59 / 96
9『陽だまりみたいな君と日常』
3 副社長と唯野
しおりを挟む
****side■板井
──好きになった人は、年上で上司で。
そして、可愛い人だと思う。
「楽しみですね、温泉」
「そうだな」
金曜日、苦情係の面々は浮かれていた。板井は唯野のデスクにコーヒーカップを置くと隣に腰かけながら、電車の言っていたことを思い出す。
『塩田の浴衣姿が楽しみなんだよね。着てくれるか分からないけど』
彼はそういって、嬉しそうな顔をしていた。
──浴衣か。
浴衣や着物が日本人に似合うのは当然だと思う。しかし和服で過ごすことは難しい。もちろん会社に着て来る人もいない。
着る機会といえば、祭りや正月くらいなものだろう。隣の唯野にチラリと視線を向ける。定時で上がり、そのまま宿泊先に向かうことになっていた。荷物はすでに電車の車に積んである。
彼はいつになく明るい表情をし、PCモニターを見つめていた。こんなことならもっと早く誘えば良かったと板井は思った。
──温泉好きなんだな。
次は二人で行くもの悪くない。
キャンプに誘っていたことを思い出し、露天風呂のあるところにしようとスマホに視線を移す。
──ん?
「おはよう。塩田と愉快な愚民ども」
デスクの上に置いていたスマホにはなんの通知もなかったが、苦情係の入り口に人影が。副社長の皇である。オーバーアクションで優雅に入ってくる彼を、板井はぽかんと見上げた。スッと立ち上がる唯野。
「おはよー! 副社長」
と挨拶を返す電車。
塩田はチラリを皇に視線を向けたのみ。板井も会釈をした。
「いいよなあ、懇親会だって?」
皇は塩田の隣の席を引きながら、三人を見回して。
「どうぞ」
と、デスクに腰かける皇に紅茶を差し出す唯野。
「副社長はそういうの無いの?」
と電車が問うと、
「俺の場合は部署にいるわけじゃないからなあ」
と頬杖をつきノートパソコンを立ち上げる。
「この部署は楽しそうでいいよな」
と続けて。
──副社長も誘えば良かったかな?
彼の話を聞きながら、板井はそんなことを思った。副社長の皇は何かと苦情係の業務を手伝ってくれる。それは彼が塩田を好んでいるからのようではあるが。
「副社長も行く?」
と電車。
彼はムードメーカーだけあって、皇ともフレンドリーだ。
「お誘いはありがたいが、生憎と明日は接待があるんだ」
「そっか、それは残念だね」
「まあ、楽しんで来いよ」
皇は入社一年で副社長のポジションについた優秀な人物であった。その為、自分たちとは大して年が変わらない。同年代と遊びに行く機会の少ない彼を、板井は不憫に思った。
「じゃあ今度、みんなで一緒に呑みに行こうよ」
副社長とは恋のライバルのはずなのに、電車はそんな風に彼を誘う。それを塩田は複雑な面持ちで見ている。
「それは楽しみだな」
と副社長。
無言の唯野が気になり、隣に視線を移すと心配そうな表情をして皇を見ていた。
以前から唯野と皇は微妙な関係にあった。二人は営業時代の先輩と後輩。とても仲が良かったらしいが、現在会社では表立って仲良くすることはない。
唯野と一緒に暮らし始めてから、彼が何度か皇と電話で話しているのを目撃した。二人は信頼関係にあると言っても過言ではない。
──社長の修二さんへのパワハラは副社長絡み。
仲が良いと思われると大変なんだろうな。
苦情係で懇親会を行うことは副社長への書類で分かっている。知った時点で何も言わなかったのは、初めから参加の意思がなかったからだ。それでも羨ましいという思いだけは伝えたかったのだろうと板井は想像した。
「課長」
板井が言葉を発しようとすると、唯野は首を横に振り板井の手に触れる。それは何も言うなということ。
板井は、彼の抱えるものを自分も一緒に抱えることが出来たらどんなに良いだろうかと、改めて思うのだった。
──好きになった人は、年上で上司で。
そして、可愛い人だと思う。
「楽しみですね、温泉」
「そうだな」
金曜日、苦情係の面々は浮かれていた。板井は唯野のデスクにコーヒーカップを置くと隣に腰かけながら、電車の言っていたことを思い出す。
『塩田の浴衣姿が楽しみなんだよね。着てくれるか分からないけど』
彼はそういって、嬉しそうな顔をしていた。
──浴衣か。
浴衣や着物が日本人に似合うのは当然だと思う。しかし和服で過ごすことは難しい。もちろん会社に着て来る人もいない。
着る機会といえば、祭りや正月くらいなものだろう。隣の唯野にチラリと視線を向ける。定時で上がり、そのまま宿泊先に向かうことになっていた。荷物はすでに電車の車に積んである。
彼はいつになく明るい表情をし、PCモニターを見つめていた。こんなことならもっと早く誘えば良かったと板井は思った。
──温泉好きなんだな。
次は二人で行くもの悪くない。
キャンプに誘っていたことを思い出し、露天風呂のあるところにしようとスマホに視線を移す。
──ん?
