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10『理解と焦燥の狭間』
1 苦情係の事情
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****side■唯野
旅行というものは、現実を切り離すものだと思った。
今それぞれが抱えている問題が何なのか、ぼんやりと理解したところで現実に戻される。
自分が今抱えている問題と言えば……。
チラリと苦情係のカウンターの方に視線を向けると、板井と黒岩が何やら揉めていた。
「あなた、最近ここに来過ぎじゃないですか? ちゃんと仕事しているんですか?」
板井はブレない男だなと思う。
それは塩田とはまた違う意味で。
「板井はなんでそんなに邪魔をするんだよ。俺はただ、唯野と呑みに行きたいだけだぞ?」
なんなら一緒に来ればいいと言われ、
「俺から課長と一緒の貴重な時間を奪うのはやめてください」
と抗議している。
塩田たちの方に視線を移せば、相変わらず仲睦まじい。今週末は塩田の両親に挨拶へ行くと言っていたことを思い出し、唯野は複雑な心境になる。
塩田の両親というのは、彼のやることなすことに反対する人たち。仲が悪いというわけではない。塩田が周りに迷惑をかけないように転ばぬ先の杖をしているに過ぎない。
社長が彼をスカウトし両親に反対された時、直属の上司として彼の両親を説得したのは他でもない、唯野である。
唯野は塩田の隣で仕事をする電車に視線を移しながら、あの時は大変だったなと当時のことを思い出していた。
──魔王城に乗り込むのか。
電車のヤツ、勇気があるな。
先日、旅行先で塩田に言われたこと。
『もし、説得に失敗したら協力して欲しい』
あの魔王を打ち砕いたのは、今のところ唯野だけらしい。
プレッシャーだなと思いながらも承諾したのは、
『まずは自分たちで頑張ってみる』
と塩田が言ったからだ。
唯野が驚いたのは言うまでもない。
かといって塩田は、初めから人に頼るような人物ではない。
驚いたのはどちらかというと、反対されたら強硬手段に出ると思ったからである。
『紀夫を笑顔にしたいんだ』
彼はそう言った。
『俺は慣れているから良いけれど。紀夫は二人のこと祝福されたいと思っているはずなんだ』
どれほどまでに塩田にとって電車は大切なのか。
初めから誰にも勝ち目なんてなかったのだろうと思う。
電車紀夫という男は、一見ただ優し気に見える。
明るい髪色に、塩田より少し背が高く、ムードメーカーで天然だ。わが社では皇に次いで人気があると噂されているほどに、いろんな部署の人間から声をかけられていた。
人当たりが良く、見目も良い。系統で言えばアイドル系の男なのである。
そんな彼は、分かりやすいくらいに塩田に夢中だった。彼が塩田のどこに惹かれたのか分からない。
いつだって一緒にいたがる彼に対し、塩田はその好意に気づかないようだった。そんな塩田が彼を尊重する。それは特別なことなのだと思う。
「俺様は行くぞ」
塩田の反対側の席で仕事を手伝ってくれていた皇が立ち上がるのが視界の端に見えて、唯野はそちらへ面を向けた。
どんなに塩田に好意を向けても無駄なのに、それでも一途に思い続ける皇。
そんな恋にも終焉が見え始めていることに、唯野は胸が痛んだ。
これは変えることのできない結末。
礼を述べる一同に、軽く手をあげ去っていく皇。
きっと焦りが見えないことこそが、電車を追い詰めるのだろうと察した。
見られている時は笑顔の電車の表情に陰りが差したから。
旅行というものは、現実を切り離すものだと思った。
今それぞれが抱えている問題が何なのか、ぼんやりと理解したところで現実に戻される。
自分が今抱えている問題と言えば……。
チラリと苦情係のカウンターの方に視線を向けると、板井と黒岩が何やら揉めていた。
「あなた、最近ここに来過ぎじゃないですか? ちゃんと仕事しているんですか?」
板井はブレない男だなと思う。
それは塩田とはまた違う意味で。
「板井はなんでそんなに邪魔をするんだよ。俺はただ、唯野と呑みに行きたいだけだぞ?」
なんなら一緒に来ればいいと言われ、
「俺から課長と一緒の貴重な時間を奪うのはやめてください」
と抗議している。
塩田たちの方に視線を移せば、相変わらず仲睦まじい。今週末は塩田の両親に挨拶へ行くと言っていたことを思い出し、唯野は複雑な心境になる。
塩田の両親というのは、彼のやることなすことに反対する人たち。仲が悪いというわけではない。塩田が周りに迷惑をかけないように転ばぬ先の杖をしているに過ぎない。
社長が彼をスカウトし両親に反対された時、直属の上司として彼の両親を説得したのは他でもない、唯野である。
唯野は塩田の隣で仕事をする電車に視線を移しながら、あの時は大変だったなと当時のことを思い出していた。
──魔王城に乗り込むのか。
電車のヤツ、勇気があるな。
先日、旅行先で塩田に言われたこと。
『もし、説得に失敗したら協力して欲しい』
あの魔王を打ち砕いたのは、今のところ唯野だけらしい。
プレッシャーだなと思いながらも承諾したのは、
『まずは自分たちで頑張ってみる』
と塩田が言ったからだ。
唯野が驚いたのは言うまでもない。
かといって塩田は、初めから人に頼るような人物ではない。
驚いたのはどちらかというと、反対されたら強硬手段に出ると思ったからである。
『紀夫を笑顔にしたいんだ』
彼はそう言った。
『俺は慣れているから良いけれど。紀夫は二人のこと祝福されたいと思っているはずなんだ』
どれほどまでに塩田にとって電車は大切なのか。
初めから誰にも勝ち目なんてなかったのだろうと思う。
電車紀夫という男は、一見ただ優し気に見える。
明るい髪色に、塩田より少し背が高く、ムードメーカーで天然だ。わが社では皇に次いで人気があると噂されているほどに、いろんな部署の人間から声をかけられていた。
人当たりが良く、見目も良い。系統で言えばアイドル系の男なのである。
そんな彼は、分かりやすいくらいに塩田に夢中だった。彼が塩田のどこに惹かれたのか分からない。
いつだって一緒にいたがる彼に対し、塩田はその好意に気づかないようだった。そんな塩田が彼を尊重する。それは特別なことなのだと思う。
「俺様は行くぞ」
塩田の反対側の席で仕事を手伝ってくれていた皇が立ち上がるのが視界の端に見えて、唯野はそちらへ面を向けた。
どんなに塩田に好意を向けても無駄なのに、それでも一途に思い続ける皇。
そんな恋にも終焉が見え始めていることに、唯野は胸が痛んだ。
これは変えることのできない結末。
礼を述べる一同に、軽く手をあげ去っていく皇。
きっと焦りが見えないことこそが、電車を追い詰めるのだろうと察した。
見られている時は笑顔の電車の表情に陰りが差したから。
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