8 / 96
1『塩田と板井』
4 唯野の過去と想い
しおりを挟む
****side■唯野
『黙っているのはいいが、バレた時傷つくのは板井なんじゃないのか?』
ちゃんと休憩を取れといったのに、昼休みに一人苦情係に残る板井を見て、唯野は塩田に言われた事を思い出してしまった。
板井が自分を慕ってくれるのは、上司だからだ。そして彼が真面目な部下だから。それ以上でもそれ以下でもないのに。
『おかえりなさい』
と言われて切なくなる。
──板井は俺の過去を知らない。
どんな、経緯で妻と結婚したのか?
塩田にも言えなかったこと。自分さえ最近知った真実。何も守れていなかったことを知り、絶望した。
──俺は妻を愛していると思いこんでいただけだった。彼女はずっとそのことに気づいていたのに。
『花はあなたの子じゃないの』
最愛の娘と血が繋がっていないことを知り、唯野は何もいえなかった。その可能性はあると思っていたから。
何も妻の不貞を疑っていわけではない。唯野は酔った勢いで彼女と肉体関係になり、責任をとる形で彼女と結婚したのだから。しかしそれは彼女の申告による既成事実。唯野には記憶がなかった。
唯野が彼女と関係したのはその一度だけ。責任を感じてしまい、そういう気持ちになれなくなってしまったのだ。だが、その後起きたことは唯野を地獄へと突き落とす。
『ごめんなさい。限界なの』
彼女は甘い言葉に騙されただけなのだ。
唯野が(株)原始人に就職し、一番最初に配属されたのは営業。我が社では営業部は花形、企画部はエリート。商品開発部は司令塔、商品部は戦場などと言われている。
余談だが、苦情係が『上層部の溜まり場』と呼ばれているのは、大方塩田のせいである。
唯野は営業時代、現在の総括と同期であった。二人にとっては営業部にいた期間が一番長いということになる。風向きが変わったのは、今から四年くらい前。現在の副社長、皇が入社してから。その皇もそれ以前のことは知らない。もちろん、総括にも話したことはない。
これはまだ唯野たちが二十代だった時の出来事。
営業部で常に好成績だった唯野と総括は目立っていた。特に唯野は見目もよく、人当たりも良いことから社内でもモテていたのである。しかしまだ、入社して一年も経っておらず結婚どころか、交際する余裕などなかった。
どんな嫌味もにこやかに返す唯野に、周りは毒気を抜かれていく。営業は唯野にとって天職に思えた。そこに魔の手が迫っているとも知らずに。
『会長の甘い言葉に乗ってしまった私がいけないの。あなたのせいじゃない』
唯野に好意を寄せていた彼女は当時、我が社の受付嬢であった。澄んだ声をした美女。
彼女の想いを知った我が社の会長はそこに目をつけた。
実のところ、彼女が会長に良いようにされたことは知っている。会長本人から取引材料として知らされたのだから。
──俺のせいで、巻き込まれただけなんだ。
会長の目的は彼女ではなく、唯野だったということだ。
──俺は板井を巻き込みたくない……?
あの時のように。
『あの子に手を出されたくなければ、分かるね?』
会長が惹かれたのは、唯野の自己犠牲の精神。
いつでも笑顔で相手を許せる唯野の、”人間らしい感情”を見たいと彼は言った。
──泣いて懇願したら、許されたのだろうか?
彼女を守りたいと思った。それが愛ではなかったと言うなら、なんなのだろう?
過去を知ったら板井は、俺を軽蔑するだろうか?
あの時助けてくれたのは社長。しかしその十年後に社長から恨みを買うことになるとは想像もしていなかった。
板井を必要以上に自分に踏み込ませるのは危険だ。だが全てを知っても、変わらない関係が欲しいとも思ってしまっている。
飯に行くか? と聞けば断られ、唯野は泣きたい気持ちになった。塩田が何か買ってきてくれることが判っているのだから、当然なのに。
『黙っているのはいいが、バレた時傷つくのは板井なんじゃないのか?』
ちゃんと休憩を取れといったのに、昼休みに一人苦情係に残る板井を見て、唯野は塩田に言われた事を思い出してしまった。
板井が自分を慕ってくれるのは、上司だからだ。そして彼が真面目な部下だから。それ以上でもそれ以下でもないのに。
『おかえりなさい』
と言われて切なくなる。
──板井は俺の過去を知らない。
どんな、経緯で妻と結婚したのか?
