R18【同性恋愛】リーマン物語if5『塩田と板井と苦情係』

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2『板井と唯野』

3 鈍感な二人

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****side■板井

「苦情係に居なかったじゃないかよ」
 唯野は呟くように言うと、再びスマホに視線を落とす。誰からの連絡を待っているんだと、板井は苛つく。
「いつも、自分が居なくても休憩取れよというあなたが、それを言うんですか?」
 勘違いしそうになる。待たれることが嬉しいのではないかと。彼は板井の言葉には何も言わない。自分勝手なことを言っているとわかっているのだ。

「寂しかった?」
 そう問いかけると、驚いたように彼は顔をあげる。
「俺が居なくて、寂しかった?」
「板井……」
 板井は彼の後ろのフェンスに腕を伸ばし、指をかけた。これはいわゆる壁ドンと言うやつなのか? と思いながら。
「お前も俺を見捨てるのか?」
 じっとこちらを見つめる瞳が揺れている。
「見捨てる? 俺があなたを?」

 みんなに慕われている唯野。誰が彼を見捨てたというのだろう。妻だろうか? だとしたら嫉妬してしまいそうだ。

「なんで、なかったことになんて……」
 
 謝られたくなんてなかった。
 間違いだなんて言われたくなかった。
 ましてや責任を取るなどと言われた日には、絶望しかない。そんな繋がり方、望んでいない。いつか愛される日が来たとしても、彼は責任のためにそんなことを言うのだと、その心を信じられなくなってしまうから。

「俺が望んで受け入れたことです。責任なんて感じて欲しくない」
 好きな人に抱かれたのだ。妻さえ抱いたことのない彼に。それだけでいい。綺麗な思い出にしておきたい。たとえこの想いが叶わなくても。

「夢だと思って、忘れてください」
 彼がハラハラと涙を零す。綺麗だなと思った。自分だけは彼の負担にはなりたくない。
「板井、俺……」
一人でたくさん抱えて、ずっと耐えてきた。これ以上荷物を持たせたくない。

──あなたが好きです。とても。

「俺は課長のこと尊敬してます。見捨てたりなんてしない」
 ポケットからハンカチを取り出し、彼の目元に充てれば、その手を掴まれる。
「俺はあなたが好きです。でも、妻子がある人だし、それにあなたは塩田が好きなんでしょう?」
 板井の言葉に何かを言おうとして彼は、ただギュッと手に力を込めた。
「もう、忘れますから。期待させないでください」
「板井、待て。それは……」
「少し、一人にしておいてもらえませんか?」
 唯野の言葉を遮り、板井はすっと彼から離れる。力なく座り込む彼。

 これできっと、唯野はこれ以上昨夜のことには触れないはずだと思った。好きだと自覚したばかりで、自ら可能性を断つ自分は馬鹿だろうか。

──少し距離を置けばきっと、この想いも落ち着くはず。

 離婚すると言っていた唯野のことは心配だが、別に会社をやめるわけじゃない。少しの間、距離を置くだけなのだ。自分自身に言い聞かせるように心の中で呟く。

─そういえば、誰からの連絡を待っていたのだろう。

 屋上から出ようとして唯野のことが気になり、振り返ろうとしてやめる。決心が鈍ってしまいそうだったから。
 
──あは、馬鹿だな。
 俺は自分が思っていた以上に、あの人のことが好きだったんだ。
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