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10話 進み続ける時間
2 陽菜の優しさ
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「えっと……百倍可愛い?」
「ええ。元カノより百倍可愛い彼女。戀くんがそう言ったのよ?」
修羅場ではない。
元カノがひきつった表情をし、陽菜の言葉を復唱しているだけである。
断じて言うが、これは修羅ではない。
「ねえ」
”言ったわよね”という含みを持たせこちらに同意を求める陽菜。
確かに言いましたとも。そして聞こえてたのですね、と心の中で悶絶しながら曖昧に頷く戀。
先ほど見たメッセージの内容を思い出しつつ、隣の席を陽菜に勧めた。
どうにも心臓に悪い展開である。
『どういう関係かは、必ず聞かれると思うの。だから、わたしは戀くんの彼女ってことで』
一応理由は聞いた。
その方が手間が省けるということだったが、何か考えがあるに違いない。そう思った戀は快諾したのだが。
『それに、未練があると思われるのは嫌だと言っていたじゃない? 新しい彼女がいれば、そう思われることもないと思うの』
陽菜は正しいと思った。だが、こんな攻撃を仕掛けるとは。
「た、確かに可愛いわね」
陽菜とは反対側に腰かけている元カノは動揺しているようだ。
「ごめん。陽菜さ……いてっ……陽菜、ちょっと正直すぎると言うか天然なところもあるから」
陽菜さんと言おうとしてわき腹を抓られた。
『恋人同士を演じるんだから、呼び方は陽菜とか陽菜ちゃんとかにしてね』
痛さと共に事前にそう言われていたことを思い出す。
まったくフォローになっていないフォローをし、元カノに冷ややかな視線を向けられつつ事情を話すことに。
どういう状況で、何を助けて欲しいのか。
説明している間、彼女は黙って聞いていた。時々相槌を打ちながら。
だが反撃はその後にやってくる。
「事情は理解した。父に掛け合ってみるわね。とは言え、その人がうちの医院に来たと言う確証はないけれど」
「それはこちらも理解している」
特に問題のない返しをしたつもりだったが、元カノ視線は陽菜に移った。
「元恋人が協力するのは不快に思ったりしないかしら。大丈夫? ヤキモチとか……」
元カノの言葉に戀はぎょっとする。何を言い出すのかと。
すると陽菜は戀の腕に自分の腕を絡め、微笑んだ。
「大丈夫です。戀くん、元カノには全く未練ないって言っていたし、いつも大好きって言ってくれるから」
戀は二人のやり取りに赤くなったり青くなったりした。
穏やかに見えた二人の間に、確実に火花が散っている。しかも一方は演技なのだ。
「へ、へえ……」
そんなに情熱的な人だったかしらとでも言いたげに、こちらに視線を向ける元カノ。
「ま、まあ。人は変われば変わるものだから」
慌てて言葉を発するも、それは自分で言うべきことではないなと心の中でツッコミを入れた。
「よし。それじゃあ、結果はなるべく早く報告するわね」
暗に”戀の連絡先は知っている”と仄めかすように、誰に対してとは言わない彼女。戀はそこに言及することなく礼を述べる。仮に消去してしまっていたとしたら、珈琲店に連絡が来るだろうと思いながら。
人間とは不思議なものだと思う。
全くその気がなくても煽られたら張り合ってしまうものだから。
始終”自分の方が戀のことは分かっている”というスタンスだった元カノのことを思い出しながら、一つため息をつく。条件反射のようなその言動を勘違いしてしまう人は存在する。
まだ自分に気があるんじゃないかと。戀もそう思ってしまいそうになったが、陽菜が煽るせいだと理解し、なんとか勘違いせずに済んだ。
「ちょっと調子に乗り過ぎてしまったかしら」
元カノが帰ったのち、悪戯っ子のような笑みを浮かべる陽菜。
「ひやひやはしたけど、すっきりもした。ありがと」
”将来、良い女優になれるよ”と続けて。
「女優は志望してないわ」
