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1『塩田と板井』
3 想いを自覚する時
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****side■板井
「俺たち、外に飯食いに行くけど」
昼休みのチャイムがなっても、唯野は戻らなかった。塩田に声をかけられ、板井はひらひらと力なく手を振る。一緒にいかないか? という誘いなのはわかっていた。
唯野が戻らない日はここ、苦情係に残るのが板井の通例だった。別に約束をしているわけではない。唯野も、ちゃんと休憩に行けと言ってくれているのだから。
それでも、戻ってきた時に誰もいなかったら寂しく感じるのではないか? と思ってしまうのだ。
塩田の隣に立つ電車は、
「課長によろしく言っといて」
とニコッと笑う。
それは彼なりの気遣い。塩田は心配そうにこちらを伺っていたが、電車に合図をすると苦情係を出ていった。
唯野が社長に呼ばれた日は必ずと言っていいほど、塩田が電車を連れて外に食べに行く。初めはその意味がわからずにいた。
しかし何度か繰り返すうちに、塩田が何を考えてそうしているのか、わかるようになる。昼休みに間に合わない課長の為に、手土産を買ってくるのだ。外食先で。
一緒に仕事をはじめたばかりの頃は、塩田に対し、周りに無関心な我が道行く男だと感じていた。だがその印象はすぐに変化をきたす。
確かに態度は塩だと思う。しかし塩田は冷たいわけではない。むしろ優しいヤツなのだ。
苦情係という部署は、板井たちが入社した年に作られた新しい部署であり、マニュアルさえなかった。新入社員三人と唯野を合わせた四人だけで回せるわけがない。
そのため、入社して一ヶ月は多忙を極めた。それでも塩田はすぐに慣れ、余裕を見せる。疲れが溜まりミスの増えた電車のサポートまでしていたのだ。優秀な彼を唯野が気に入らないはずはない。
板井は、唯野の胸ポケットにいつも入れられている万年筆のことを思い出す。それは塩田が、昇進祝いと称して彼に贈ったものらしい。
──課長が塩田を好きなのは、きっかけがあったから。
敵うわけないのだと板井はため息をつく。どんなに愛想がなかろうとも、さり気なく課長や電車のサポートをする塩田。その上、あの容姿だ。自分の入る隙などどこにもない。
それでも、塩田が好きなのは電車だから安心していられる。
──本人に自覚があるかは、わからないけど。
『板井は課長が好きなのか?』
不意に塩田の質問が蘇り、胸が締めつけられた。唯野の妻は元受付嬢。とても綺麗な人だ。そして現在、彼の好きな相手は塩田。整った容姿をしている。どう考えたって、唯野はメンクイなのではないだろうか?
──負け戦だな。
塩田が好かれているのは容姿のせいでないことくらいわかってはいるが、卑屈になってしまう。
「休憩取れよって、言ったのに……」
ため息をつき、立ち上がろうとしたところで、背後から声をかけられドキリとする。
「おかえりなさい」
板井は極めて冷静に。だが、彼は眉を寄せた。何か変だったのだろうか?
「はいはい、行きますよ」
返答も待たずに、そう言って板井は立ち上がる。
「すまない」
「?」
何故彼が謝るのか、板井にはわからなかった。唯野が小さくため息をつく。
──自分は彼の意図に反する部下だろうか。
辛くなって視線を逸らすと、
「一緒に飯、行くか?」
と、唯野。
「いえ、食欲がないので。それに塩田が何か買ってくるでしょうから」
「そっか」
いつもニコニコしている彼が一瞬、泣きだしそうな表情をしたのが気になる。だが、何も言えなかった。
──そうだな。俺は、きっとこの人のことが好きなんだろう。
「板井」
「はい?」
想いを自覚してしまうと、二人きりが辛い。どんなに頑張ったところで、振り向いてなど貰えないのに。
「今日、呑みに行かないか?」
憂いを纏った笑み。儚くて、壊れそうだった。
「皆で、ですか? いいですよ」
冷静を装うことを苦痛に感じたのは初めてで。
「いや、二人で」
「は?」
「俺たち、外に飯食いに行くけど」
昼休みのチャイムがなっても、唯野は戻らなかった。塩田に声をかけられ、板井はひらひらと力なく手を振る。一緒にいかないか? という誘いなのはわかっていた。
唯野が戻らない日はここ、苦情係に残るのが板井の通例だった。別に約束をしているわけではない。唯野も、ちゃんと休憩に行けと言ってくれているのだから。
それでも、戻ってきた時に誰もいなかったら寂しく感じるのではないか? と思ってしまうのだ。
塩田の隣に立つ電車は、
「課長によろしく言っといて」
とニコッと笑う。
それは彼なりの気遣い。塩田は心配そうにこちらを伺っていたが、電車に合図をすると苦情係を出ていった。
唯野が社長に呼ばれた日は必ずと言っていいほど、塩田が電車を連れて外に食べに行く。初めはその意味がわからずにいた。
しかし何度か繰り返すうちに、塩田が何を考えてそうしているのか、わかるようになる。昼休みに間に合わない課長の為に、手土産を買ってくるのだ。外食先で。
一緒に仕事をはじめたばかりの頃は、塩田に対し、周りに無関心な我が道行く男だと感じていた。だがその印象はすぐに変化をきたす。
確かに態度は塩だと思う。しかし塩田は冷たいわけではない。むしろ優しいヤツなのだ。
苦情係という部署は、板井たちが入社した年に作られた新しい部署であり、マニュアルさえなかった。新入社員三人と唯野を合わせた四人だけで回せるわけがない。
そのため、入社して一ヶ月は多忙を極めた。それでも塩田はすぐに慣れ、余裕を見せる。疲れが溜まりミスの増えた電車のサポートまでしていたのだ。優秀な彼を唯野が気に入らないはずはない。
板井は、唯野の胸ポケットにいつも入れられている万年筆のことを思い出す。それは塩田が、昇進祝いと称して彼に贈ったものらしい。
──課長が塩田を好きなのは、きっかけがあったから。
敵うわけないのだと板井はため息をつく。どんなに愛想がなかろうとも、さり気なく課長や電車のサポートをする塩田。その上、あの容姿だ。自分の入る隙などどこにもない。
それでも、塩田が好きなのは電車だから安心していられる。
──本人に自覚があるかは、わからないけど。
『板井は課長が好きなのか?』
不意に塩田の質問が蘇り、胸が締めつけられた。唯野の妻は元受付嬢。とても綺麗な人だ。そして現在、彼の好きな相手は塩田。整った容姿をしている。どう考えたって、唯野はメンクイなのではないだろうか?
──負け戦だな。
塩田が好かれているのは容姿のせいでないことくらいわかってはいるが、卑屈になってしまう。
「休憩取れよって、言ったのに……」
ため息をつき、立ち上がろうとしたところで、背後から声をかけられドキリとする。
「おかえりなさい」
板井は極めて冷静に。だが、彼は眉を寄せた。何か変だったのだろうか?
「はいはい、行きますよ」
返答も待たずに、そう言って板井は立ち上がる。
「すまない」
「?」
何故彼が謝るのか、板井にはわからなかった。唯野が小さくため息をつく。
──自分は彼の意図に反する部下だろうか。
辛くなって視線を逸らすと、
「一緒に飯、行くか?」
と、唯野。
「いえ、食欲がないので。それに塩田が何か買ってくるでしょうから」
「そっか」
いつもニコニコしている彼が一瞬、泣きだしそうな表情をしたのが気になる。だが、何も言えなかった。
──そうだな。俺は、きっとこの人のことが好きなんだろう。
「板井」
「はい?」
想いを自覚してしまうと、二人きりが辛い。どんなに頑張ったところで、振り向いてなど貰えないのに。
「今日、呑みに行かないか?」
憂いを纏った笑み。儚くて、壊れそうだった。
「皆で、ですか? いいですよ」
冷静を装うことを苦痛に感じたのは初めてで。
「いや、二人で」
「は?」
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