上 下
117 / 145
17話『発情期と奇跡の子』

2 皇子の想い

しおりを挟む
****♡Side・β(カイル)

 カイルは二人の間で交わされた約束について、何も知らされていなかった。
 嫌がるクライスが、執事によって地下に連れていかれるのを切なげに見つめる。幽閉するためではない。フェロモンにあてられないように、少しでもレンから離れた場所に移動させたのだ。
 この日の為に地下には新しいベッドと寝具を運び込んであり、軽いラット状態に対しどのように措置を施すかについても、執事と相談済みだ。
 本来なら自分がしてやるべきだが、レンの傍から離れることはできない。

「クライス……」
 カイルも正直なところ、クライスをα専用ホテルの方へはやりたくなかった。犯人は監視カメラをハッキングしている。それはホテル内も同じはずだ。
 ただ部屋の中には監視カメラは設置されてはいない。不正に入退出をしないようにバルコニーや玄関には設置してあるが。
 あくまでもαを監視するのはΩを守るためであって、α自体を監視するためではないからだ。

───いくら執事が傍についているとはいえ、街にはやりたくない。
 あんなに怖いことがあったのだ。
 それに犯人はその気になれば、どこからでもクライスを連れ去るに違いない。

 カイルは犯人を怖い人だと思っていた。
 βは他の性に比べ感情が豊かだ。行動にもすぐに出る。
 しかし今回のような執着の仕方は異常でしかない。精神に異常をきたしてしまうほど、何かがあったとしか言えなかった。
 β達は結束力によってΩを守って来た。Ωを守ることが使命だと疑わなかったのだ。
 もしそれが崩れてしまったとしたら。Ωを恨む者が現れたとしたならば。それは、この国の崩壊につながってしまう。
 一人疑問を抱いたなら、連鎖するものだ。カイルにはそれを阻止する義務がある。いや何としてでも、阻止しなければならない。
 何故自分たちがαから独立したのか、今一度考え直して貰わなければならないと感じていた。

───Ωは弱い。
 自分たちがどんなに彼らの為に動いても、所詮他人に人生を決められて生きている。
 Ωに自由を。Ωに人権を。Ωに人としての幸せを。
 それがβ達の願いだったはずだ。

 彼らはαを生産するための道具として産まれて来たわけじゃない。
 そして、望んでその性に産まれたわけでもない。
 人として産まれて来たからには、平等に人生を選んで生きる権利がある。それが叶わないから、β達が守るのだ。
 自分の人生を犠牲にしてまでΩを守るのはオカシイかも知れない。
 しかしαは産まれる前からαとして望まれ、産まれてくる。

───お前らは、神にでもなったつもりか?

 βは彼らを絶対に許しはしない。
 この秩序はβ達の手で、守り通す。

 そこでカイルは思う、自分は矛盾していると。
 クライスはαだ。生まれる前からαだとして望まれ産まれて来た。限りなく奇跡に近いものを授かり、奇跡の子として産まれて来たのだ。
 彼を守りたいと願うのは、αに憎しみを向ける自分とは相反する。

───いや、違う。
 今、間の前にいる敵はαじゃない。自分と同じβだ。

 カイルは、同志が道を違えることの怖さを知った。
 昨日の敵が今日の敵とは限らないように、今日の味方が明日も味方とは限らないのだ。
「カイ……ル」
 レンに名を呼ばれ、カイルは慌てて部屋に引き返す。
 ドアを閉めることにどのくらいの効果があるのかはわからない。クライスがフェロモンにあてられないことを祈り、レンの元に膝まづくのであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

温泉地の謎

asabato
大衆娯楽
可笑しな行動を求めて・・桃子41歳が可笑しなことに興味を持っていると、同じようなことで笑っているお父さんが見せてくれたノートに共感。可笑しなことに遭遇して物語が始まっていきます。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

異世界ぼっち暮らし(神様と一緒!!)

藤雪たすく
BL
愛してくれない家族から旅立ち、希望に満ちた一人暮らしが始まるはずが……異世界で一人暮らしが始まった!? 手違いで人の命を巻き込む神様なんて信じません!!俺が信じる神様はこの世にただ一人……俺の推しは神様です!!

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

処理中です...