上 下
37 / 72
7話 協力者たち

1 陽菜の父と兄

しおりを挟む
 痛々しそうに見える両頬。彼は妻から往復ビンタを受けたという。
 それというのも、陽菜はるなの話を聞こうとしなかった為。父に話を聞いて貰おうと必死な陽菜を2日間無視したところ、とうとう妻が見かねて手を出したようだ。
 彼は濡れ手で腫れるほど顔を叩かれたらしい。
 それは家庭内暴力ではないのかとれんは青ざめたが、本人曰く自業自得だから仕方ないとのこと。
 当の陽菜は家を出て行ってしまったようだ。

 事情を理解したので戻ってくるように言ったが、戀に謝るまで許さないと言うのが彼女の出した条件。どうして二人が行動を共にしていたのかは、陽菜から事情を説明された妻から又聞きしたと言う。
 一応事情は理解したようで、戀は彼から謝罪と御礼の言葉を受けた。
 そんな彼からのSOSの内容は実に簡単。陽菜を一緒に迎えに行って欲しいとのことだった。
 快諾した戀にホッとした表情を見せた彼。
 そんな彼を見ながら戀は思う。これはチャンスなのではないかと。

「息子さんが和菓子職人からフリーライターになった理由って、ご存じですか?」
 正直、この質問には嫌な顔をされるかもしれないとは思った。話を聞いている限りでは、ライターになることに陽菜の父は賛成してはいないと思うから。
「そんなことか」
 陽菜の父は呟くように言って苦笑いをした。
「その質問に答える前に、聞いておきたいことがあるんだが。君は息子がまだ生きていると思うかい?」
 ”息子が失踪して2年も経つんだよ”と続けて。
 その質問はきっと陽菜の兄がライターになろうとした理由に関係しているのだろう。

「現時点ではわかりません。でも、生きていると信じたいです」
 戀は真っ直ぐに本心を告げることが誠意だと思った。
「そっか。君も息子と一緒だね」
「一緒……?」
「ああ」
 小さく微笑み、彼は続けた。世の中には二つの人間がいると。
「私は諦めてしまった人間で、君たちは諦めない人間なんだよ」

 そもそものきっかけはインボイス導入の話だったらしい。
 決められたことは変わらない。消費税だってそう。導入されたら上がるばかり。政治は国民のためのものであるはずなのに、政治家は自分の利権しか考えていない。
 目先のことばかりで、苦しんでいる国民に目を向けようとせず破滅に向かっているのがこの国。悪路を辿るこの国に諦めを抱いている人は多くいる。彼もまたそのうちの一人。
 若者は夢を持てず、若年層の自ら命を絶つ人数が年々増え続ける国。しかし彼の息子は違った。

『父さん、諦めたらダメなんだよ。反対もしないで受け入れるのと、反対しながらも仕方なく法律に従うのは意味が違う。国民が諦めてしまったら、絶対に変わらない。だから諦めたらダメなんだ』

 自分が生まれてから衰退の一途を辿るこの国に。
 政治家に何が期待できるというのか。
 そのようにして言い合いになったことも多かった。

『だったら、俺が悪事を暴いてやる。一人の力は小さいよ。声だって届かないかもしれない。でも、努力しないで諦めるのは違うよ、父さん』
 今に見てろと言って彼の息子は家を出たのだ。

「息子は真っ直ぐで、正義感が強かった。家族思いでな」
 陽菜の父の声は震えている。ハンドルを握る彼に視線を向ければ、はらはら涙を零していた。
「私はそんなことよりも、良い人を見つけて幸せになって欲しかった。危ないことに頭を突っ込んで欲しくなかった」
 赤信号でブレーキを踏んだ彼は、戀からティッシュを受け取り涙を拭う。
「今の日本で生きるのは大変だよ。けれども毎日ニュースを見ていると、大変なのは日本だけじゃないようだがね」

 日本に比べ海外はいささか他力本願な気はしている。だがそれは諦めていないからなのかもしれないし、どうにかできなければ政権交代という政治家への抑圧になっているのかもしれなかった。
「信じましょうよ、息子さんが生きていること。お父さんが信じなければ、息子さんが可哀そうじゃないですか」
 すれ違ったまま終わってしまっては切ないと戀は思う。
 息子の幸せを願った父の気持ちはぜひとも伝わって欲しい。
「ああ、そうだね」
 先ほどとは違う、柔らかい声音。戀の言葉に肯定の意を示すと、彼は再びアクセルを踏んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

