たことがなかった。だから知らなかった。そんな目で自分を見ていたなんて。
皇はこれと言って行動に出るわけではない。ふと席を立った瞬間や苦情係に入ってくる時などにチラリと塩田の方を見るだけ。
塩田の姿を確認すると彼はとても穏やかな笑みを浮かべ、業務に戻る。
先ほどは対応に困った。
呼ばれて目が合っただけで何故か彼はとても嬉しそうな顔をしたから。
それはきっと無意識なのだろう。
塩田は深いため息をつくとソファーに身を沈めた。
「……」
昨日の会話を反芻する。
『俺はどうしたらいい?』
『そのままでいいんだよ』
彼はそういったけれど。
──このままで 良いわけないだろ。
とは言え、皇に交際を迫られたのはだいぶ前の話なのだ。
今でもしつこく好意を向けられているというのであれば何か対策をすることもできる。しかし彼は何も求めてはこない。
周りはあれを好意だという。ならば、”そんな目で見るのはやめろ”と言えばいいのだろうか?
「それは違うだろ……。どんだけ自意識過剰なんだよ」
塩田は両手で顔を覆う。
いつも尊大な態度でトチ狂ったことを言っていると思っていたが、あれが社長の趣向なのだと知ってからはトチ狂っているのは社長かと呆れたものだ。
──いくら逆らえないからって言うことを聞く方もどうかと思うが。
胸ポケットに入れていたスマホがブルっと震え、取り出して画面を見つめると一件のメッセージ。
「はあ……」
マメな奴だなと再びため息をつく塩田。
相手は皇だ。
直属の上司である唯野がしょっちゅう社長に呼び出されるものだから、何かあった時のために苦情係の部下三人は皇とメッセージアプリのIDを交換していた。
皇からは”薬が必要なら医務室から貰ってきてやるぞ”と一言。
──返事すべきか?
いつもはどうしていただろうか? と思い出そうとするが、既読をつけてしまった以上は返事をすべきだろうとも思った。
”いい”と返そうとして文面を消す。押し問答になるのは困る。少し考えて、”ある”と返答。
塩田は三度目のため息をつくとスマホをポケットにしまい、つき合ったなら皇はきっと良い恋人になるのだろうなと思ったのだった。
塩田は足早に商品部を抜けると廊下へ出た。
今、皇に呼び止められたらどうしていいかわからない。
話をするのには覚悟がいる。
「あれ? 塩田」
休憩室に入ろうとしたところで塩田はトイレから出てきた電車に出くわす。
「紀夫」
「どうしたの?」
「えっと……気分が悪くて」
何とか理由を探して答える塩田を怪訝そうに見つめるその瞳。当然だろう。電車とはつき合いが長い。いつでも即答する塩田が返答に困っているのだから。
「何かあったの?」
”やはり見抜かれたか”と思いながら彼を見上げたところで、背後から板井の声がする。
恐らく皇が一緒か、あるいは皇は塩田に気づかずさっさと行ってしまったのかもしれないと思った。
電車が板井の方へ行こうとするので、
「あとで話すから」
と彼に告げると塩田は休憩室のドアにさっと身を滑り込ませたのだった。
電車は答えを急がない。
いつだって塩田のペースに合わせてくれる。
それなのに、あの日の彼は婚姻を急いだのだ。
両親に挨拶を済ませ、いつでも準備は万全だと安心していた塩田。
しかし彼の涙を見てしまうと不安に駆られる。
それだけではない。今日は彼が女子社員に声をかけられていた現場を目撃してしまった。
『デートに誘われたけど、断ったよ。恋人いるからって』
彼はそう言っていたし、気持ちが変わるとは思っていないが、このままではいけないと感じたのだ。
周りは気づいていたと言われてもいまいち実感が湧かず、何がそんなに変なのだろう思って今日は皇のことを観察していた。
そこで恐るべき事実に気づく。
今まで何を話しかけられようとも自分は彼の方を見たことがなかった。だから知らなかった。そんな目で自分を見ていたなんて。
皇はこれと言って行動に出るわけではない。ふと席を立った瞬間や苦情係に入ってくる時などにチラリと塩田の方を見るだけ。
塩田の姿を確認すると彼はとても穏やかな笑みを浮かべ、業務に戻る。
先ほどは対応に困った。
呼ばれて目が合っただけで何故か彼はとても嬉しそうな顔をしたから。
それはきっと無意識なのだろう。
塩田は深いため息をつくとソファーに身を沈めた。
「……」
昨日の会話を反芻する。
『俺はどうしたらいい?』
『そのままでいいんだよ』
彼はそういったけれど。
──このままで 良いわけないだろ。
とは言え、皇に交際を迫られたのはだいぶ前の話なのだ。
今でもしつこく好意を向けられているというのであれば何か対策をすることもできる。しかし彼は何も求めてはこない。
周りはあれを好意だという。ならば、”そんな目で見るのはやめろ”と言えばいいのだろうか?
「それは違うだろ……。どんだけ自意識過剰なんだよ」
塩田は両手で顔を覆う。
いつも尊大な態度でトチ狂ったことを言っていると思っていたが、あれが社長の趣向なのだと知ってからはトチ狂っているのは社長かと呆れたものだ。
──いくら逆らえないからって言うことを聞く方もどうかと思うが。
胸ポケットに入れていたスマホがブルっと震え、取り出して画面を見つめると一件のメッセージ。
「はあ……」
マメな奴だなと再びため息をつく塩田。
相手は皇だ。
直属の上司である唯野がしょっちゅう社長に呼び出されるものだから、何かあった時のために苦情係の部下三人は皇とメッセージアプリのIDを交換していた。
皇からは”薬が必要なら医務室から貰ってきてやるぞ”と一言。
──返事すべきか?
いつもはどうしていただろうか? と思い出そうとするが、既読をつけてしまった以上は返事をすべきだろうとも思った。
”いい”と返そうとして文面を消す。押し問答になるのは困る。少し考えて、”ある”と返答。
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