R18【同性恋愛】リーマン物語if5『塩田と板井と苦情係』

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11『幸せの扉叩いて』

2 板井の後悔

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****side■板井

「これを……ん? どうした」
 板井は皇が塩田に仕事の指示を出すところを自分の席から眺めていた。
「あ、いや」
 一定の距離を保とうと、一歩下がる塩田。いつもの彼からすると非常に不自然な行動だ。皇でなくとも怪訝に思うだろう。
「そんな離れたら見えないだろ」
 皇は眉を寄せ、肩を竦める。

──俺、余計なこと言ったかな。

 塩田が困った顔をして皇を見つめ返す。板井はそんな二人の様子を眺めながら心の中でため息をつく。
 恐らく、あれから電車でんまと何かあったに違いない。困った奴らだ。

「悪い。板井に頼んでくれ。暇そうだし」
 ちらりとこちらに視線を向けた塩田。どうやらこっちにお鉢が回って来たらしい。その瞳が助けを求めていた。
「なんだ、具合でも悪いのか?」
 皇は”仕方ないな”と言うと塩田から離れ、こちらに近づいてくる。
 塩田はホッとした顔をし、そそくさと苦情係から出ていく。
 それを見ていた皇が一言。
「なんだあいつ。腹でも壊してるのか?」
 彼の疑問に反応しても良かったが、あえて聞かなかったフリを決め込んだ板井。皇はチラリとこちらに視線を向けたが返答を求めはしなかった。

「で、板井は暇なのか?」
 今度こそ板井にはっきりと言葉を向けた皇。
「まあ、そこそこ暇だと思います」
 今日やるべき業務はとうに終わっていた。あとは他のメンツの業務を手伝えばいいだろうと思っていたところだ。
「これを……板井には説明は要らないか」
 ”以前も頼んだことあるしな”と皇は付け加えると、手に持っていた書類を板井に向けた。板井はそれを黙って受け取ると、どこ宛てか確認する。
「企画部ですか」
 企画部の雰囲気は板井も苦手だった。
「悪いな。社長に呼ばれているんだが、それも急ぎなんだ」
 彼は指先を板井の手元に向けて。
 わかりましたと返答して椅子から立ち上がる板井。皇はそれを待つことなく足早に苦情係を出ていく。

──なんだかな。
 塩田は何処に行ったのやら。

 給湯室から出てきた課長唯野に企画部に行く旨を告げ、板井は苦情係を後にした。商品部を通り、廊下にでて左右を確認すれば電車と塩田が休憩室の前で何やら話をしている。
 皇の姿はすでにない。
「何してるんだ? そんなところで」
 企画部へはエレベーターで上階に上がる必要がある。エレベーターは休憩室とは逆方向だ。
「板井」
 こちらに先に気づいた電車が近づいてくる。
「ああ、えっと塩田が気分が悪いみたいだから休憩室に連れていくとこ」
「そっか」
 何かあればメッセージを寄越すだろうと思い軽く手を上げ”またな”と声をかけると板井はエレベーターに向かった。

 エレベーターの箱に乗り込むと板井は先ほどのことをぼんやりと思い出す。かえって面倒なことになってしまったなと思いながら。

 皇が塩田に想いを告げたことはないと思う。
 本人から聞いたことはないが。
 それでも塩田以外の者は彼の気持ちに気づいていた。少なくとも苦情係の面々は気づいていたはずだ。
 恐らく、皇の気持ちを知ったくらいでは塩田は動じなかっただろう。
 しかしそのことで電車が悩んでいるなら話は別。塩田の心を占めているのは他でもない”電車紀夫”だけ。
 
──だが、あれじゃあまるで”意識しています”と言っているようなものじゃないか。

 板井は塩田に対し余計なことを言ってしまったことを後悔し始めていた。
 純粋に電車の力になりたかっただけなのに。
 皇の気持ちに気づかず、無意識に電車を不安にさせている塩田。ほんの少し状況を変えたかっただけなのだ。
 不安に感じながらも皇に対し明るく振舞う電車。いつもニコニコしているから板井も彼がそんなに悩んでいるとは思わなかったから。

──なんでこうなるかな。
 いや、もう少し慎重になるべきだったんだ。
 
 どうしたものかと思いながら目的の階でエレベーターを降りると、もう一つの頭痛の種と出くわしたのだった。
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