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2『板井と唯野』
3 鈍感な二人
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****side■板井
「苦情係に居なかったじゃないかよ」
唯野は呟くように言うと、再びスマホに視線を落とす。誰からの連絡を待っているんだと、板井は苛つく。
「いつも、自分が居なくても休憩取れよというあなたが、それを言うんですか?」
勘違いしそうになる。待たれることが嬉しいのではないかと。彼は板井の言葉には何も言わない。自分勝手なことを言っているとわかっているのだ。
「寂しかった?」
そう問いかけると、驚いたように彼は顔をあげる。
「俺が居なくて、寂しかった?」
「板井……」
板井は彼の後ろのフェンスに腕を伸ばし、指をかけた。これはいわゆる壁ドンと言うやつなのか? と思いながら。
「お前も俺を見捨てるのか?」
じっとこちらを見つめる瞳が揺れている。
「見捨てる? 俺があなたを?」
みんなに慕われている唯野。誰が彼を見捨てたというのだろう。妻だろうか? だとしたら嫉妬してしまいそうだ。
「なんで、なかったことになんて……」
謝られたくなんてなかった。
間違いだなんて言われたくなかった。
ましてや責任を取るなどと言われた日には、絶望しかない。そんな繋がり方、望んでいない。いつか愛される日が来たとしても、彼は責任のためにそんなことを言うのだと、その心を信じられなくなってしまうから。
「俺が望んで受け入れたことです。責任なんて感じて欲しくない」
好きな人に抱かれたのだ。妻さえ抱いたことのない彼に。それだけでいい。綺麗な思い出にしておきたい。たとえこの想いが叶わなくても。
「夢だと思って、忘れてください」
彼がハラハラと涙を零す。綺麗だなと思った。自分だけは彼の負担にはなりたくない。
「板井、俺……」
一人でたくさん抱えて、ずっと耐えてきた。これ以上荷物を持たせたくない。
──あなたが好きです。とても。
「俺は課長のこと尊敬してます。見捨てたりなんてしない」
ポケットからハンカチを取り出し、彼の目元に充てれば、その手を掴まれる。
「俺はあなたが好きです。でも、妻子がある人だし、それにあなたは塩田が好きなんでしょう?」
板井の言葉に何かを言おうとして彼は、ただギュッと手に力を込めた。
「もう、忘れますから。期待させないでください」
「板井、待て。それは……」
「少し、一人にしておいてもらえませんか?」
唯野の言葉を遮り、板井はすっと彼から離れる。力なく座り込む彼。
これできっと、唯野はこれ以上昨夜のことには触れないはずだと思った。好きだと自覚したばかりで、自ら可能性を断つ自分は馬鹿だろうか。
──少し距離を置けばきっと、この想いも落ち着くはず。
離婚すると言っていた唯野のことは心配だが、別に会社をやめるわけじゃない。少しの間、距離を置くだけなのだ。自分自身に言い聞かせるように心の中で呟く。
─そういえば、誰からの連絡を待っていたのだろう。
屋上から出ようとして唯野のことが気になり、振り返ろうとしてやめる。決心が鈍ってしまいそうだったから。
──あは、馬鹿だな。
俺は自分が思っていた以上に、あの人のことが好きだったんだ。
「苦情係に居なかったじゃないかよ」
唯野は呟くように言うと、再びスマホに視線を落とす。誰からの連絡を待っているんだと、板井は苛つく。
「いつも、自分が居なくても休憩取れよというあなたが、それを言うんですか?」
勘違いしそうになる。待たれることが嬉しいのではないかと。彼は板井の言葉には何も言わない。自分勝手なことを言っているとわかっているのだ。
「寂しかった?」
そう問いかけると、驚いたように彼は顔をあげる。
「俺が居なくて、寂しかった?」
「板井……」
板井は彼の後ろのフェンスに腕を伸ばし、指をかけた。これはいわゆる壁ドンと言うやつなのか? と思いながら。
「お前も俺を見捨てるのか?」
じっとこちらを見つめる瞳が揺れている。
「見捨てる? 俺があなたを?」
みんなに慕われている唯野。誰が彼を見捨てたというのだろう。妻だろうか? だとしたら嫉妬してしまいそうだ。
「なんで、なかったことになんて……」
謝られたくなんてなかった。
間違いだなんて言われたくなかった。
ましてや責任を取るなどと言われた日には、絶望しかない。そんな繋がり方、望んでいない。いつか愛される日が来たとしても、彼は責任のためにそんなことを言うのだと、その心を信じられなくなってしまうから。
「俺が望んで受け入れたことです。責任なんて感じて欲しくない」
好きな人に抱かれたのだ。妻さえ抱いたことのない彼に。それだけでいい。綺麗な思い出にしておきたい。たとえこの想いが叶わなくても。
「夢だと思って、忘れてください」
彼がハラハラと涙を零す。綺麗だなと思った。自分だけは彼の負担にはなりたくない。
「板井、俺……」
一人でたくさん抱えて、ずっと耐えてきた。これ以上荷物を持たせたくない。
──あなたが好きです。とても。
「俺は課長のこと尊敬してます。見捨てたりなんてしない」
ポケットからハンカチを取り出し、彼の目元に充てれば、その手を掴まれる。
「俺はあなたが好きです。でも、妻子がある人だし、それにあなたは塩田が好きなんでしょう?」
板井の言葉に何かを言おうとして彼は、ただギュッと手に力を込めた。
「もう、忘れますから。期待させないでください」
「板井、待て。それは……」
「少し、一人にしておいてもらえませんか?」
唯野の言葉を遮り、板井はすっと彼から離れる。力なく座り込む彼。
これできっと、唯野はこれ以上昨夜のことには触れないはずだと思った。好きだと自覚したばかりで、自ら可能性を断つ自分は馬鹿だろうか。
──少し距離を置けばきっと、この想いも落ち着くはず。
離婚すると言っていた唯野のことは心配だが、別に会社をやめるわけじゃない。少しの間、距離を置くだけなのだ。自分自身に言い聞かせるように心の中で呟く。
─そういえば、誰からの連絡を待っていたのだろう。
屋上から出ようとして唯野のことが気になり、振り返ろうとしてやめる。決心が鈍ってしまいそうだったから。
──あは、馬鹿だな。
俺は自分が思っていた以上に、あの人のことが好きだったんだ。
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