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5『電車と塩田』
2 俺も好きだよ
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****side■電車
「板井とは、別に何でもないぞ」
「え?」
ぎゅっと塩田を抱きしめ返していた電車は、彼の言葉に驚いて腕を解いた。名残惜しそうにしながらも、同じように腕を解いてこちらを見つめる彼の真っすぐな瞳。嘘をついているようには見えなかった。
「別れてたんだな、彼女と」
「うん」
塩田の言葉に頷く、電車。
「好きだったんじゃないのか?」
塩田の問いに電車は困った顔をした。彼女との付き合いは、一般的な恋人関係とは違ったからだ。話せば軽蔑されるかもしれない。しかし話さなければ、塩田に対しての想いも軽いものだと思われる可能性があった。
「あのね、塩田」
「うん?」
「彼女とは、その。形だけの関係なんだ」
電車の家庭は少し変わっている。実母を病気で亡くし、その後父は五度再婚をしていた。妻を失い少し下半身が緩くなったのか、呑むと相手に手を出してしまう質の悪い男なのである。その為、浮気のせいで四回離婚していた。
そんな父を見ているせいか、あまり恋愛に関心のなかった電車は恋をしたことがなかったのだ。心配した父に見合いをさせられそうになり、同じ大学に通っていた彼女が、電車に協力を申し出た。
彼女は良家のお嬢様らしく、せめて学生のうちは自由でいたいと利害が一致し、形ばかりの恋人同士となったのである。
就職したての頃、残業が多く彼女に数度、家まで送ってもらったことがあった。それを会社の者に見られていた可能性がある。それで噂になったのかも知れなかった。
「そっか」
「軽蔑しない?」
不安そうに彼に問うと、
「なんで軽蔑するんだ?」
と、逆に問われてしまう。
なんと答えようか迷っていると、
「そう言えば、俺のこと好きって……あれは?」
そこで電車は、どさくさに紛れて告白したことを思い出し、顔を赤らめる。
「うん、好きだよ。塩田が好きなんだ。恋愛的な意味で」
板井が言っていた”両想いなんだから付き合え”という言葉を思い出し、思い切って想いを口にした。すると、彼は優しい笑みを浮かべる。
──えっ?!
彼はどちらかというと、表情が豊かな方ではない。しかし二人きりの時にはよく笑うようになった。苦笑いが多いが。そんな彼の今までに見たことのない表情を目にして、電車は戸惑う。
「俺も好きだよ」
そして意外な言葉をかけられて、息が止まる。
嫌われてはいないということは、感じていた。もちろん好意を感じたこともある。初めの頃は残業で終電に間に合わないから、彼が自宅に泊めてくれていた。今は、関係なく泊めてくれる。それも高頻度で泊まりに行っても、許してくれるのだ。
塩田は遠慮なく、言いたいことはいう人。それは客だろうが上司だろうが関係ない。そんな彼が快く泊まりに行くことを許してくれる。自分が少し彼にとって特別かもしれないと思うのは、不思議なことではないだろう。
それでも、”気に入られている”そういう意味だと思っていた。
──ううん。それは欺瞞だよね。
だって俺は、気づいている。
塩田が俺にキスを許してくれるだろうことに。
心のどこかで、塩田とは両想いなんだと思っていた自分を嘲笑する。わかっていたくせにと、詰った。
──それでも、真っすぐに好きだと言ってくれるとは思っていなかった。
それは嘘じゃない。
「じゃあ、俺とお付き合いしてくれる?」
電車はそっと彼の腕を掴んで。断られたら、嫌だなと思いつつ。
だが彼からは、
「喜んで」
という返事。
意外過ぎて、どう反応していいのかわからない。
「なんだよ、なんか言えよ。嬉しいとか、よろしくとか」
「け……結婚しよう! 塩田」
「は?」
全てを飛び越え、突然のプロポーズに、
「何言ってんの? お前」
と笑われてしまう。
相思相愛の二人はこうしてお付き合いすることにはなったが、恋愛未経験の二人には前途多難な道が待ち受けていたのであった。
「とりあえず、観覧車乗る?」
「まずは、仕事に戻るぞ。電車」
「えー」
「えーじゃない」