「おはよう。塩田と愉快な愚民ども」
デスクの上に置いていたスマホにはなんの通知もなかったが、苦情係の入り口に人影が。副社長の皇である。オーバーアクションで優雅に入ってくる彼を、板井はぽかんと見上げた。スッと立ち上がる唯野。
「おはよー! 副社長」
と挨拶を返す電車。
塩田はチラリを皇に視線を向けたのみ。板井も会釈をした。
「いいよなあ、懇親会だって?」
皇は塩田の隣の席を引きながら、三人を見回して。
「どうぞ」
と、デスクに腰かける皇に紅茶を差し出す唯野。
「副社長はそういうの無いの?」
と電車が問うと、
「俺の場合は部署にいるわけじゃないからなあ」
と頬杖をつきノートパソコンを立ち上げる。
「この部署は楽しそうでいいよな」
と続けて。
──副社長も誘えば良かったかな?
彼の話を聞きながら、板井はそんなことを思った。副社長の皇は何かと苦情係の業務を手伝ってくれる。それは彼が塩田を好んでいるからのようではあるが。
「副社長も行く?」
と電車。
彼はムードメーカーだけあって、皇ともフレンドリーだ。
「お誘いはありがたいが、生憎と明日は接待があるんだ」
「そっか、それは残念だね」
「まあ、楽しんで来いよ」
皇は入社一年で副社長のポジションについた優秀な人物であった。その為、自分たちとは大して年が変わらない。同年代と遊びに行く機会の少ない彼を、板井は不憫に思った。
「じゃあ今度、みんなで一緒に呑みに行こうよ」
副社長とは恋のライバルのはずなのに、電車はそんな風に彼を誘う。それを塩田は複雑な面持ちで見ている。
「それは楽しみだな」
と副社長。
無言の唯野が気になり、隣に視線を移すと心配そうな表情をして皇を見ていた。
以前から唯野と皇は微妙な関係にあった。二人は営業時代の先輩と後輩。とても仲が良かったらしいが、現在会社では表立って仲良くすることはない。
唯野と一緒に暮らし始めてから、彼が何度か皇と電話で話しているのを目撃した。二人は信頼関係にあると言っても過言ではない。
──社長の修二さんへのパワハラは副社長絡み。
仲が良いと思われると大変なんだろうな。
苦情係で懇親会を行うことは副社長への書類で分かっている。知った時点で何も言わなかったのは、初めから参加の意思がなかったからだ。それでも羨ましいという思いだけは伝えたかったのだろうと板井は想像した。
「課長」
板井が言葉を発しようとすると、唯野は首を横に振り板井の手に触れる。それは何も言うなということ。
板井は、彼の抱えるものを自分も一緒に抱えることが出来たらどんなに良いだろうかと、改めて思うのだった。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
こいじまい。 -Ep.the British-
ベンジャミン・スミス
BL
貿易会社に勤務する月嶋春人は上司に片想いをしていた。
しかし、その想いは儚く散ってしまう。
いつまでも上司を忘れることが出来ない春人に「無理に忘れる必要は無い。」と、声をかけたのはイギリス人のアルバート・ミラーだった。
いつのまにか英国紳士なアルバートに惹かれていく春人は徐々に新しい恋への1歩を踏み出し始めていた。
身長差30cm、年の差18歳
おまけに相手は男で、外国人。
様々な壁にぶつかりながらも愛を育んでいく2人のオフィスラブ。
************
素敵な表紙はもなか様から
いただきました。
ありがとうございます。
次男は愛される
那野ユーリ
BL
ゴージャス美形の長男×自称平凡な次男
佐奈が小学三年の時に父親の再婚で出来た二人の兄弟。美しすぎる兄弟に挟まれながらも、佐奈は家族に愛され育つ。そんな佐奈が禁断の恋に悩む。
素敵すぎる表紙は〝fum☆様〟から頂きました♡
無断転載は厳禁です。
【タイトル横の※印は性描写が入ります。18歳未満の方の閲覧はご遠慮下さい。】
12月末にこちらの作品は非公開といたします。ご了承くださいませ。
近況ボードをご覧下さい。




美しき父親の誘惑に、今宵も息子は抗えない
すいかちゃん
BL
大学生の数馬には、人には言えない秘密があった。それは、実の父親から身体の関係を強いられている事だ。次第に心まで父親に取り込まれそうになった数馬は、彼女を作り父親との関係にピリオドを打とうとする。だが、父の誘惑は止まる事はなかった。
実の親子による禁断の関係です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる