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2章──変化していく関係
6 春の足音
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****♡Side・奏斗
「あら、奏斗も気になるの? 素敵よね、地下のbar」
花穂は奏斗の目の前に置かれたタブレットを覗き込んで。
「ん。お洒落だよな」
「そうね。でも、残念ながらわたしたちはまだ行けないわ」
クスクスと笑う彼女。
花穂が明るく振舞うのは、先ほどのことを思い出させないようにしているからだと思う。家に直行しなかったのも、一人で考えさせないため。
何故急に和馬が自分にあんなことをしたのかわからない。
──いや……花穂との仲を疑って?
だとしても、何か変だ。
旅館での一件を思い出す。岸倉にそそのかされて自分がしたことは、彼を傷つけるだけのことだったのだと思っている。だから和馬には”したい”とは言ったものの行動に出すことはできなかった。
嫌ではないと言われていたけれど、これは自分の問題。
ホントにそれでいのだろうか? と思い始めていた。そこにあんなことをされたのだ。和馬はあの時、恐怖に駆られていたのではないかと思った。
それは自分が体感したから感じたことでもある。少なくとも自分には恐怖しかなかった。
──男の持つ性欲も力も怖いと思った。
正直、これ以上和馬とどうにかなりたいとは思わない。
完全にトラウマになってしまっている自分。
この気持ちを花穂に話したなら、何と言うだろうか?
「ねえ、花穂」
「うん?」
タブレットを覗き込んでいた彼女は置かれているワインの銘柄を目で追っていたようだ。
「いつかまた、連れてきてくれる?」
「え?」
それはbarへの話だ。顔を上げた彼女は酷く驚いた顔をした。
それもそのはず。
自分たちは期間限定のお付き合いをしている状況。高等部卒業までの約束だ。そのいつかは二十歳以上を指している。
だからこれは『叶うことのない約束』なのだ。
来るはずのない”いつか”。彼女はそれをどう受け止めたのだろう?
「ええ、良いわよ」
花穂はにっこり笑って。
果たされることのない約束。
そのことを理解しながらどうして彼女は『いい』と言ったのだろう。
花穂の指先が奏斗の髪に触れる。彼女は奏斗の髪をいじるのが好きだった。
彼女のことを知るたびに、イメージとは違うことに気づく。思ったよりも一緒にいるのが楽な相手。
束縛することもなく、干渉することもなく。深く関わろうともしない。
そしてこの関係はまもなく終わりを告げるだろう。
「泊っていってもいい? 一般庶民が易々と来られる場所じゃないしさ」
極めてナチュラルな理由を作ってそう問うと、
「もちろんよ」
と彼女は笑う。
たった一つしか違わないのに落ち着いていてサバサバした花穂はやはり同学年の女の子たちとは違うと感じる。
「じゃあ必要なもの、コンビニで買ってこようかな」
と奏斗が言うと、
「必要なものって……」
とタブレットを奏斗の方に押しやった。
「フロントに頼めば大抵のものはそろうわよ」
言って彼女は席を立つ。
「まあ、何が必要かはわかるけれど。恥ずかしいだろうし、わたしは先にお風呂に行くわね」
「え? うん」
奏斗は花穂がバッグからポーチを取り出し浴室に向かうのを見送った。
さりげない気遣い。きっと女性も同じ気遣いを求めるだろう。
「やることやってるんですけどね」
奏斗は頬杖を付くとタブレットに視線を落とす。
室内に一通りのものはそろっている。必要なのは替えの下着くらいなものだろう。
この日、花穂と一夜を共にした奏斗は余計なことを考えずに済んだ。
だが和馬とのことは解決することはなく、そのことには触れないという形でどうにか残りの高校生活を過ごしたのである。
そんな奏斗が岸倉と和馬が正式に一緒に暮らすことになったのを聞いたのは卒業間近のことだった。
「そっか。良かったな」
岸倉は高校教師。これからは、なかなか会えなくなるだろう。
だからそれはとてもいいことだと思えた。
「奏斗はどうするの?」
「どうしようかな……」
和馬に問われ、空を仰ぐ奏斗。
「あら、奏斗も気になるの? 素敵よね、地下のbar」
花穂は奏斗の目の前に置かれたタブレットを覗き込んで。
「ん。お洒落だよな」
「そうね。でも、残念ながらわたしたちはまだ行けないわ」
クスクスと笑う彼女。
花穂が明るく振舞うのは、先ほどのことを思い出させないようにしているからだと思う。家に直行しなかったのも、一人で考えさせないため。
何故急に和馬が自分にあんなことをしたのかわからない。
──いや……花穂との仲を疑って?
