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3『唯野と塩田』
1 板井と塩田の関係は
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****side■板井
板井は唯野から来た返事を見つめていた。一人、自宅で。
『ケジメつけてくるから。その後、逢いたい』
──期待させないでと言ったはずなのに。
明日は土曜日。逢いたいなどと言われたら、期待してしまう。思わず電話をしてしまったが、今列車の中だからと言われ切られてしまった。
板井は午後の唯野の様子を思い出し、ため息をつく。あんな顔をさせたかったわけじゃない。屋上から戻ってきた彼は、板井に何か言おうとしてやめたように見えた。
先程連絡があり、もうすぐ着くと言っていたことを思い出す。あれから三時間。話し合いはすんなり済んだのだろう。どう考えても、唯野の気持ち一つに思えた。そして躊躇う理由が娘にあるなら、それは心配の必要がないと思っていたのだ。
苦情係の者たちは全員、唯野の娘と面識がある。高校生だが、擦れたところがなく素直で明るい女のコ。 電車と同じSNSでちょっと変わった小説を書いているらしい。
パパ大好きな、可愛らしい子なのである。それも甘えるというよりは、気心が知れているからこそ言いたいことはハッキリというタイプ。
「花ちゃんなら、きっと大丈夫だよ……唯野さん」
板井は手を組み、額をあて祈るように呟いた。
──愛しい娘が自分の子でないと知った時、どんなに辛かったろうか?
たまに 株原の近くの飲み屋に、
「お父さん、帰ろうよー」
と、迎えにくる娘。
しかし直ぐに塩田と電車との話に夢中になり、目的を忘れてしまう子でもあった。それを笑いながら見ていた唯野。
切なくなって時計を見上げると、玄関のチャイムが鳴る。慌て立ち上がり、玄関に向かう板井。ドアを開けると鼻先を掠める良い匂い。
「えっと……」
ドアの前に立つ彼を見て納得する。手土産を持った唯野は私服だった。襟付きのシャツにチノパンというラフな格好。つまり風呂に入ってから来たのである。
「私服姿、初めて見た」
「そう、だった?」
何が入っているのだろうか? 手土産の紙袋を受け取り、唯野を部屋に招き入れた。
「塩田たちとは違いますね」
「アイツらと一緒にするのはやめろ」
板井に続き、リビングに向かいながら彼が笑う。塩田の家にはしょっちゅう遊びに行くため、私服は見慣れていた。
塩田は大抵プリントTシャツにスエットを履いている。そしてウサ耳スリッパ。Tシャツには○多の塩や塩対応、塩は恵みなどとプリントされており、どこで買うんだ! そんなシャツと思っていた。イケメンだからこそ、許されるダサさだ。
電車は電車で、バナナ命! とプリントされたシャツにちっさいバナナが描かれたハーフパンツを履いている。どんだけバナナ好きなんだよ! とツッコミを入れたこともある。お洒落と無縁な二人だ。
「板井、あのさ」
「はい」
テーブルの上に紙袋を起き振り返ると、
「離婚届け渡してきた」
と申告される。
彼の手に視線をやれば結婚指輪が外されていた。
「花が、娘がさ。血なんて繋がってなくても、お父さんはお父さんだよって言ってくれた」
小さく微笑む彼。
「いつでも会えるでしょ、わたしのお父さんなんだからって」
そこで堪えられなくなったのか、腕を口元にあて涙を零す。板井は彼をそっと抱きしめた。よく頑張った、というように。
彼が落ち着くのを待ち離れると、
「ところでさ」
と、不思議そうな目を向けられた。
まだ何も変なことはしていないはずだ。
「板井、塩田とどういう関係?」
「え?」
そこで今日の帰りに、塩田が慌てて唯野を追いかけて行ったことを思いだす。
──そういや、俺たちお付き合いしていたな。
すっかり忘れていたが!