なんだか嚙み合わない会話をしつつも幸せな気分になった戀は、ふふっと笑う。そんな戀を陽菜は優し気に見つめていたのだった。
「ええ。元カノより百倍可愛い彼女。戀くんがそう言ったのよ?」
修羅場ではない。
元カノがひきつった表情をし、陽菜の言葉を復唱しているだけである。
断じて言うが、これは修羅ではない。
「ねえ」
”言ったわよね”という含みを持たせこちらに同意を求める陽菜。
確かに言いましたとも。そして聞こえてたのですね、と心の中で悶絶しながら曖昧に頷く戀。
先ほど見たメッセージの内容を思い出しつつ、隣の席を陽菜に勧めた。
どうにも心臓に悪い展開である。
『どういう関係かは、必ず聞かれると思うの。だから、わたしは戀くんの彼女ってことで』
一応理由は聞いた。
その方が手間が省けるということだったが、何か考えがあるに違いない。そう思った戀は快諾したのだが。
『それに、未練があると思われるのは嫌だと言っていたじゃない? 新しい彼女がいれば、そう思われることもないと思うの』
陽菜は正しいと思った。だが、こんな攻撃を仕掛けるとは。
「た、確かに可愛いわね」
陽菜とは反対側に腰かけている元カノは動揺しているようだ。
「ごめん。陽菜さ……いてっ……陽菜、ちょっと正直すぎると言うか天然なところもあるから」
陽菜さんと言おうとしてわき腹を抓られた。
『恋人同士を演じるんだから、呼び方は陽菜とか陽菜ちゃんとかにしてね』
痛さと共に事前にそう言われていたことを思い出す。
まったくフォローになっていないフォローをし、元カノに冷ややかな視線を向けられつつ事情を話すことに。
どういう状況で、何を助けて欲しいのか。
説明している間、彼女は黙って聞いていた。時々相槌を打ちながら。
だが反撃はその後にやってくる。
「事情は理解した。父に掛け合ってみるわね。とは言え、その人がうちの医院に来たと言う確証はないけれど」
「それはこちらも理解している」
特に問題のない返しをしたつもりだったが、元カノ視線は陽菜に移った。
「元恋人が協力するのは不快に思ったりしないかしら。大丈夫? ヤキモチとか……」
元カノの言葉に戀はぎょっとする。何を言い出すのかと。
すると陽菜は戀の腕に自分の腕を絡め、微笑んだ。
「大丈夫です。戀くん、元カノには全く未練ないって言っていたし、いつも大好きって言ってくれるから」
戀は二人のやり取りに赤くなったり青くなったりした。
穏やかに見えた二人の間に、確実に火花が散っている。しかも一方は演技なのだ。
「へ、へえ……」
そんなに情熱的な人だったかしらとでも言いたげに、こちらに視線を向ける元カノ。
「ま、まあ。人は変われば変わるものだから」
慌てて言葉を発するも、それは自分で言うべきことではないなと心の中でツッコミを入れた。
「よし。それじゃあ、結果はなるべく早く報告するわね」
暗に”戀の連絡先は知っている”と仄めかすように、誰に対してとは言わない彼女。戀はそこに言及することなく礼を述べる。仮に消去してしまっていたとしたら、珈琲店に連絡が来るだろうと思いながら。
人間とは不思議なものだと思う。
全くその気がなくても煽られたら張り合ってしまうものだから。
始終”自分の方が戀のことは分かっている”というスタンスだった元カノのことを思い出しながら、一つため息をつく。条件反射のようなその言動を勘違いしてしまう人は存在する。
まだ自分に気があるんじゃないかと。戀もそう思ってしまいそうになったが、陽菜が煽るせいだと理解し、なんとか勘違いせずに済んだ。
「ちょっと調子に乗り過ぎてしまったかしら」
元カノが帰ったのち、悪戯っ子のような笑みを浮かべる陽菜。
「ひやひやはしたけど、すっきりもした。ありがと」
”将来、良い女優になれるよ”と続けて。
「女優は志望してないわ」
なんだか嚙み合わない会話をしつつも幸せな気分になった戀は、ふふっと笑う。そんな戀を陽菜は優し気に見つめていたのだった。
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