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『圭一、わたくしの奴隷におなりなさい』

第7話.大里家の末っ子【side:聖】

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【注意*本作では小学四年生です】

中学に上がると同時に家を出て、父に頼んで一人暮らしをさせて貰ったのは何も自由奔放な生活をしたいからではない。
二人の姉には『セレブだからって、豪遊してたら家が潰れるわよ』などと言われたが、姉貴達あんたらがクレイジーだから家を出たいんだよ!と、言いたい。

何かというと大崎家に乗り込んで…。
大崎家は幼馴染みである久隆の家だ。立派な三階建てのアンティークなデザインの屋敷である。敷地面積は…(省略)。
久隆はそれはもう、可愛くて可愛くて目に入れてもいいぐらい可愛くて。
(祖父じいさんか!)
お兄ちゃん子。外では笑わないけれど、笑顔が可愛くて。
まるで、天使!

くそ!妥当兄!と思っていたのに”霧島 咲夜”という完璧な中性的美人に横からかっさわれた。ちくしょー!
(もたもたしていたからでもある)

そんな天使の家に、毎回毎回乗り込む姉二人。
(天使ではない、人間である)
羨ましいったらない!願わくば、俺も久隆を連れ込んで…おっと口が滑ったようだ。
そんな俺の小学生時代といえば…。

****

大里 聖、K学園初等部に通う端正な顔立ちが父親似の小学四年生。
幼馴染みの大崎 久隆という”ベビーフェイスで可愛らしい男の子”に猛烈片想い中の、大里家末っ子であり長男である。将来は大里グループ総裁という椅子が用意されたK学園二大セレブの片割れであり、本来なら幸せな境遇のはずなのだが。

目の前にはピンク一色のリビングが広がっている。まるで肺の中のようだと聖は思っていた。クッションが肺胞に見えてくる。テレビの前では、長女である愛花がポーズを決め「奴隷におなりッ!」とキチガイな発言を繰り返していた。
最近流行のドラマ「イケメン奴隷と華麗なるわたくしの日々」通称イケ華麗かれというコメディドラマにハマったらしい。まったくハマリどころの分からないドラマである。

”ベビーフェイスで天使のように可愛い幼馴染みの男の子、久隆”の兄、”大崎 圭一を奴隷にしてさしあげるの!”と息巻いているが相手は絶対喜ばないと聖は思っていた。
(当然である)
隣を見やれば次女のミノリがなにやら魚がずらっと並んだへんなカタログのチェックをしていた。圭一のために作ったカタログらしいがどの魚も同じに見え、違いがわからない”カワハギカタログ”らしい。つまり、カワハギ一色である。誰が見るんだ、誰が得するんだ!とツッコミたくなる謎のカタログだ。

「カワハギカタログの最終チェックに余念がありませんの!」
”へえ、そうなんだ”としか言いようがない。

恐るべし!大崎 圭一!
二人の姉を虜にするカワハギマスター!
(そんなマスターではないはず)

しかし、聖にとってもこの男は脅威であった。なにせ、聖の片想いの相手である”ベビーフェイスで天使のように超絶可愛らしい男の子、久隆”はお兄ちゃん子だったからだ。”ベビーフェイスで天使のように超絶可愛らしいお兄ちゃん子の男の子、久隆”を振り向かせるためにはまず、圭一を倒さなければならない。

打倒!魔王圭一!
(いつから魔王になったんだ)
頑張れ、勇者《オレ》!
”ベビーフェイスで天使のように超絶可愛らしいお兄ちゃん子(魔王、圭一)の幼馴染の男の子、久隆”を振り向かせる為に!
(なげーなおい!舌噛みそー)

****

「ねえ、聖。お姉ちゃん知らない?」
「え?」
自分の世界に浸っていたら突然声を掛けられ顔をあげた。さっきまでしていた父と姉の声がしなくなっている。

まなか姉ねえさては、大崎邸に乗り込んだのか?!
許すまじ…
って、おい!

「なにやってんの?!ミノリ姉《ねえ》」
「準備♪」
ミノリはルンルンで一眼レフカメラと望遠レンズを担いでいた。どうやら盗撮に行くらしい。いや、撮影かも知れないが。
「見張りの部下からそろそろお風呂の時間だと連絡が来て、ちょっと記念に一枚撮ってきますわ」

おい、それ盗撮じゃないかよ
てか、見張り?!