だとしても、何か変だ。
旅館での一件を思い出す。岸倉にそそのかされて自分がしたことは、彼を傷つけるだけのことだったのだと思っている。だから和馬には”したい”とは言ったものの行動に出すことはできなかった。
嫌ではないと言われていたけれど、これは自分の問題。
ホントにそれでいのだろうか? と思い始めていた。そこにあんなことをされたのだ。和馬はあの時、恐怖に駆られていたのではないかと思った。
それは自分が体感したから感じたことでもある。少なくとも自分には恐怖しかなかった。
──男の持つ性欲も力も怖いと思った。
正直、これ以上和馬とどうにかなりたいとは思わない。
完全にトラウマになってしまっている自分。
この気持ちを花穂に話したなら、何と言うだろうか?
「ねえ、花穂」
「うん?」
タブレットを覗き込んでいた彼女は置かれているワインの銘柄を目で追っていたようだ。
「いつかまた、連れてきてくれる?」
「え?」
それはbarへの話だ。顔を上げた彼女は酷く驚いた顔をした。
それもそのはず。
自分たちは期間限定のお付き合いをしている状況。高等部卒業までの約束だ。そのいつかは二十歳以上を指している。
だからこれは『叶うことのない約束』なのだ。
来るはずのない”いつか”。彼女はそれをどう受け止めたのだろう?
「ええ、良いわよ」
花穂はにっこり笑って。
果たされることのない約束。
そのことを理解しながらどうして彼女は『いい』と言ったのだろう。
花穂の指先が奏斗の髪に触れる。彼女は奏斗の髪をいじるのが好きだった。
彼女のことを知るたびに、イメージとは違うことに気づく。思ったよりも一緒にいるのが楽な相手。
束縛することもなく、干渉することもなく。深く関わろうともしない。
そしてこの関係はまもなく終わりを告げるだろう。
「泊っていってもいい? 一般庶民が易々と来られる場所じゃないしさ」
極めてナチュラルな理由を作ってそう問うと、
「もちろんよ」
と彼女は笑う。
たった一つしか違わないのに落ち着いていてサバサバした花穂はやはり同学年の女の子たちとは違うと感じる。
「じゃあ必要なもの、コンビニで買ってこようかな」
と奏斗が言うと、
「必要なものって……」
とタブレットを奏斗の方に押しやった。
「フロントに頼めば大抵のものはそろうわよ」
言って彼女は席を立つ。
「まあ、何が必要かはわかるけれど。恥ずかしいだろうし、わたしは先にお風呂に行くわね」
「え? うん」
奏斗は花穂がバッグからポーチを取り出し浴室に向かうのを見送った。
さりげない気遣い。きっと女性も同じ気遣いを求めるだろう。
「やることやってるんですけどね」
奏斗は頬杖を付くとタブレットに視線を落とす。
室内に一通りのものはそろっている。必要なのは替えの下着くらいなものだろう。
この日、花穂と一夜を共にした奏斗は余計なことを考えずに済んだ。
だが和馬とのことは解決することはなく、そのことには触れないという形でどうにか残りの高校生活を過ごしたのである。
そんな奏斗が岸倉と和馬が正式に一緒に暮らすことになったのを聞いたのは卒業間近のことだった。
「そっか。良かったな」
岸倉は高校教師。これからは、なかなか会えなくなるだろう。
だからそれはとてもいいことだと思えた。
「奏斗はどうするの?」
「どうしようかな……」
和馬に問われ、空を仰ぐ奏斗。
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