31 / 72
6話 亀裂と修正
1 陽菜のいない時間
しおりを挟む
「あら、一人なの?」
カランコロンと子気味良い音を響かせて扉が開く。おおよその到着時間を告げていたからなのか叔母が出迎えてくれた。こんな日は一人きりになりたくなくて、あの後いつもの珈琲店へ向かったのである。
「陽菜《はるな》ちゃんは?」
「帰ったよ」
「そうなの」
彼女の脇をすり抜けてカウンター席に腰かければ、叔母がため息をついた。呆れているのだろうか。それとも時間外に来たことが迷惑だったのだろうか。
「ビーフシチューでいい? 余り物だけど」
「うん、ありがたい」
珈琲店の営業時間は21時まで。現在の時刻は21時半を超えていた。
戀《れん》が営業時間外に来るのは日常茶飯事。一人暮らしで自炊が出来ないわけではないが、こうなったのは2年前のあることがきっかけ。
あの頃の戀はとても塞いでいた。それを見かねた叔母が夕飯をここで取るように言ったのが始まりである。
「最近は楽しそうだったのに、何かあった?」
彼女はビーフシチューの皿とサラダを戀の前に置きながら。
「俺、楽しそう……だった?」
「あら、無自覚なの。少なくともつまらなそうではなかったわ」
「そっか」
いただきますと手を合わせ、スプーンを手に取る。
叔母は明日の仕込みも兼ねて23時頃までは珈琲店に残っていた。優しい音楽が静かに店内に流れている。
「陽菜ちゃんと何かあったの?」
「いや」
「それじゃあ……もしかして」
最悪の事態を想像したのだろう、口元に手をあて言葉を濁した叔母。戀は小さく首を左右に振る。
「生存はまだ不明。捜索状況は決して良好とは言い難いけれどね」
「ならどうしてそんなに浮かない顔をしているのよ」
どう答えようか迷う。あったことをありのままに話すことが一番良いのだろう。
正直、今回のことは誰が悪いわけでもない。陽菜が女性で、自分は男だということを忘れていたのだ。
自分たちがどんなに純粋に陽菜の兄を探していたとしても。男女である限り、周りからそう思ってもらえる可能性は低い。いや、そう思ってくれるのは事情を知っている人のみだろう。
今日まで何も言われなかったのは、最初の土日は割と早い時間に解散していたから。今回心配して彼女の父がやってきたのは、連日帰宅時間が遅かったからであろう。
今は、初めに彼女に父に会い、事情を話すべきだったと思っている。
「怒らないで聞いて欲しいんだけど」
戀が前置きをするのは、どんなに自分が反省していようが叔母は無条件でこちらの味方をすることが分かっていたから。
「内容によるわ」
「そうなるよね」
戀はどのうちバレるだろうと思い、気が進まないままにコンビニの駐車場で起きたことを彼女に話した。
「なにそれ。頭ごなしにそんなこと言うなんて、ひど過ぎるわ」
案の定というべきか、叔母は腹を立てている。
「だから、誰も悪くないんだって。ちょっと行き違いがあっただけで」
「わたしが言ってやるわよ!」
「いいから。ここは陽菜さんに任せようよ」
先ほどここに来る前に届いたメッセージには、自分の方からちゃんと話すから待っていて欲しいというような内容に謝罪の言葉が添えられていた。
ちゃんと確認をしなかった自分にも落ち度はある。陽菜が兄を探しているために帰宅が遅くなっていることを家族に話しているのか、ということを。
社会人としてするべきことを怠った結果なのだ。
明日は一人であのコンビニに聞き込みに行かねばならないと思うと気が重い。積極的に捜索に参加してはいたものの、それは陽菜がいたからだということに今更気づく。陽菜のためということもあるだろうが、一緒にいること自体が心強さに繋がっていたということである。
「ねえ、戀」
「うん?」
「陽菜ちゃんのこと、好き?」
彼女がどんな意図でそんなことを聞くのか判り兼ねた戀は瞳を揺らす。何故そんなに動揺してしまったのか自分でも分からない。彼女が反対するとでも思ったのだろうか。なかなか答えない戀をじっと見つめる二つの目。
「うん、好きだよ」
圧を感じたわけではないが、戀は素直に自分の気持ちを口にしたのだった。