塩田にも言えなかったこと。自分さえ最近知った真実。何も守れていなかったことを知り、絶望した。
──俺は妻を愛していると思いこんでいただけだった。彼女はずっとそのことに気づいていたのに。
『花はあなたの子じゃないの』
最愛の娘と血が繋がっていないことを知り、唯野は何もいえなかった。その可能性はあると思っていたから。
何も妻の不貞を疑っていわけではない。唯野は酔った勢いで彼女と肉体関係になり、責任をとる形で彼女と結婚したのだから。しかしそれは彼女の申告による既成事実。唯野には記憶がなかった。
唯野が彼女と関係したのはその一度だけ。責任を感じてしまい、そういう気持ちになれなくなってしまったのだ。だが、その後起きたことは唯野を地獄へと突き落とす。
『ごめんなさい。限界なの』
彼女は甘い言葉に騙されただけなのだ。
唯野が(株)原始人に就職し、一番最初に配属されたのは営業。我が社では営業部は花形、企画部はエリート。商品開発部は司令塔、商品部は戦場などと言われている。
余談だが、苦情係が『上層部の溜まり場』と呼ばれているのは、大方塩田のせいである。
唯野は営業時代、現在の総括と同期であった。二人にとっては営業部にいた期間が一番長いということになる。風向きが変わったのは、今から四年くらい前。現在の副社長、皇が入社してから。その皇もそれ以前のことは知らない。もちろん、総括にも話したことはない。
これはまだ唯野たちが二十代だった時の出来事。
営業部で常に好成績だった唯野と総括は目立っていた。特に唯野は見目もよく、人当たりも良いことから社内でもモテていたのである。しかしまだ、入社して一年も経っておらず結婚どころか、交際する余裕などなかった。
どんな嫌味もにこやかに返す唯野に、周りは毒気を抜かれていく。営業は唯野にとって天職に思えた。そこに魔の手が迫っているとも知らずに。
『会長の甘い言葉に乗ってしまった私がいけないの。あなたのせいじゃない』
唯野に好意を寄せていた彼女は当時、我が社の受付嬢であった。澄んだ声をした美女。
彼女の想いを知った我が社の会長はそこに目をつけた。
実のところ、彼女が会長に良いようにされたことは知っている。会長本人から取引材料として知らされたのだから。
──俺のせいで、巻き込まれただけなんだ。
会長の目的は彼女ではなく、唯野だったということだ。
──俺は板井を巻き込みたくない……?
あの時のように。
『あの子に手を出されたくなければ、分かるね?』
会長が惹かれたのは、唯野の自己犠牲の精神。
いつでも笑顔で相手を許せる唯野の、”人間らしい感情”を見たいと彼は言った。
──泣いて懇願したら、許されたのだろうか?
彼女を守りたいと思った。それが愛ではなかったと言うなら、なんなのだろう?
過去を知ったら板井は、俺を軽蔑するだろうか?
あの時助けてくれたのは社長。しかしその十年後に社長から恨みを買うことになるとは想像もしていなかった。
板井を必要以上に自分に踏み込ませるのは危険だ。だが全てを知っても、変わらない関係が欲しいとも思ってしまっている。
飯に行くか? と聞けば断られ、唯野は泣きたい気持ちになった。塩田が何か買ってきてくれることが判っているのだから、当然なのに。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~
ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。
2021/3/10
しおりを挟んでくださっている皆様へ。
こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。
しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗)
楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。
申しわけありません。
新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。
お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。
修正していないのと、若かりし頃の作品のため、
甘めに見てくださいm(__)m
【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集
あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。
こちらの短編集は
絶対支配な攻めが、
快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす
1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。
不定期更新ですが、
1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
書きかけの長編が止まってますが、
短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。
よろしくお願いします!
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる