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8『二人で歩む幸せの道』

8 想定外の返事

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****side■板井

「ありがとう」
 板井はベランダに出て、スマホを耳に当てていた。唯野は今、風呂に行っている。
『お礼を言う相手が間違ってないか? 話を出したのは紀夫のりおだぞ』
と通話の相手。
 塩田は相変わらずだな、と板井は思っていた。社交辞令は通じないし、嫌味や皮肉も通用しないような男なのだ。しかもわかっていてスルーする。それは照れ隠しというわけでもない。単にストレートなだけ。余計な気遣いは不要というわけだ。

 それでも板井は、今回の件についてどうしても礼が言いたかった。
電車でんまが温泉旅行の話をしたのは、塩田と行きたかったからで……行きたそうにしていた課長を電車が誘ってくれたのは、塩田が承諾したからだろ?」
 板井が礼を述べたい理由を話すと、彼はクスリと笑う。板井らしいな、と言うことなのだろう。
 礼は要らないという相手にしつこく礼を述べようとする自分は、面倒な部類だなと思っていると、
『だって親友なんだろ? 俺たち』
と想定外の言葉をかけられる。
 板井が言葉を詰まらせていると、
『なんだよ。板井が言ったんじゃないか』
と言われてしまう。
 
 確かに以前、自分は塩田に対し”親友だと思っている”と言ったことがある。それを塩田が真摯に受け止めてくれたことが意外であり、嬉しくてなんと言っていいのか分かり兼ねた。
「いや、そんな風に思ってくれているとは思ってなくて」
と素直に気持ちを伝えると、彼はフッと息を吐くように笑う。
 きっと肩を竦めているに違いない。
『親友が困ってたら助けるのは当然だろ? だから礼はいいよ』
 塩田の言葉を聞きながら、やっぱりいいヤツだなと思う。
『それより、会話弾みそうか?』
「ああ。ありがとな。おかげさまで」
 板井は塩田に電話をかける前、唯野が嬉しそうに旅行雑誌を見ていたことを思い出す。
『それは良かった。あ、悪い。紀夫が戻って来た。またな』
 近くのコンビニに行っていた電車が戻って来たらしい。塩田はそういって通話を終了した。

 ベランダからリビングへ戻ると、いつの間にか風呂から上がっていた唯野がタオルで髪を拭きながら、
「塩田?」
と、問う。
 板井の通話相手など限られているので、そう聞かれたところで不思議はない。
「ええ。ちょっとお礼を」
「そっか。板井も呑む?」
 彼は冷蔵庫を開けると、ビールの缶を手に取って。
「つまみ用意しましょうか?」
と板井が近づきながら問うと、彼はカウンターに缶を置き両腕を伸ばす。
「うん」
 頷きながらも抱き着いてくる彼が愛しい。
「どうしたんです?」
「一緒に暮らしているんだな、と思って」
 板井は小さく微笑むと、彼の背中に腕を回し、
「そうですよ? 今夜もいっぱい愛してあげます」
と耳元で囁き、耳たぶを甘嚙みする。
「ちょ……ッ」
 赤くなる唯野に、
「さあ、髪乾かしてきてくださいね。風邪ひきますから」
と洗面所へ促し板井はつまみを作るために冷蔵庫を開ける。

 一緒に暮らし始めて気づく。彼は意外と寂しがりやなことを。
 自分が今の会社に入ってから、唯野が真っすぐ帰るのをあまり見たことがなかった。自分たちと呑みにいかない時は、総括と一緒だったことを思い出し、板井は手を止める。

──修二さんは、家に帰るのが嫌だったんだろうか?
 娘さんがいたはずなのに、何故?
 結婚はしたものの、妻を愛せなかった罪悪感があったのだろうか。

 自分はまだまだ彼のことについて知らないことばかりだな、と板井はため息をつくのだった。
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