カランコロンと子気味良い音を響かせて扉が開く。おおよその到着時間を告げていたからなのか叔母が出迎えてくれた。こんな日は一人きりになりたくなくて、あの後いつもの珈琲店へ向かったのである。
「陽菜《はるな》ちゃんは?」
「帰ったよ」
「そうなの」
彼女の脇をすり抜けてカウンター席に腰かければ、叔母がため息をついた。呆れているのだろうか。それとも時間外に来たことが迷惑だったのだろうか。
「ビーフシチューでいい? 余り物だけど」
「うん、ありがたい」
珈琲店の営業時間は21時まで。現在の時刻は21時半を超えていた。
戀《れん》が営業時間外に来るのは日常茶飯事。一人暮らしで自炊が出来ないわけではないが、こうなったのは2年前のあることがきっかけ。
あの頃の戀はとても塞いでいた。それを見かねた叔母が夕飯をここで取るように言ったのが始まりである。
「最近は楽しそうだったのに、何かあった?」
彼女はビーフシチューの皿とサラダを戀の前に置きながら。
「俺、楽しそう……だった?」
「あら、無自覚なの。少なくともつまらなそうではなかったわ」
「そっか」
いただきますと手を合わせ、スプーンを手に取る。
叔母は明日の仕込みも兼ねて23時頃までは珈琲店に残っていた。優しい音楽が静かに店内に流れている。
「陽菜ちゃんと何かあったの?」
「いや」
「それじゃあ……もしかして」
最悪の事態を想像したのだろう、口元に手をあて言葉を濁した叔母。戀は小さく首を左右に振る。
「生存はまだ不明。捜索状況は決して良好とは言い難いけれどね」
「ならどうしてそんなに浮かない顔をしているのよ」
どう答えようか迷う。あったことをありのままに話すことが一番良いのだろう。
正直、今回のことは誰が悪いわけでもない。陽菜が女性で、自分は男だということを忘れていたのだ。
自分たちがどんなに純粋に陽菜の兄を探していたとしても。男女である限り、周りからそう思ってもらえる可能性は低い。いや、そう思ってくれるのは事情を知っている人のみだろう。
今日まで何も言われなかったのは、最初の土日は割と早い時間に解散していたから。今回心配して彼女の父がやってきたのは、連日帰宅時間が遅かったからであろう。
今は、初めに彼女に父に会い、事情を話すべきだったと思っている。
「怒らないで聞いて欲しいんだけど」
戀が前置きをするのは、どんなに自分が反省していようが叔母は無条件でこちらの味方をすることが分かっていたから。
「内容によるわ」
「そうなるよね」
戀はどのうちバレるだろうと思い、気が進まないままにコンビニの駐車場で起きたことを彼女に話した。
「なにそれ。頭ごなしにそんなこと言うなんて、ひど過ぎるわ」
案の定というべきか、叔母は腹を立てている。
「だから、誰も悪くないんだって。ちょっと行き違いがあっただけで」
「わたしが言ってやるわよ!」
「いいから。ここは陽菜さんに任せようよ」
先ほどここに来る前に届いたメッセージには、自分の方からちゃんと話すから待っていて欲しいというような内容に謝罪の言葉が添えられていた。
ちゃんと確認をしなかった自分にも落ち度はある。陽菜が兄を探しているために帰宅が遅くなっていることを家族に話しているのか、ということを。
社会人としてするべきことを怠った結果なのだ。
明日は一人であのコンビニに聞き込みに行かねばならないと思うと気が重い。積極的に捜索に参加してはいたものの、それは陽菜がいたからだということに今更気づく。陽菜のためということもあるだろうが、一緒にいること自体が心強さに繋がっていたということである。
「ねえ、戀」
「うん?」
「陽菜ちゃんのこと、好き?」
彼女がどんな意図でそんなことを聞くのか判り兼ねた戀は瞳を揺らす。何故そんなに動揺してしまったのか自分でも分からない。彼女が反対するとでも思ったのだろうか。なかなか答えない戀をじっと見つめる二つの目。
「うん、好きだよ」
圧を感じたわけではないが、戀は素直に自分の気持ちを口にしたのだった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
3
1 / 4
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる