9 / 96
1『塩田と板井』
5 唯野の涙の意味
しおりを挟む
****side■塩田
「どうしたの? 塩田」
どうやら箸が止まっていたようだ。考え事をしていた塩田は、電車に声をかけられ彼に視線を向けた。
「早く食べて戻らないと、板井が飢え死にしちゃうよ」
いくらなんでも高々数十分で死にはしないだろうと、眉を寄せる塩田。
「いや、板井も課長も不器用だなと思って」
どうみても板井の方は唯野のことが好きなのに、彼の唯野への接し方は不器用だ。せめて電車のようにいつでもノリが良ければ、好意も伝わるだろうにと思った。
しかし実のところ、塩田に電車の好意はまったく伝わっていなかったが。
「そんなこと言うなんて、珍しいね」
そして電車も鈍感なため、塩田の好意に気づいていない。
「そうか?」
「板井と課長に何買ってく? バナナ?」
「昼飯がバナナって……ゴリラじゃあるまいし」
呆れる塩田。
電車は、
「え? バナナはごちそうだよ?」
と訳のわからないことを言っている。
──『まだ好きなの?』って……。
コイツ、彼女いるじゃん。
何いってんだ、板井は。
チャーシューを口に含みながら、
『話すなら、早いうちがいいよ』
と唯野に進言したことを思い出す。
唯野は板井が自分が社長室から戻るのを待っているのは、一種の忠誠心ないし常識のようなものだと思っているに違いない。
だが板井は、単に唯野を心配しているだけなのだ。それは純粋な好意。
──ややこしいことにならなきゃいいがな。
二人分の昼飯を購入して苦情係に戻ると、明らかに気落ちした唯野がデスクでPCモニターを見つめていた。
「板井は?」
と、問えば給湯室を親指でクイッと指し示す、唯野。
塩田は電車に足止めさせようと買ってきたものを彼に渡し、給湯室へ促す。
「何かあった?」
「呑みに誘ったら、断られた」
「なんで」
「俺と二人じゃ、嫌なんだろうよ」
唯野らしからぬ、棘のある声。何故板井が断ったのか、塩田には解せなかった。
「課長が、板井には心配されたくないとか言うから……」
「なんですか? それ」
塩田の言葉を遮り、背後から板井の声。
まずいと思ったが、手遅れだった。どうやら電車の足止めは失敗に終わったらしい。板井は電車に飲み物の乗った盆を押し付けると、ツカツカと唯野のデスクまで歩いてくる。
「俺が課長の心配するの、迷惑でしたか? だったら言ってくれればいいじゃないですか」
「板井、ちが……」
「もう、知りませんよ。心配なんてしませんから」
唯野の言葉を遮り、板井はそういうと苦情係を出ていった。
「板井!」
慌て追いかけたのは、電車。塩田は、頭を抱え項垂れる唯野に視線を移す。
「なぜ追いかけない」
「追いかけてどうなる?」
デスクに落ちる、雫。唯野の声は震えていた。
「板井の前では、いい上司でいたい。ささやかな俺の願いは、愚かなことのかな」
塩田はそっと唯野にハンカチを差し出す。
「アイツに心配ばかりかけてる自分が嫌だよ」
「板井は好きで課長の心配してるんだから、ほっとけよ」
唯野が何故泣いているのかわからない塩田は、片手を腰にあてると呆れ声で。
「おま……酷……っ」
目元を拭う唯野。
「どっちにしろ。早いとこなんとかしないと拗れるよ」
塩田の言葉に唯野は瞳を揺らし、こちらを見上げたのだった。
「どうしたの? 塩田」
どうやら箸が止まっていたようだ。考え事をしていた塩田は、電車に声をかけられ彼に視線を向けた。
「早く食べて戻らないと、板井が飢え死にしちゃうよ」
いくらなんでも高々数十分で死にはしないだろうと、眉を寄せる塩田。
「いや、板井も課長も不器用だなと思って」
どうみても板井の方は唯野のことが好きなのに、彼の唯野への接し方は不器用だ。せめて電車のようにいつでもノリが良ければ、好意も伝わるだろうにと思った。
しかし実のところ、塩田に電車の好意はまったく伝わっていなかったが。
「そんなこと言うなんて、珍しいね」
そして電車も鈍感なため、塩田の好意に気づいていない。
「そうか?」
