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6話 亀裂と修正
6 思わぬ来訪者
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「あの。一つ質問があるのですが」
「なんだい」
現在、戀は陽菜の父と、ある場所へ向かっていた。
彼の両頬に貼られたシップが痛々しい。
そもそも何故、こんな状況になっているのか。話は数十分ほど遡る。
客を出迎えに席を立った叔母。
戀はスマホをぼんやりと眺めながら、彼女に言われたことを反芻《はんすう》していた。
不確定を確定に。それは一体どんなことなのだろうか。
「アールグレイって、なんだか香水みたいな香りがするよなあ」
ぽつりと呟いて、ティーカップを口元に運ぶ。
先ほどから入り口が騒がしいが、どうせまた叔母への求愛者だろうと思い戀は振り返らなかった。
恐らく叔母が言おうとしていたのは『違和感で済ませずに、きちんと調べて不確定を確定にしろ』と言うことなのだろう。
”そんなことを言われてもな”と思いながら、ティーカップの中の液体を見つめる。ここは珈琲店でありながら戀は紅茶ばかり飲んでいた。それは珈琲が嫌いだったからではなく、胃が弱いからである。
確かに理由が分からなければ”珈琲店で紅茶飲むこと”には違和感しかないよなと戀は思う。しかもそれが常連客だったなら?
「お兄さんが連絡しない理由か……いや、もしかしたら出来ない理由なのかな」
わかりそうでわからない、その理由。
一歩真実に近づいて離れたような気がした。
「にしても騒がしいな」
叔母は美人である。彼女目当てで来る客は多い。
だからこそ駅から遠いこの場所でもそこそこ常連客がいて、赤字にはならずに済んでいるのだ。
以前、彼女が生涯結婚する気はないと言っていたことを思い出す。理想が高いのか、以前つき合っていた相手のせいなのか定かではない。人の気持ちは変わるものだから、その気持ちがいつ変わるか分からないが。
少なくとも現在『意中の相手』がいないことだけは確かだ。そんな彼女は、おつき合いを断るのも上手い。それを間近で見てきた戀は眉を寄せる。
余程シツコイ相手なのだろうか。叔母とて、か弱き女性。
ここは甥として助け舟を出さねばなるまいと椅子から立ち上がり、振り返った時だった。
「戀、来ちゃダメ!」
「え」
もしや強盗なのか。戀は思わず身構える。
手近に武器になるものはないかと素早く見回し、椅子くらいしかないことに落胆した。カウンター席の椅子は重い。そして回転する。どう考えても武器に向きそうではない。
カウンターの向こう側にレモンが見えた。投げつければ怯むだろうかとレモンを手にしたところで再び声がする。
「高坂くん!」
どうやら呼ばれているようである。
まさか知り合いが強盗に? このご時世だ、何があっても不思議ではないだろう。しかし近くにデパートがあるのだ。強盗に入るならそちらの方が儲かるに違いない。
なんでこんなところを狙うんだと思いつつ、カウンターに置きっぱなしのスマホが目に入る。レモンをぶつけてから110番すればいけるだろうと回らない頭を回転させ、振り返ったら状況は全く違っていた。
「ちょっと、わたしの可愛い甥っ子に何する気なの! 待ちなさいってば」
”目的はレジの金ではなく、俺の命か”と思ったところで相手が急に膝をつく。顔を確認する前に相手が膝を折った為、余計に何が何だか分からなかった。
「すまなかった!」
これは土下座というヤツなのだろうか。
こんなのドラマや漫画でしか見たことがないと戸惑う戀。叔母は彼の後ろで仁王立ちになっていた。声には聞き覚えはあるものの、急展開についていけない。このレモンはどうすればいいんだと思いながら、戀はしゃがみ込んだ。
「何がどうしたのか分からないのですが、とにかく顔を上げていただけます?」
レモンを両手に掴んでしゃがみ込むという何とも間抜けな自分。
土下座をしていた相手が顔を上げ、戀は息を呑む。
「陽菜さんのお父さん? どうしてここへ」
「頼む、助けて欲しい」
彼は顔を上げたため正座する形になった。彼の手がレモンを掴んだ戀の手を握り込む。戀は何が一体どうなっているんだと、首を傾げたのだった。
「なんだい」
現在、戀は陽菜の父と、ある場所へ向かっていた。
彼の両頬に貼られたシップが痛々しい。
そもそも何故、こんな状況になっているのか。話は数十分ほど遡る。
客を出迎えに席を立った叔母。
戀はスマホをぼんやりと眺めながら、彼女に言われたことを反芻《はんすう》していた。
不確定を確定に。それは一体どんなことなのだろうか。
「アールグレイって、なんだか香水みたいな香りがするよなあ」
ぽつりと呟いて、ティーカップを口元に運ぶ。
先ほどから入り口が騒がしいが、どうせまた叔母への求愛者だろうと思い戀は振り返らなかった。
恐らく叔母が言おうとしていたのは『違和感で済ませずに、きちんと調べて不確定を確定にしろ』と言うことなのだろう。
”そんなことを言われてもな”と思いながら、ティーカップの中の液体を見つめる。ここは珈琲店でありながら戀は紅茶ばかり飲んでいた。それは珈琲が嫌いだったからではなく、胃が弱いからである。
確かに理由が分からなければ”珈琲店で紅茶飲むこと”には違和感しかないよなと戀は思う。しかもそれが常連客だったなら?
「お兄さんが連絡しない理由か……いや、もしかしたら出来ない理由なのかな」
わかりそうでわからない、その理由。
一歩真実に近づいて離れたような気がした。
「にしても騒がしいな」
叔母は美人である。彼女目当てで来る客は多い。
だからこそ駅から遠いこの場所でもそこそこ常連客がいて、赤字にはならずに済んでいるのだ。
以前、彼女が生涯結婚する気はないと言っていたことを思い出す。理想が高いのか、以前つき合っていた相手のせいなのか定かではない。人の気持ちは変わるものだから、その気持ちがいつ変わるか分からないが。
少なくとも現在『意中の相手』がいないことだけは確かだ。そんな彼女は、おつき合いを断るのも上手い。それを間近で見てきた戀は眉を寄せる。
余程シツコイ相手なのだろうか。叔母とて、か弱き女性。
ここは甥として助け舟を出さねばなるまいと椅子から立ち上がり、振り返った時だった。
「戀、来ちゃダメ!」
「え」
もしや強盗なのか。戀は思わず身構える。
手近に武器になるものはないかと素早く見回し、椅子くらいしかないことに落胆した。カウンター席の椅子は重い。そして回転する。どう考えても武器に向きそうではない。
カウンターの向こう側にレモンが見えた。投げつければ怯むだろうかとレモンを手にしたところで再び声がする。
「高坂くん!」
どうやら呼ばれているようである。
まさか知り合いが強盗に? このご時世だ、何があっても不思議ではないだろう。しかし近くにデパートがあるのだ。強盗に入るならそちらの方が儲かるに違いない。
なんでこんなところを狙うんだと思いつつ、カウンターに置きっぱなしのスマホが目に入る。レモンをぶつけてから110番すればいけるだろうと回らない頭を回転させ、振り返ったら状況は全く違っていた。
「ちょっと、わたしの可愛い甥っ子に何する気なの! 待ちなさいってば」
”目的はレジの金ではなく、俺の命か”と思ったところで相手が急に膝をつく。顔を確認する前に相手が膝を折った為、余計に何が何だか分からなかった。
「すまなかった!」
これは土下座というヤツなのだろうか。
こんなのドラマや漫画でしか見たことがないと戸惑う戀。叔母は彼の後ろで仁王立ちになっていた。声には聞き覚えはあるものの、急展開についていけない。このレモンはどうすればいいんだと思いながら、戀はしゃがみ込んだ。
「何がどうしたのか分からないのですが、とにかく顔を上げていただけます?」
レモンを両手に掴んでしゃがみ込むという何とも間抜けな自分。
土下座をしていた相手が顔を上げ、戀は息を呑む。
「陽菜さんのお父さん? どうしてここへ」
「頼む、助けて欲しい」
彼は顔を上げたため正座する形になった。彼の手がレモンを掴んだ戀の手を握り込む。戀は何が一体どうなっているんだと、首を傾げたのだった。
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