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9『陽だまりみたいな君と日常』

3 副社長と唯野

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****side■板井

──好きになった人は、年上で上司で。
 そして、可愛い人だと思う。

「楽しみですね、温泉」
「そうだな」
 金曜日、苦情係の面々は浮かれていた。板井は唯野のデスクにコーヒーカップを置くと隣に腰かけながら、電車でんまの言っていたことを思い出す。
『塩田の浴衣姿が楽しみなんだよね。着てくれるか分からないけど』
 彼はそういって、嬉しそうな顔をしていた。

──浴衣か。

 浴衣や着物が日本人に似合うのは当然だと思う。しかし和服で過ごすことは難しい。もちろん会社に着て来る人もいない。
 着る機会といえば、祭りや正月くらいなものだろう。隣の唯野にチラリと視線を向ける。定時で上がり、そのまま宿泊先に向かうことになっていた。荷物はすでに電車でんまの車に積んである。
 彼はいつになく明るい表情をし、PCモニターを見つめていた。こんなことならもっと早く誘えば良かったと板井は思った。

──温泉好きなんだな。
 次は二人で行くもの悪くない。

 キャンプに誘っていたことを思い出し、露天風呂のあるところにしようとスマホに視線を移す。

──ん?

「おはよう。塩田と愉快な愚民ども」
 デスクの上に置いていたスマホにはなんの通知もなかったが、苦情係の入り口に人影が。副社長の皇である。オーバーアクションで優雅に入ってくる彼を、板井はぽかんと見上げた。スッと立ち上がる唯野。
「おはよー! 副社長」
と挨拶を返す電車。
 塩田はチラリを皇に視線を向けたのみ。板井も会釈をした。
「いいよなあ、懇親会だって?」
 皇は塩田の隣の席を引きながら、三人を見回して。
「どうぞ」
と、デスクに腰かける皇に紅茶を差し出す唯野。

「副社長はそういうの無いの?」
と電車が問うと、
「俺の場合は部署にいるわけじゃないからなあ」
と頬杖をつきノートパソコンを立ち上げる。
「この部署は楽しそうでいいよな」
と続けて。

──副社長も誘えば良かったかな?

 彼の話を聞きながら、板井はそんなことを思った。副社長の皇は何かと苦情係の業務を手伝ってくれる。それは彼が塩田を好んでいるからのようではあるが。

「副社長も行く?」
と電車。
 彼はムードメーカーだけあって、皇ともフレンドリーだ。
「お誘いはありがたいが、生憎と明日は接待があるんだ」
「そっか、それは残念だね」
「まあ、楽しんで来いよ」
 皇は入社一年で副社長のポジションについた優秀な人物であった。その為、自分たちとは大して年が変わらない。同年代と遊びに行く機会の少ない彼を、板井は不憫に思った。

「じゃあ今度、みんなで一緒に呑みに行こうよ」
 副社長とは恋のライバルのはずなのに、電車はそんな風に彼を誘う。それを塩田は複雑な面持ちで見ている。
「それは楽しみだな」
と副社長。
 無言の唯野が気になり、隣に視線を移すと心配そうな表情をして皇を見ていた。
 以前から唯野と皇は微妙な関係にあった。二人は営業時代の先輩と後輩。とても仲が良かったらしいが、現在会社では表立って仲良くすることはない。
 唯野と一緒に暮らし始めてから、彼が何度か皇と電話で話しているのを目撃した。二人は信頼関係にあると言っても過言ではない。

──社長の修二さんへのパワハラは副社長絡み。
 仲が良いと思われると大変なんだろうな。

 苦情係で懇親会を行うことは副社長への書類で分かっている。知った時点で何も言わなかったのは、初めから参加の意思がなかったからだ。それでも羨ましいという思いだけは伝えたかったのだろうと板井は想像した。
「課長」
 板井が言葉を発しようとすると、唯野は首を横に振り板井の手に触れる。それは何も言うなということ。
 板井は、彼の抱えるものを自分も一緒に抱えることが出来たらどんなに良いだろうかと、改めて思うのだった。
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