「板井とは、別に何でもないぞ」
「え?」
ぎゅっと塩田を抱きしめ返していた電車は、彼の言葉に驚いて腕を解いた。名残惜しそうにしながらも、同じように腕を解いてこちらを見つめる彼の真っすぐな瞳。嘘をついているようには見えなかった。
「別れてたんだな、彼女と」
「うん」
塩田の言葉に頷く、電車。
「好きだったんじゃないのか?」
塩田の問いに電車は困った顔をした。彼女との付き合いは、一般的な恋人関係とは違ったからだ。話せば軽蔑されるかもしれない。しかし話さなければ、塩田に対しての想いも軽いものだと思われる可能性があった。
「あのね、塩田」
「うん?」
「彼女とは、その。形だけの関係なんだ」
電車の家庭は少し変わっている。実母を病気で亡くし、その後父は五度再婚をしていた。妻を失い少し下半身が緩くなったのか、呑むと相手に手を出してしまう質の悪い男なのである。その為、浮気のせいで四回離婚していた。
そんな父を見ているせいか、あまり恋愛に関心のなかった電車は恋をしたことがなかったのだ。心配した父に見合いをさせられそうになり、同じ大学に通っていた彼女が、電車に協力を申し出た。
彼女は良家のお嬢様らしく、せめて学生のうちは自由でいたいと利害が一致し、形ばかりの恋人同士となったのである。
就職したての頃、残業が多く彼女に数度、家まで送ってもらったことがあった。それを会社の者に見られていた可能性がある。それで噂になったのかも知れなかった。
「そっか」
「軽蔑しない?」
不安そうに彼に問うと、
「なんで軽蔑するんだ?」
と、逆に問われてしまう。
なんと答えようか迷っていると、
「そう言えば、俺のこと好きって……あれは?」
そこで電車は、どさくさに紛れて告白したことを思い出し、顔を赤らめる。
「うん、好きだよ。塩田が好きなんだ。恋愛的な意味で」
板井が言っていた”両想いなんだから付き合え”という言葉を思い出し、思い切って想いを口にした。すると、彼は優しい笑みを浮かべる。
──えっ?!
彼はどちらかというと、表情が豊かな方ではない。しかし二人きりの時にはよく笑うようになった。苦笑いが多いが。そんな彼の今までに見たことのない表情を目にして、電車は戸惑う。
「俺も好きだよ」
そして意外な言葉をかけられて、息が止まる。
嫌われてはいないということは、感じていた。もちろん好意を感じたこともある。初めの頃は残業で終電に間に合わないから、彼が自宅に泊めてくれていた。今は、関係なく泊めてくれる。それも高頻度で泊まりに行っても、許してくれるのだ。
塩田は遠慮なく、言いたいことはいう人。それは客だろうが上司だろうが関係ない。そんな彼が快く泊まりに行くことを許してくれる。自分が少し彼にとって特別かもしれないと思うのは、不思議なことではないだろう。
それでも、”気に入られている”そういう意味だと思っていた。
──ううん。それは欺瞞だよね。
だって俺は、気づいている。
塩田が俺にキスを許してくれるだろうことに。
心のどこかで、塩田とは両想いなんだと思っていた自分を嘲笑する。わかっていたくせにと、詰った。
──それでも、真っすぐに好きだと言ってくれるとは思っていなかった。
それは嘘じゃない。
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だが彼からは、
「喜んで」
という返事。
意外過ぎて、どう反応していいのかわからない。
「なんだよ、なんか言えよ。嬉しいとか、よろしくとか」
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「は?」
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「何言ってんの? お前」
と笑われてしまう。
相思相愛の二人はこうしてお付き合いすることにはなったが、恋愛未経験の二人には前途多難な道が待ち受けていたのであった。
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「えー」
「えーじゃない」
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