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12話『皇子の逆鱗に触れるとき』
1 失った温もり
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****♡Side・β(カイル)
「カイル様。準備が整い次第屋敷の方へ向かいますので、先にお帰りになってください」
独立記念日である今日は、何処も忙しそうだ。
パトロールの為、ほとんどの人が出払っている。
手袋をはめ不審物を受け取った担当刑事は、人手が足りていないのにも関わらず、緊急であると考え融通してくれた。
ホッと胸を撫でおろし警察署から出る。執事はロータリーに車を停め、運転席で待っているはずだった。
「あ、カイル様」
執事はカイルを見るなり、駆け寄ってくる。
どうしたというのだろうか。顔は青ざめ、唇を震わせていた。
「何かあったのか?」
カイルは何事かと心配そうに、彼を見上げる。
すると、
「屋敷の方から、今しがた連絡がありました。クライス様が連れ去られたと」
「は⁈」
『お願い、カイル。今日は家に居てよ』
不意にレンの言葉が頭の中で木霊した。
必死の表情でカイルの袖を掴む彼の姿が浮かぶ。
そこで初めて、不審物はカイルを屋敷から遠ざける為の罠だったことに気づく。
───俺は、なんて馬鹿なんだろう。
今頃気づくなんて。
震える自分自身をぎゅっと抱きしめ、”しっかりしろ、自分!”と心の中でカツを入れる。ショックを受けている場合ではない。
今、自分が心を強く持たなければ最悪の事態は免れない。
「急いで、屋敷に戻る。どこに連れ去られたのか話を聞かないと」
背筋を正し、車に向かうカイル。
その様子を見た執事はハッとし、急いで運転席に乗り込んだ。落胆などしている場合ではない。事態は一刻を争う。
二人が車で屋敷の前に到着すると、門のところで従者たちが絶望という表情を浮かべ立っていた。
カイルが車から降り門に近づくと、給仕係の女性が顔を覆って泣いている。
「なんで……」
呟くように言葉を溢し、視線の先には踏み荒らされた花壇。
「クライス様とレン様が植えてくださったのに……」
すすり泣く彼女を支えているのは、家事担当の女性だ。
「何があった?」
彼女たちに声をかけると、従者たちは一斉にカイルの方へ視線を向ける。
「カイル様……。朝確認した時には異常がなかったのに。鉄門を閉めるために外に出たら庭に、滑る液体がまかれていて」
と、庭師が女性の代わりに事情を話し始めた。
人手が足りなかったために、クライスの祖父母が手伝いを申し出てくれたのだが、祖母がその液体で足を滑らせたらしい。
犯人はクライスをおびき出す材料として、誰かを転ぶように仕向けたようだ。それがたまたま祖母だったため、効果は絶大だった。
「武器を持った数人のβ男性体に連れて行かれたんです」
彼らは門の傍で期を狙っていたように感じたという。
「カイル!」
話し声でカイルの帰宅を感じ取ったレンが転がるように階段から降りてくる姿が、あけ放った玄関のドアの向こうに見えた。
「レン」
彼はそのままのスピードで駆け寄って来くると、カイルの胸の中に飛び込んだ。
「ごめんなさい。クライスが……止められなかった」
カイルが来るまでも、泣きじゃくっていたのだろう。目が腫れてしまっている。
カイルは彼がこんなに泣くのを初めて見た。
「どうしよう、クライスに何かあったら」
泣きじゃくる彼を慰めるようにぎゅっと抱きしめる。
───レンをこんなに泣かせるなんて。
絶対許さない。
「レンはここにいるんだ。クライスは必ず俺が見つけるから」
彼の髪を撫でるとカイルは踵を返し、執事に目で合図した。
怒りに震えるカイルの背中に、
「僕もいく!」
と、レン。
しかしカイルの意図を理解した従者がそれを止めたのだった。
「カイル様。準備が整い次第屋敷の方へ向かいますので、先にお帰りになってください」
独立記念日である今日は、何処も忙しそうだ。
パトロールの為、ほとんどの人が出払っている。
手袋をはめ不審物を受け取った担当刑事は、人手が足りていないのにも関わらず、緊急であると考え融通してくれた。
ホッと胸を撫でおろし警察署から出る。執事はロータリーに車を停め、運転席で待っているはずだった。
「あ、カイル様」
執事はカイルを見るなり、駆け寄ってくる。
どうしたというのだろうか。顔は青ざめ、唇を震わせていた。
「何かあったのか?」
カイルは何事かと心配そうに、彼を見上げる。
すると、
「屋敷の方から、今しがた連絡がありました。クライス様が連れ去られたと」
「は⁈」
『お願い、カイル。今日は家に居てよ』
不意にレンの言葉が頭の中で木霊した。
必死の表情でカイルの袖を掴む彼の姿が浮かぶ。
そこで初めて、不審物はカイルを屋敷から遠ざける為の罠だったことに気づく。
───俺は、なんて馬鹿なんだろう。
今頃気づくなんて。
震える自分自身をぎゅっと抱きしめ、”しっかりしろ、自分!”と心の中でカツを入れる。ショックを受けている場合ではない。
今、自分が心を強く持たなければ最悪の事態は免れない。
「急いで、屋敷に戻る。どこに連れ去られたのか話を聞かないと」
背筋を正し、車に向かうカイル。
その様子を見た執事はハッとし、急いで運転席に乗り込んだ。落胆などしている場合ではない。事態は一刻を争う。
二人が車で屋敷の前に到着すると、門のところで従者たちが絶望という表情を浮かべ立っていた。
カイルが車から降り門に近づくと、給仕係の女性が顔を覆って泣いている。
「なんで……」
呟くように言葉を溢し、視線の先には踏み荒らされた花壇。
「クライス様とレン様が植えてくださったのに……」
すすり泣く彼女を支えているのは、家事担当の女性だ。
「何があった?」
彼女たちに声をかけると、従者たちは一斉にカイルの方へ視線を向ける。
「カイル様……。朝確認した時には異常がなかったのに。鉄門を閉めるために外に出たら庭に、滑る液体がまかれていて」
と、庭師が女性の代わりに事情を話し始めた。
人手が足りなかったために、クライスの祖父母が手伝いを申し出てくれたのだが、祖母がその液体で足を滑らせたらしい。
犯人はクライスをおびき出す材料として、誰かを転ぶように仕向けたようだ。それがたまたま祖母だったため、効果は絶大だった。
「武器を持った数人のβ男性体に連れて行かれたんです」
彼らは門の傍で期を狙っていたように感じたという。
「カイル!」
話し声でカイルの帰宅を感じ取ったレンが転がるように階段から降りてくる姿が、あけ放った玄関のドアの向こうに見えた。
「レン」
彼はそのままのスピードで駆け寄って来くると、カイルの胸の中に飛び込んだ。
「ごめんなさい。クライスが……止められなかった」
カイルが来るまでも、泣きじゃくっていたのだろう。目が腫れてしまっている。
カイルは彼がこんなに泣くのを初めて見た。
「どうしよう、クライスに何かあったら」
泣きじゃくる彼を慰めるようにぎゅっと抱きしめる。
───レンをこんなに泣かせるなんて。
絶対許さない。
「レンはここにいるんだ。クライスは必ず俺が見つけるから」
彼の髪を撫でるとカイルは踵を返し、執事に目で合図した。
怒りに震えるカイルの背中に、
「僕もいく!」
と、レン。
しかしカイルの意図を理解した従者がそれを止めたのだった。
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