「弟くんも一緒らしいですわよ」
「俺にも一枚焼き増しして」

聖は欲望に勝てなかった。
(いやいや、止めなきゃだめだろ!)
そうこうしているうちにミノリはスキップしながら、ピンク一色のリビングから長い長い長すぎる廊下を玄関に向けて去っていく。聖は目を輝かせ期待に満ちた表情で…もとい複雑な表情でそれを見送った。

それから十五分も立たないうちにミノリは肩を落として帰宅する。
「どうしたの?」
ピンク一色のリビングでこれまた何故染めたんだ?というピンクのグランドピアノを弾いていた聖が手を止め、彼女に問いかけた。
「誤報でしたの。お風呂は高井戸おじ様の家でしたわ」

誰だよ、高井戸

「もう!家を間違えるなんて」
ミノリは頭を抱えていた。聖は違う意味で頭を抱えている”誰、高井戸”と。
「そうだわ!高井戸おじ様に車を借りて探しに行けばよいのですわ!」
ミノリは荷物をテーブルにおくとスマホを操作し”高井戸おじ様”とやらに連絡を取りながら廊下に出て行ったのだった。

だから、誰だよ!
高井戸って
(謎は深まるばかりであった)


****

翌朝。

朝は嬉しい、久隆に逢えるから。
可愛くて、愛しい久隆に。

朝から決意表明とやらをする姉を尻目にランドセルを背負うと父の秘書の車に乗り込んだ。久隆を迎えに行く為である。きっとまた、駄々をこねてるに違いないと小さく笑う。

久隆は小学一年から三年までイジメに遭っていた。それが発覚するまではとても我慢強い子であったが、発覚してからは以前以上にお兄ちゃん子になってしまった。母親がいないのでいつも傍にいてくれる兄に甘えるのは自然なのだが、その甘えっぷりは尋常ではなかった。幼児返りといっても過言ではない。しかし、聖にとってはそれが可愛くてたまらなかった。

大崎邸の門を抜け、玄関が近づいてくると子供の泣き声が聞こえた。どうやら久隆が兄にわがままを言ってるらしい。車を降り、いつものように玄関のドアを開け中に入っていくとエントランスのところに二人は居た。

「やだああああああ。わああん。お兄ちゃぁん」
「久隆」
「やだ!やだあ」
久隆は床にしゃがみこみ足をバタバタさせている。
「抱っこ!」
「しょうがないな」
兄の圭一が両腕を差し出し胸に抱き上げるとぎゅっとその細い腕を彼の首に巻きつけた。

家に居る間中ずっと兄から離れないことは姉たちから聞いて知っていたし、毎朝これであった。
「お友達が迎えに来てるよ」
圭一が聖に気付くと聖はペコリと頭を下げる。
「学校行っておいで?久隆」
「お兄ちゃん一緒じゃなきゃヤなのッ」
「遠回りになっちゃうだろ?」
圭一は久隆の頭をいいこいいこしながら優しく言い聞かせるが
「やだあ!」
泣き止んだ久隆がまた泣き出しそうになり
「ごめん、今日も頼んでいいかな?」
と、圭一に申し訳なさそうに言われるのであった。

圭一はイジメのことで自分を恨んでいるはずではあったが、そばに居てくれたことには感謝すると言ってくれた。それ以来、表向きは穏やかな関係である。

****

「お兄ちゃん、あのねッ」
後部座席で兄の膝の上に座り一所懸命、兄に話しかける久隆を聖は眺めていた。
「それでねッ」
なにか言うたび、そうかそうかと久隆の頭を撫でる圭一は兄というより親のようで。”お兄ちゃん、お兄ちゃん”と甘える久隆はとてつもなく愛らしい。学園が近づいてくると、久隆の表情は悲壮感でいっぱいになる。車を降りる頃にはひと言も喋らなくなった。

「久隆、お勉強しような?」
目にいっぱい涙を溜め圭一を見上げる久隆の前に彼はしゃがむと優しく抱き締めてやる。
「学校終わったらすぐに帰るから」
「お迎え行くの」
「来てくれるの?」
久隆はコクリと頷く。聖は黙って二人のやり取りを見ていたが鼻血を出しそうなくらい悶絶していた。

可愛すぎる!
今すぐ結婚したい!
(変態である)

「お兄ちゃん」
「うん?」
「大好き」
「お兄ちゃんも、久隆が大好きだよ」
きゃっきゃっと喜んでいるが、三年も経つと久隆は兄に対し塩対応になるのだから、時は無常とはよく言ったものだ。
「いっぱい勉強して、お兄ちゃんに教えてな」
「うん!僕がお兄ちゃんにべんきょー教えてあげる」
これが良かったのか?は分からないが、高等部に上がると久隆は学年五位をキープするようになる。

「行っておいで」
圭一は将来良い父親になりそうだな、と聖は思ったが残念なことに圭一は父にはならない。
「おにーちゃん!」
聖と手を繋ぎ校舎に向かう途中で何度も兄を振り返り手を振る久隆が可愛かった。しかし、中等部に上がる頃には聖にも塩対応になるのだ。
やはり、時は無常である。


****

それはお昼のことで。
学校では大人しい久隆だがいつも以上に元気がなかった。お昼はいつも並んで二人で食べている。イジメ以降、久隆が気がかりで仕方ない。
「どうしたの?食欲ない?」
具合が悪いのかと可愛いらしいその顔を覗き込むと、彼は上目遣いで聖を見上げた。泣き出しそうな、とても寂しげな表情で。
「お腹痛いの?」
と、問えば首を横に振る。
「お兄ちゃんに会いたいの」
それはとても小さな声。切なげな瞳。
「寂しくなっちゃったの?」
と、問えばコクンと頷く。

可愛い!
天使!マジ、天使。
(人間だと言うておろう)

「じゃあ、ご飯食べたらさ」
「うん…」
「俺が抱っこしてあげる」
「!」
聖はどさくさにまぎれて久隆にハグしようと思っていた。
「ほんと?」
しかし、純真無垢な久隆は嬉しそうな顔をする。
聖の疚しい心が少しチクンとしたがなかったことにした。
「ほんとだよ、だからご飯食べよう?」
「うん」

やべえ、マジ天使!
結婚したい、今すぐ。
(変態である)

一所懸命ご飯をモグモグする久隆の頬に指先で触れる。
可愛いなあと思いながら。
「デザート苺だ」
「久隆は苺好き?」
「うん、好き」

苺農園買うか。
どれくらの規模があればいいんだろう?

小四にして聖は変態街道まっしぐらであった。先行きが非常に不安である。
「食べたよ!」
「うん、久隆はいい子だね。おいで」
聖が下心丸出しなのに久隆はまったく気付かなかった。

****

「久隆、大人になったら結婚しようよ」
むぎゅっと抱きつく久隆が可愛いくて、聖は調子にのってみた。世は同性婚可能な時代である。
「僕ね、お姫さまと結婚するの」
「は?」
「お姫さまー」
“きゃっ!言っちゃった”と言うように両手で頬を覆う久隆に聖は怪訝な顔をした。久隆が“姫川 咲夜”のことを“お姫さま”と呼んでいたことを知らなかったからである。

「じゃあ、久隆は王子様なの?」
“どうみてもお姫様は久隆の方だ”と思いながら問えば、彼は照れながら
「そうなっちゃうかなー」
などと言っている。あまりにも馬鹿げた話に意地悪をしたくなってしまった。
「抱っこ好きなのに?」
「抱っこ大好き!」
「お兄ちゃんは?」
「お兄ちゃん、大好き!」
久隆は目をキラキラさせている。

「こんなに甘えん坊なのに?」
ツンツンと柔らかい頬をつつきながら。
「王子様になれるの?」
「うん!」
どこから来るんだ、その自信はと思った。
「お姫さま、抱っこ好きかもよ?抱っこできるの?」
「抱っこ好きなの?」
「そしたら久隆はお姫さまの面倒みられる?」
「抱っこしてもらう!」
もう、何が何やらわからない。

「抱っこ好き」
ぎゅっと聖に抱きつきニコニコしている。可愛い。
「守ってあげるの、僕のお姫さま」
「守られてるのに?」
「約束したんだよ?」
「ふーん」
何がなんだかわからないが可愛い久隆をむぎゅっと抱きしめ返す。
「俺なら毎日抱っこしてあげるのに」
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