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8『二人で歩む幸せの道』
2 唯野の不安、応える声
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****side■板井
──何がそんなに不安なのだろう?
板井は、ふとした瞬間に見せる唯野の表情がとても気になった。そこで、彼から聞いた話を思い出す。株原の元会長が唯野に言った言葉を。
『いつでも笑顔で相手を許せる唯野の、”人間らしい感情を見たい”』
恐らく”唯野 修二”という人間は、ずっと誰に対しても『そう』だったのだろう。自分たちが入社する以前から。
しかし板井は思うのだ。彼はいつでも笑顔で穏やかではある。それは本当に許していたのだろうか? と。
実際は許してしたのではなく、”諦めていた”のではないだろうか?
舐められていたとは言わないが、許すことで自分を支えていたとも考えられる。そうしなければ、立っていられなかったのかもしれない、と。
──人間らしい感情ってなんだろう。
怒り? 憎しみ……悲しみだろうか。
唯野は笑顔の奥にそれらを隠し、じっと耐えていた。元会長がどんな感情を求めたのか分からない。彼の唯野への想いは歪んだ愛執だったに違いない。
それに比べ自分は、付き合う少し前から彼の色んな姿を見てきた気がする。泣かせてしまったことを思い出すと、胸が痛い。けれどそれは元会長が求めても得られなかった、唯野の”人間らしい感情”の一部。彼が自分には見せてくれるのだと思うと、優越感を持ってしまうのは致し方ないだろう。
──どれだけ自分が修二さんにとって特別な存在なのか。
自覚せずにはいられない。
そこでようやく気付く。だから不安なのだと。
彼は笑顔で諦めることができる。
板井に対してそれができないなら、”不安”ということさえ特別を示す感情。
「修二さん」
「うん?」
急遽予約したコテージの前で車を停めると、彼に視線を移す。窓の外を見ていた彼が、ゆっくりとこちらを見た。
海の近くの、豪奢ではないがお洒落なコテージで、一泊しようという話になったのだ。
雨の中、まるで映画のようにロマンチックな一日を過ごそうと提案すると彼は、
『板井はホント、ロマンチックなことが好きだな』
と笑った。
『こういうの、嫌いですか?』
と聞けば、彼はただ板井の手を握り、唇を嚙みしめたのだ。
何故彼が、そんなに泣きたい気持ちになるのか分からなかった。
「俺の愛は重いですか?」
「いや」
愛が重いと感じるのは、自分がそれに見合ったものを返せないと思うからだと思う。中には金をかけてくれることが愛だと思う人もいるかも知れないが。相手は単に、愛する人に喜んで欲しいからしているだけ。
そのことに気づかずに一方的に求めれば、いつか愛は消えてなくなるだろう。愛情とは互いに求めあうものではなく与えあうもの。
片方がハグを求めても、抱きしめ返すことがなければいつかハグを求められることもなくなる。
──これは一方的な愛なのだろうか?
「板井」
彼は手を伸ばし、板井の手を握る。ねえ、聞いてと言うように。
「はい?」
「俺はさ、板井の言動に一喜一憂してる」
「え?」
意外な言葉をかけられ、反応に困る。
「こんなに好きになるって、思ってなかった。だから、不安でもある」
「何がそんなに不安なんですか?」
板井の質問に、彼は俯く。理解してあげられず、傷つけてしまっただろうかと不安を感じた。そしてそんな自分に”ああ、そういうことか”と思う自分がいる。
「俺も同じだから、大丈夫ですよ」
そっとその頬へ手を伸ばせば、その手を包み込むように彼の手があてられた。気持ちが伝わったのだろう。
「何があっても変わらないし、ずっと傍にいるから」
と優しく告げれば、震える声で、
「お前のことが好きだよ」
と彼は涙を零した。
──優しさだけが欲しいという人もいるだろう。
でも俺は、あなたが他人に見せない感情の全てを、俺にだけ向けてくれることがたまらなく嬉しい。
「俺も好きですよ」
板井はそっと彼の涙を拭うと、優しい笑みを浮かべ、その唇へ口づける。
「中、いきましょう」
彼の濡れた瞳に欲情しながら、板井は大人のふりをして彼をコテージへ連れ出すのだった。
──何がそんなに不安なのだろう?
板井は、ふとした瞬間に見せる唯野の表情がとても気になった。そこで、彼から聞いた話を思い出す。株原の元会長が唯野に言った言葉を。
『いつでも笑顔で相手を許せる唯野の、”人間らしい感情を見たい”』
恐らく”唯野 修二”という人間は、ずっと誰に対しても『そう』だったのだろう。自分たちが入社する以前から。
しかし板井は思うのだ。彼はいつでも笑顔で穏やかではある。それは本当に許していたのだろうか? と。
実際は許してしたのではなく、”諦めていた”のではないだろうか?
舐められていたとは言わないが、許すことで自分を支えていたとも考えられる。そうしなければ、立っていられなかったのかもしれない、と。
──人間らしい感情ってなんだろう。
怒り? 憎しみ……悲しみだろうか。
唯野は笑顔の奥にそれらを隠し、じっと耐えていた。元会長がどんな感情を求めたのか分からない。彼の唯野への想いは歪んだ愛執だったに違いない。
それに比べ自分は、付き合う少し前から彼の色んな姿を見てきた気がする。泣かせてしまったことを思い出すと、胸が痛い。けれどそれは元会長が求めても得られなかった、唯野の”人間らしい感情”の一部。彼が自分には見せてくれるのだと思うと、優越感を持ってしまうのは致し方ないだろう。
──どれだけ自分が修二さんにとって特別な存在なのか。
自覚せずにはいられない。
そこでようやく気付く。だから不安なのだと。
彼は笑顔で諦めることができる。
板井に対してそれができないなら、”不安”ということさえ特別を示す感情。
「修二さん」
「うん?」
急遽予約したコテージの前で車を停めると、彼に視線を移す。窓の外を見ていた彼が、ゆっくりとこちらを見た。
海の近くの、豪奢ではないがお洒落なコテージで、一泊しようという話になったのだ。
雨の中、まるで映画のようにロマンチックな一日を過ごそうと提案すると彼は、
『板井はホント、ロマンチックなことが好きだな』
と笑った。
『こういうの、嫌いですか?』
と聞けば、彼はただ板井の手を握り、唇を嚙みしめたのだ。
何故彼が、そんなに泣きたい気持ちになるのか分からなかった。
「俺の愛は重いですか?」
「いや」
愛が重いと感じるのは、自分がそれに見合ったものを返せないと思うからだと思う。中には金をかけてくれることが愛だと思う人もいるかも知れないが。相手は単に、愛する人に喜んで欲しいからしているだけ。
そのことに気づかずに一方的に求めれば、いつか愛は消えてなくなるだろう。愛情とは互いに求めあうものではなく与えあうもの。
片方がハグを求めても、抱きしめ返すことがなければいつかハグを求められることもなくなる。
──これは一方的な愛なのだろうか?
「板井」
彼は手を伸ばし、板井の手を握る。ねえ、聞いてと言うように。
「はい?」
「俺はさ、板井の言動に一喜一憂してる」
「え?」
意外な言葉をかけられ、反応に困る。
「こんなに好きになるって、思ってなかった。だから、不安でもある」
「何がそんなに不安なんですか?」
板井の質問に、彼は俯く。理解してあげられず、傷つけてしまっただろうかと不安を感じた。そしてそんな自分に”ああ、そういうことか”と思う自分がいる。
「俺も同じだから、大丈夫ですよ」
そっとその頬へ手を伸ばせば、その手を包み込むように彼の手があてられた。気持ちが伝わったのだろう。
「何があっても変わらないし、ずっと傍にいるから」
と優しく告げれば、震える声で、
「お前のことが好きだよ」
と彼は涙を零した。
──優しさだけが欲しいという人もいるだろう。
でも俺は、あなたが他人に見せない感情の全てを、俺にだけ向けてくれることがたまらなく嬉しい。
「俺も好きですよ」
板井はそっと彼の涙を拭うと、優しい笑みを浮かべ、その唇へ口づける。
「中、いきましょう」
彼の濡れた瞳に欲情しながら、板井は大人のふりをして彼をコテージへ連れ出すのだった。
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