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1章──本当のはじまり

10・意外な展開

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****♡Side・岸倉 爽一(教師)

「何よ、そっちから呼び出すなんて珍しいわね。お役御免になりたかったんじゃないの?」
 花穂から預かった名刺を奏斗へ渡した翌日、爽一は彼女を展望レストランへ呼び出していた。
 それは奏斗のことが心配だったから。

「白石と会ったんだろ?」
「あら、良く知ってるのね」
 彼女はクスリと笑うと、
「彼、結構直球よね。『俺には何を望んでんの?』って聞かれたわ」
「で、なんて答えたんだよ」
 花穂はアイスティーを一口含むと不思議そうに爽一を眺め、
「奏斗のこと、そんなに心配なの?」
と問う。
「奏斗、ね」
 出会って間もないのに下の名前で呼んでいるのは非常に馴れ馴れしいのではないか。
 そんなことを思っていると、
「何よ。彼がそう呼べって言ったのよ?」
と彼女。

──白石が?

 爽一の知る”白石奏斗”は、他人をなかなか信用しない印象だ。
 特に容姿だけで近づく相手には心を開かない。
 そんな彼が気安く名前で呼ばせたということに違和感を覚える。

「で?」
「卒業まで、恋人という意味でのおつきあいをしたいと言ったわ」
「ほう。それで?」
「週末、映画に行くの」
 彼女は両手で頬杖をつき、嬉しそうにそういった。

──ん?
 んんん?!

 奏斗が映画好きと言うことは爽一も知っていた。趣味が合い、一緒に観に行くというのは変ではない。
「白石を弄ぶなよ?」
 彼は自ら”覚悟”をして花穂に接触した。
 だが先日のクヌギ旅館の時のことを思い出しても、性交に関してはあまり積極的にしたいというわけではないように感じる。むしろあの顔は後悔。
「何言ってるの、そんなことしないわ」
 それに、と彼女は続ける。
「ライバルがいなくなれば、万々歳なんじゃないの?」
「それはそうなんだがな」
 花穂の態度が気になりつつも、それが何か明確にすることが出来ないままその日は彼女と別れた。

「岸倉先生」
 翌日、現国の準備室で授業の準備をしていると知った声に呼ばれ振り返る。
「古川か」
 大崎圭一と仲の良い生徒会長。
「これ、次回の生徒総会の資料。一応、目を通しておいてくださいね」
 古川がいるということは、圭一も一緒だろうと思い部屋の入口に視線を走らせると案の定、彼は黙って壁に背中を預け古川を待っていた。

 相変わらずいい男だなと思いつつコーヒーを入れようと椅子から立ち上がった時だった。
「あ、おい。白石」
 圭一の向こう側。廊下を歩いている奏斗を見つけ爽一は思わず声をあげる。
「ちょ、ちょ、ちょい待て」 
 圭一の前をすり抜け、ガシッと奏斗の腕を掴めば奏斗だけでなく圭一も驚いた顔をした。
「ちょっと聞きたいことがある」
「ああ、はい」
 圭一たちの前ではいつもの強気な態度は取りたくないのかやけに素直だ。
 他人には聞かれたくない話だと判断したのだろうか。
「古川、行くぞ」
 圭一が、気を利かせその場を後にする。古川は慌て彼のあとを追った。

「何、聞きたいことって」
 奏斗は爽一に続いて現国の準備室に足を踏み入れると、両手をポケットに突っ込んだまま、そう問う。
「楠花穂とはどうなんだ?」
「週末、映画を観に行くよ」
 どうせ知ってるんだろ、とでも言うように苦笑いをして。
「そう言うことではなく、つき合うことにしたとか」
「ああ。つき合いたいって言うから」
 それだけ? という視線を向ける奏斗。

「いや、いいのか? それで」
 奏斗がモテるという噂は以前から知っている。しかし誰から告白されようが断るから奏斗がモテることが有名なのだ。
 そんな彼があっさりと交際をOKするなんて。
「いいのかって……俺はあんたの代わりだろ?」

──いや、それは違う。
 花穂の目的はきっと、初めから白石なんだ。

 初めて花穂の口から奏斗の話が出た時のことを思い出す。そして先日の態度。
 紹介して欲しいと言ったときの様子。
 総合すると時期を狙っていたというのが一番しっくりくる。

「まあ、でも。二人で会ってみると想像とは違ったかな」
 穏やかな笑みを浮かべた奏斗。爽一はそれを複雑な気持ちで見つめていた。
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