板井が心の中でムンクの叫びのようなポーズをしたことは言うまでもない。
板井は唯野から来た返事を見つめていた。一人、自宅で。
『ケジメつけてくるから。その後、逢いたい』
──期待させないでと言ったはずなのに。
明日は土曜日。逢いたいなどと言われたら、期待してしまう。思わず電話をしてしまったが、今列車の中だからと言われ切られてしまった。
板井は午後の唯野の様子を思い出し、ため息をつく。あんな顔をさせたかったわけじゃない。屋上から戻ってきた彼は、板井に何か言おうとしてやめたように見えた。
先程連絡があり、もうすぐ着くと言っていたことを思い出す。あれから三時間。話し合いはすんなり済んだのだろう。どう考えても、唯野の気持ち一つに思えた。そして躊躇う理由が娘にあるなら、それは心配の必要がないと思っていたのだ。
苦情係の者たちは全員、唯野の娘と面識がある。高校生だが、擦れたところがなく素直で明るい女のコ。 電車と同じSNSでちょっと変わった小説を書いているらしい。
パパ大好きな、可愛らしい子なのである。それも甘えるというよりは、気心が知れているからこそ言いたいことはハッキリというタイプ。
「花ちゃんなら、きっと大丈夫だよ……唯野さん」
板井は手を組み、額をあて祈るように呟いた。
──愛しい娘が自分の子でないと知った時、どんなに辛かったろうか?
たまに 株原の近くの飲み屋に、
「お父さん、帰ろうよー」
と、迎えにくる娘。
しかし直ぐに塩田と電車との話に夢中になり、目的を忘れてしまう子でもあった。それを笑いながら見ていた唯野。
切なくなって時計を見上げると、玄関のチャイムが鳴る。慌て立ち上がり、玄関に向かう板井。ドアを開けると鼻先を掠める良い匂い。
「えっと……」
ドアの前に立つ彼を見て納得する。手土産を持った唯野は私服だった。襟付きのシャツにチノパンというラフな格好。つまり風呂に入ってから来たのである。
「私服姿、初めて見た」
「そう、だった?」
何が入っているのだろうか? 手土産の紙袋を受け取り、唯野を部屋に招き入れた。
「塩田たちとは違いますね」
「アイツらと一緒にするのはやめろ」
板井に続き、リビングに向かいながら彼が笑う。塩田の家にはしょっちゅう遊びに行くため、私服は見慣れていた。
塩田は大抵プリントTシャツにスエットを履いている。そしてウサ耳スリッパ。Tシャツには○多の塩や塩対応、塩は恵みなどとプリントされており、どこで買うんだ! そんなシャツと思っていた。イケメンだからこそ、許されるダサさだ。
電車は電車で、バナナ命! とプリントされたシャツにちっさいバナナが描かれたハーフパンツを履いている。どんだけバナナ好きなんだよ! とツッコミを入れたこともある。お洒落と無縁な二人だ。
「板井、あのさ」
「はい」
テーブルの上に紙袋を起き振り返ると、
「離婚届け渡してきた」
と申告される。
彼の手に視線をやれば結婚指輪が外されていた。
「花が、娘がさ。血なんて繋がってなくても、お父さんはお父さんだよって言ってくれた」
小さく微笑む彼。
「いつでも会えるでしょ、わたしのお父さんなんだからって」
そこで堪えられなくなったのか、腕を口元にあて涙を零す。板井は彼をそっと抱きしめた。よく頑張った、というように。
彼が落ち着くのを待ち離れると、
「ところでさ」
と、不思議そうな目を向けられた。
まだ何も変なことはしていないはずだ。
「板井、塩田とどういう関係?」
「え?」
そこで今日の帰りに、塩田が慌てて唯野を追いかけて行ったことを思いだす。
──そういや、俺たちお付き合いしていたな。
すっかり忘れていたが!
板井が心の中でムンクの叫びのようなポーズをしたことは言うまでもない。
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