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10話 進み続ける時間
1 女神が微笑む時間(とき)
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いつかは乗り越えなければならない過去が目の前にある。
それがもし『未練』だと言うならば、どんなにか楽だろう。
”やり直そう”と相手に告げるだけで良い。
自分はまだ好きなのだと言うだけでいい。
無理だと言われたら、そこで終われる。今度こそ。
だが違うのだ。
自分にあるのは未練ではない。
恐らく自分だけが引きづっていることへの悔しさなのだろう。
別れた彼女は確実に前を向いて歩いている。少なくとも、自分のように過去に囚われているようには見えなかった。
きっと自分が我がままばかり言っていた自覚もないだろうし、こちらが何を思っていたのかも気づいていないと思われる。だからといって今更過去のことを蒸し返し、責めるのも違うだろう。
”君は自分が思うよりもずっと、自分勝手だよ”と言いたくとも。
好きではなく、嫌いだったのかもしれないとも思う。
それでも、それは言葉にすべきではない。
よく言えば正直者で素直。けれども他人の目に映る彼女は、思ったことをすぐ口にしてしまうデリカシーの無い人なのだと言ったらどんな顔をするだろうか。
自分の非を認められないわけではないが、すぐに背けたがる。
そんな人なのだ。
想っていることを口にすることが出来なかった自分と合うはずもなかった。それを改めて知っただけでも良かったではないか。これは嫌悪なのだと自分に言い聞かす。そうしなければならないほど、心の中は荒れていた。
仮に嫌いだったとしても、それを認めたくない自分がいる。
もし認めてしまったなら、自分の努力はなんだったのかと思ってしまうから。嫌いなヤツに好かれるための努力を、それこそ必死でしていたのかと思いたくはなった。そんな馬鹿馬鹿しいことは無いだろう。
叔母と雑誌の話で盛り上がる彼女を尻目に戀はスマホの画面に視線を移す。そこには自分にとって救いの女神がいた。
姫宮陽菜である。
いたって冷静に元カノが珈琲店に来たこととその経緯、今回の捜索に関して協力をしてくれると言うことを話した。
しかし彼女から来た初めの一言は『大丈夫?』だったのだ。
あの場所で事故などが起きた場合に向かうと推測される救急指定病院と元カノとの関係を話した時、陽菜から聞かれたことがある。
それは、相手からどのように思われるのが嫌か。
好んで関りたいと思わない相手から、不本意なことを思われるのは誰だっていやだろう。そういう時、人は関わりたくて関わっているわけではないという態度を取りがちだ。今回、協力してもらえるかは相手次第。心証を悪くするわけにはいかなかった。
『わたしもね、この件についてはできれば自分たちで何とかしたいけれど。全然知らない他人と知っているけど嫌なヤツだったら後者の方が協力して貰いやすいと思うのね』
『俺は嫌なヤツだと思われていること前提なんだ』
陽菜の言葉に思わず吹き出す戀。
『だって別れるわけだから、少なくとも良い奴ではなく嫌なヤツだと思っていると思うんだけどな。え、もしかして良いヤツって思いながら別れるタイプなの? 戀くんは』
『自分で言うのもなんだけど、そんな奇怪なヤツではないと思う』
すると”そうでしょう?”と手の平を合わせ笑う彼女。
恐らくその同意は”戀は奇怪なヤツではない”という部分にではないだろう。
窓際で向かい合って。
窓から差し込む暖かな光はまるで春の穏やかさに似ていた。
『何、いつまでも笑っているのよ』
『陽菜さんは面白いなと思って』
『そう? それは何より』
”それでね”と話を続ける陽菜を優しい気持ちで眺める。
彼女に出逢ってから、確実に自分は変わったと思う。
あの日のことを思い出しながら、陽菜とのメッセージやり取りに視線を落として固まる。
確か自分はあの時、『未練があると思われるのは嫌だね』と答えたはず。
「いや……ちょ、え?」
新たに送られてきたメッセージに衝撃を受け、戀はそれを三度見したのだった。
それがもし『未練』だと言うならば、どんなにか楽だろう。
”やり直そう”と相手に告げるだけで良い。
自分はまだ好きなのだと言うだけでいい。
無理だと言われたら、そこで終われる。今度こそ。
だが違うのだ。
自分にあるのは未練ではない。
恐らく自分だけが引きづっていることへの悔しさなのだろう。
別れた彼女は確実に前を向いて歩いている。少なくとも、自分のように過去に囚われているようには見えなかった。
きっと自分が我がままばかり言っていた自覚もないだろうし、こちらが何を思っていたのかも気づいていないと思われる。だからといって今更過去のことを蒸し返し、責めるのも違うだろう。
”君は自分が思うよりもずっと、自分勝手だよ”と言いたくとも。
好きではなく、嫌いだったのかもしれないとも思う。
それでも、それは言葉にすべきではない。
よく言えば正直者で素直。けれども他人の目に映る彼女は、思ったことをすぐ口にしてしまうデリカシーの無い人なのだと言ったらどんな顔をするだろうか。
自分の非を認められないわけではないが、すぐに背けたがる。
そんな人なのだ。
想っていることを口にすることが出来なかった自分と合うはずもなかった。それを改めて知っただけでも良かったではないか。これは嫌悪なのだと自分に言い聞かす。そうしなければならないほど、心の中は荒れていた。
仮に嫌いだったとしても、それを認めたくない自分がいる。
もし認めてしまったなら、自分の努力はなんだったのかと思ってしまうから。嫌いなヤツに好かれるための努力を、それこそ必死でしていたのかと思いたくはなった。そんな馬鹿馬鹿しいことは無いだろう。
叔母と雑誌の話で盛り上がる彼女を尻目に戀はスマホの画面に視線を移す。そこには自分にとって救いの女神がいた。
姫宮陽菜である。
いたって冷静に元カノが珈琲店に来たこととその経緯、今回の捜索に関して協力をしてくれると言うことを話した。
しかし彼女から来た初めの一言は『大丈夫?』だったのだ。
あの場所で事故などが起きた場合に向かうと推測される救急指定病院と元カノとの関係を話した時、陽菜から聞かれたことがある。
それは、相手からどのように思われるのが嫌か。
好んで関りたいと思わない相手から、不本意なことを思われるのは誰だっていやだろう。そういう時、人は関わりたくて関わっているわけではないという態度を取りがちだ。今回、協力してもらえるかは相手次第。心証を悪くするわけにはいかなかった。
『わたしもね、この件についてはできれば自分たちで何とかしたいけれど。全然知らない他人と知っているけど嫌なヤツだったら後者の方が協力して貰いやすいと思うのね』
『俺は嫌なヤツだと思われていること前提なんだ』
陽菜の言葉に思わず吹き出す戀。
『だって別れるわけだから、少なくとも良い奴ではなく嫌なヤツだと思っていると思うんだけどな。え、もしかして良いヤツって思いながら別れるタイプなの? 戀くんは』
『自分で言うのもなんだけど、そんな奇怪なヤツではないと思う』
すると”そうでしょう?”と手の平を合わせ笑う彼女。
恐らくその同意は”戀は奇怪なヤツではない”という部分にではないだろう。
窓際で向かい合って。
窓から差し込む暖かな光はまるで春の穏やかさに似ていた。
『何、いつまでも笑っているのよ』
『陽菜さんは面白いなと思って』
『そう? それは何より』
”それでね”と話を続ける陽菜を優しい気持ちで眺める。
彼女に出逢ってから、確実に自分は変わったと思う。
あの日のことを思い出しながら、陽菜とのメッセージやり取りに視線を落として固まる。
確か自分はあの時、『未練があると思われるのは嫌だね』と答えたはず。
「いや……ちょ、え?」
新たに送られてきたメッセージに衝撃を受け、戀はそれを三度見したのだった。
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