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2『板井と唯野』
1 健気な唯野の真実
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****side■板井
追いかけてきた電車に謎の説得をされ、その日は無事に終わりを告げる。しかし唯野とは気まずいまま。駅まで一緒なため、別々に行くのも変である。
無言で階下に向かうと、玄関口で総括に出くわす。
「課長に板井」
と総括に声をかけられ、
「お前の課長じゃない」
唯野は珍しく、不機嫌そうに。
「なんだよ、唯野。ご機嫌ナナメ? 呑みに行く? イッちゃう?」
ガシッと唯野の肩に腕を絡ませる総括に、板井はイラッとした。ムッとして彼の腕をつねる。
「いたッ。ちょ……板井、何するんだよ」
「俺の課長に乱暴しないでください」
「いやまあ、お前のだけども。乱暴って……」
慌てる総括。唯野は驚いた顔をしてこちらを見ていた。
「課長は俺と呑みに行くんです。二人っきりで! 総括は邪魔しないでください」
「お、おう」
板井に気圧されながらも、
「そんな楽しげな雰囲気じゃなかったじゃないかよ!」
と、反論してくる。
「楽しいかどうかは、俺が決めます。行きましょ、課長」
と板井は、唯野の腕を掴んで。
「え? ああ……」
「板井、言ってることめちゃくちゃだぞ!」
総括に文句を言われるが、無視を決め込む板井。
──くそ。ドイツもコイツも仲良すぎなんだよ。
心の中で悪態をつきながら。
社外に出ると板井は立ち止まり彼の腕から手を離すと、唯野が困った表情を浮かべこちらを見ていた。
「なんですか?」
「俺と行くの、嫌なんじゃないのか?」
「嫌なんて、いつ言いました?」
いつもなら柔らかい笑みを浮かべニコニコしている彼が、居心地悪そうに自分の側に立っている。
「やめましょうよ、と言っただけです」
「何故」
「最近ずっと、帰るの遅いでしょう? 家族が心配しますよ」
板井の言葉に彼は、目に涙を浮かべた。唯野のその姿を見て、上司を気遣う部下に感涙したのかと思ったが、違ったようだ。
「板井、そのことなんだが」
歩きながら話そうと言って、彼は歩き出す。板井もそれに続いた。しかし、歩き出して三歩で絶叫したのであった。
「声が大きいよ、板井」
しっと口元に人差し指を立てる、唯野。
「すみません。別居ってどういうことですか?」
唯野の家庭は仲が良いと思っていた。唯野が塩田にうつつを抜かすのは、仲良さとは関係ないと思っていたのだ。
同性婚が可能になってから十年以上が経つ。離婚が多いのは圧倒的に異性婚の方であった。所詮、男女はわかり合えない。それが世論。
それでも種族温存の本能から男女は惹かれ合い、子を成すのは自然の摂理。だが日本はまだまだ男尊女卑がなくならない。職種によっては賃金格差はなくならず、子育て支援があろうが男女共に産休が取れようが、男性が働いた方が生活が安定する家庭が少なくない。
愛情か安定か?
時には愛情を捨て安定を選ぶこともあるだろう。だから愛情と家庭の仲良さは別だと思っていたのだ。決して、課長が不倫に走ろうとしたのを良しとしたわけではない。
不倫は文化ではない。破壊だ。
……違った、破滅である。
「長くなるけど、聞いてくれるか?」
「それは、はい」
「ありがとう」
彼が柔らかく微笑む。いつもの唯野だ。
「うち来ます?」
唯野が現在どこに住んでいるのか知らないが、引っ越して間もないなら色々と不便だろうと思ったからだ。
頷く彼と共に再び歩きながら、
「で、何の辺に引っ越したんですか?」
「隣の駅」
「は?」
確か彼は板井と同じ路線であり、自分よりも先まで乗っていたはず。
「いや、は?」
「隣の駅だってば」
困ったように笑う、唯野。
──つまり、俺が降りるの待って次の駅で引き返してたってことか? 毎日?
そこまでして自分に心配をかけまいとする唯野に、気持ちが加速したことは言うまでもない。
追いかけてきた電車に謎の説得をされ、その日は無事に終わりを告げる。しかし唯野とは気まずいまま。駅まで一緒なため、別々に行くのも変である。
無言で階下に向かうと、玄関口で総括に出くわす。
「課長に板井」
と総括に声をかけられ、
「お前の課長じゃない」
唯野は珍しく、不機嫌そうに。
「なんだよ、唯野。ご機嫌ナナメ? 呑みに行く? イッちゃう?」
ガシッと唯野の肩に腕を絡ませる総括に、板井はイラッとした。ムッとして彼の腕をつねる。
「いたッ。ちょ……板井、何するんだよ」
「俺の課長に乱暴しないでください」
「いやまあ、お前のだけども。乱暴って……」
慌てる総括。唯野は驚いた顔をしてこちらを見ていた。
「課長は俺と呑みに行くんです。二人っきりで! 総括は邪魔しないでください」
「お、おう」
板井に気圧されながらも、
「そんな楽しげな雰囲気じゃなかったじゃないかよ!」
と、反論してくる。
「楽しいかどうかは、俺が決めます。行きましょ、課長」
と板井は、唯野の腕を掴んで。
「え? ああ……」
「板井、言ってることめちゃくちゃだぞ!」
総括に文句を言われるが、無視を決め込む板井。
──くそ。ドイツもコイツも仲良すぎなんだよ。
心の中で悪態をつきながら。
社外に出ると板井は立ち止まり彼の腕から手を離すと、唯野が困った表情を浮かべこちらを見ていた。
「なんですか?」
「俺と行くの、嫌なんじゃないのか?」
「嫌なんて、いつ言いました?」
いつもなら柔らかい笑みを浮かべニコニコしている彼が、居心地悪そうに自分の側に立っている。
「やめましょうよ、と言っただけです」
「何故」
「最近ずっと、帰るの遅いでしょう? 家族が心配しますよ」
板井の言葉に彼は、目に涙を浮かべた。唯野のその姿を見て、上司を気遣う部下に感涙したのかと思ったが、違ったようだ。
「板井、そのことなんだが」
歩きながら話そうと言って、彼は歩き出す。板井もそれに続いた。しかし、歩き出して三歩で絶叫したのであった。
「声が大きいよ、板井」
しっと口元に人差し指を立てる、唯野。
「すみません。別居ってどういうことですか?」
唯野の家庭は仲が良いと思っていた。唯野が塩田にうつつを抜かすのは、仲良さとは関係ないと思っていたのだ。
同性婚が可能になってから十年以上が経つ。離婚が多いのは圧倒的に異性婚の方であった。所詮、男女はわかり合えない。それが世論。
それでも種族温存の本能から男女は惹かれ合い、子を成すのは自然の摂理。だが日本はまだまだ男尊女卑がなくならない。職種によっては賃金格差はなくならず、子育て支援があろうが男女共に産休が取れようが、男性が働いた方が生活が安定する家庭が少なくない。
愛情か安定か?
時には愛情を捨て安定を選ぶこともあるだろう。だから愛情と家庭の仲良さは別だと思っていたのだ。決して、課長が不倫に走ろうとしたのを良しとしたわけではない。
不倫は文化ではない。破壊だ。
……違った、破滅である。
「長くなるけど、聞いてくれるか?」
「それは、はい」
「ありがとう」
彼が柔らかく微笑む。いつもの唯野だ。
「うち来ます?」
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頷く彼と共に再び歩きながら、
「で、何の辺に引っ越したんですか?」
「隣の駅」
「は?」
確か彼は板井と同じ路線であり、自分よりも先まで乗っていたはず。
「いや、は?」
「隣の駅だってば」
困ったように笑う、唯野。
──つまり、俺が降りるの待って次の駅で引き返してたってことか? 毎日?
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