「板井と課長に何買ってく? バナナ?」
「昼飯がバナナって……ゴリラじゃあるまいし」
呆れる塩田。
電車は、
「え? バナナはごちそうだよ?」
と訳のわからないことを言っている。
──『まだ好きなの?』って……。
コイツ、彼女いるじゃん。
何いってんだ、板井は。
チャーシューを口に含みながら、
『話すなら、早いうちがいいよ』
と唯野に進言したことを思い出す。
唯野は板井が自分が社長室から戻るのを待っているのは、一種の忠誠心ないし常識のようなものだと思っているに違いない。
だが板井は、単に唯野を心配しているだけなのだ。それは純粋な好意。
──ややこしいことにならなきゃいいがな。
二人分の昼飯を購入して苦情係に戻ると、明らかに気落ちした唯野がデスクでPCモニターを見つめていた。
「板井は?」
と、問えば給湯室を親指でクイッと指し示す、唯野。
塩田は電車に足止めさせようと買ってきたものを彼に渡し、給湯室へ促す。
「何かあった?」
「呑みに誘ったら、断られた」
「なんで」
「俺と二人じゃ、嫌なんだろうよ」
唯野らしからぬ、棘のある声。何故板井が断ったのか、塩田には解せなかった。
「課長が、板井には心配されたくないとか言うから……」
「なんですか? それ」
塩田の言葉を遮り、背後から板井の声。
まずいと思ったが、手遅れだった。どうやら電車の足止めは失敗に終わったらしい。板井は電車に飲み物の乗った盆を押し付けると、ツカツカと唯野のデスクまで歩いてくる。
「俺が課長の心配するの、迷惑でしたか? だったら言ってくれればいいじゃないですか」
「板井、ちが……」
「もう、知りませんよ。心配なんてしませんから」
唯野の言葉を遮り、板井はそういうと苦情係を出ていった。
「板井!」
慌て追いかけたのは、電車。塩田は、頭を抱え項垂れる唯野に視線を移す。
「なぜ追いかけない」
「追いかけてどうなる?」
デスクに落ちる、雫。唯野の声は震えていた。
「板井の前では、いい上司でいたい。ささやかな俺の願いは、愚かなことのかな」
塩田はそっと唯野にハンカチを差し出す。
「アイツに心配ばかりかけてる自分が嫌だよ」
「板井は好きで課長の心配してるんだから、ほっとけよ」
唯野が何故泣いているのかわからない塩田は、片手を腰にあてると呆れ声で。
「おま……酷……っ」
目元を拭う唯野。
「どっちにしろ。早いとこなんとかしないと拗れるよ」
塩田の言葉に唯野は瞳を揺らし、こちらを見上げたのだった。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
こいじまい。 -Ep.the British-
ベンジャミン・スミス
BL
貿易会社に勤務する月嶋春人は上司に片想いをしていた。
しかし、その想いは儚く散ってしまう。
いつまでも上司を忘れることが出来ない春人に「無理に忘れる必要は無い。」と、声をかけたのはイギリス人のアルバート・ミラーだった。
いつのまにか英国紳士なアルバートに惹かれていく春人は徐々に新しい恋への1歩を踏み出し始めていた。
身長差30cm、年の差18歳
おまけに相手は男で、外国人。
様々な壁にぶつかりながらも愛を育んでいく2人のオフィスラブ。
************
素敵な表紙はもなか様から
いただきました。
ありがとうございます。
次男は愛される
那野ユーリ
BL
ゴージャス美形の長男×自称平凡な次男
佐奈が小学三年の時に父親の再婚で出来た二人の兄弟。美しすぎる兄弟に挟まれながらも、佐奈は家族に愛され育つ。そんな佐奈が禁断の恋に悩む。
素敵すぎる表紙は〝fum☆様〟から頂きました♡
無断転載は厳禁です。
【タイトル横の※印は性描写が入ります。18歳未満の方の閲覧はご遠慮下さい。】
12月末にこちらの作品は非公開といたします。ご了承くださいませ。
近況ボードをご覧下さい。



ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる