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一章:佳奈編
9・後悔の記憶
しおりを挟む────結果から言えば、彼女の説得は失敗した。
何を言っても無駄であろうと思っていた佳奈にとってそれは、予想通りの結果である。それでも、ほんの少しだけ日常に変化が訪れていた。
一志はその友人も含めてならば、佳奈は会ってくれるのだと勘違いしたようだ。
もちろん頻繁に会うことはなく、忙しい彼女の都合に合わせることとなったが。それでも二人きりで会いたくない佳奈にとっては、不幸中の幸いだと思っていた。
それが間違いだったと気づくのは、ある集まりの夜である。
友人の二人は佳奈の事情と一志の性格を理解してくれたため、いつでも一志を褒めてくれた。
褒めると調子に乗る一志であったが、彼らと遊べなくなることを考えれば我慢はできる。
佳奈は細心の注意を払い、一志を立て二人とはあまり話さなかった。
仲のいい様子が見えれば、すぐにでも二人を悪く言う事は分かり切っている。佳奈のために協力してくれる二人を悪く言われるのは、正直耐えられない。
「あ、わたしはお酒はいいわ」
佳奈は呑めないわけではなかったが、一志の前では酔いたくなかった。
何をされるか分からないからだ。
そして一志は酒に弱かったため、口にしなかった。友人男性は家族のことに花を咲かし、友人女性は職場での面白い人の話で盛り上がる。
その中で一志だけが自分自身の話をした。
いつでも自慢話ばかりする一志に、吐き気がしそうだった。
「ん?」
違和感を覚えたのは、会が終盤に差し掛かった頃。
いや、佳奈のせいでお開きとなったと言っても過言ではない。
なんだか全身が気だるいのだ。
それが一志のせいだと知るのはだいぶ後になる。
「佳奈、大丈夫?具合悪そう」
最初に気づいたのは彼女だった。
「なんだか、猛烈な眠気が……」
二人が一志の行動に注視していれば、未然に防げたことかもしれなかったが席を立っていた佳奈はもちろんのこと、始終一志の行動を監視しているわけにはいかない。それこそ怪しまれるというモノだ。
「もう、お開きにしよう」
「そうよ。佳奈、最近残業続きだったって、言ってたじゃない」
友人の二人が佳奈を気遣う中、一志はタクシーを呼んでくれた。
優しいところがあるんだなと思ったのが大間違い。
全て一志の計画だったのだ。
「ほんとに送らなくて大丈夫?」
と問う彼女に、どうして付いてきて貰わなかったのか。
眠気で判断力を失っていた佳奈には後悔しかない。
だが、断った理由としてはこれ以上迷惑はかけたくないという気持ちと、一志がついて来ないなら安心という気持ちがあったから。
まさか一志がもう一台のタクシーで、佳奈の後を追ってきているとは思ってもいなかったのだった。
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