春の残骸

葛原そしお
ミステリー
 赤星杏奈。彼女と出会ったのは、私──西塚小夜子──が中学生の時だった。彼女は学年一の秀才、優等生で、誰よりも美しかった。最後に彼女を見たのは十年前、高校一年生の時。それ以来、彼女と会うことはなく、彼女のことを思い出すこともなくなっていった。  しかし偶然地元に帰省した際、彼女の近況を知ることとなる。精神を病み、実家に引きこもっているとのこと。そこで私は見る影もなくなった現在の彼女と再会し、悲惨な状況に身を置く彼女を引き取ることに決める。  共同生活を始めて一ヶ月、落ち着いてきたころ、私は奇妙な夢を見た。それは過去の、中学二年の始業式の夢で、当時の彼女が現れた。私は思わず彼女に告白してしまった。それはただの夢だと思っていたが、本来知らないはずの彼女のアドレスや、身に覚えのない記憶が私の中にあった。  あの夢は私が忘れていた記憶なのか。あるいは夢の中の行動が過去を変え、現実を改変するのか。そしてなぜこんな夢を見るのか、現象が起きたのか。そしてこの現象に、私の死が関わっているらしい。  私はその謎を解くことに興味はない。ただ彼女を、杏奈を救うために、この現象を利用することに決めた。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

美少女幼馴染が火照って喘いでいる

サドラ
恋愛
高校生の主人公。ある日、風でも引いてそうな幼馴染の姿を見るがその後、彼女の家から変な喘ぎ声が聞こえてくるー

R18【同性恋愛】リーマン物語if7『look at me』

crazy’s7@体調不良不定期更新中
BL
【あらすじ】   株原本社の営業部に勤める【黒岩 櫂】は人生で初めての恋をしていた。そのお相手は同僚の【唯野 修二】。ある飲み会の日、我知らず会長の策略を阻止したことをきっかけに、唯野と仲が良くなっていく。  とは言え、黒岩は以前は『誘われたら誰とでも寝る』ような倫理道徳観の崩壊した男だった。もちろん唯野の周知も事実。  一方唯野はある噂を聞いてから黒岩のことが気になり始め……。 *通常ルートの場合、唯野は入社一年目にてある人物に嵌められ婚姻を決意するがそれを回避した場合のifルート。

日常探偵団

髙橋朔也
ミステリー
 八坂中学校に伝わる七不思議。その七番目を解決したことをきっかけに、七不思議全ての解明に躍動することになった文芸部の三人。人体爆発や事故が多発、ポルターガイスト現象が起こったり、唐突に窓が割れ、プールの水がどこからか漏れる。そんな七不思議の発生する要因には八坂中学校の秘密が隠されていた。文芸部部員の新島真は嫌々ながらも、日々解決を手伝う。そんな彼の出自には、驚愕の理由があった。  ※本作の続編も連載中です。  一話一話は短く(2000字程度。多くて3000字)、読みやすくなっています。  ※この作品は小説家になろう、エブリスタでも掲載しています。

総務の黒川さんは袖をまくらない

八木山
ミステリー
僕は、総務の黒川さんが好きだ。 話も合うし、お酒の趣味も合う。 彼女のことを、もっと知りたい。 ・・・どうして、いつも長袖なんだ? ・僕(北野) 昏寧堂出版の中途社員。 経営企画室のサブリーダー。 30代、うかうかしていられないなと思っている ・黒川さん 昏寧堂出版の中途社員。 総務部のアイドル。 ギリギリ20代だが、思うところはある。 ・水樹 昏寧堂出版のプロパー社員。 社内をちょこまか動き回っており、何をするのが仕事なのかわからない。 僕と同い年だが、女性社員の熱い視線を集めている。 ・プロの人 その道のプロの人。 どこからともなく現れる有識者。 弊社のセキュリティはどうなってるんだ?

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

甘い失恋

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
私は今日、2年間務めた派遣先の会社の契約を終えた。 重い荷物を抱えエレベーターを待っていたら、上司の梅原課長が持ってくれた。 ふたりっきりのエレベター、彼の後ろ姿を見ながらふと思う。 ああ、私は――。

処理中です...