R18【同性恋愛】『報われなくても、春は来る』

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１章──本当のはじまり

８・奏斗の覚悟

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＊＊＊＊♡Side・奏斗

「何か企んでんのか？」
　元彼女と別れ、酷い目に合っていた頃は尊敬すらしていた岸倉爽一に対し、最近ではもっぱらタメ口となっている自分自身に心の中でため息をつく奏斗。
　何がどうしてこうなってしまったというのだろうか。
「いいや。決めるのは白石だしな」
　和馬とその姉と別れた後、直ぐにスマホに連絡が来た。一度解散してから招集をかけるなど、何かあるに違いないと踏んでいる。

　爽一は奏斗の方へ名刺を滑らせた。
　ここはホテルのラウンジ。通常なら二十歳未満の者が来るような所ではない。しかしながら酒の提供は認められてはいないものの、入店は許可されていた。
　十八で成人という世は、非常にややこしく面倒だと奏斗は感じている。成人はしてしても、酒やたばこは禁止されているからだ。
　居酒屋ならば入店を拒否されるだろうが、ここはレストラン。酒の提供がメインではない。

「で？」
　二人で夜景の見えるカウンターに腰かけてはいるが、ロマンチックな関係ではなく、教師と生徒。こんなところ誰かに見られでもしたら大変なのではないだろうか？
「あとは本人から聞いてくれよ」
　爽一はトントンと名刺を叩くと頬杖をつき夜景に視線を移す。
　落とされたライトのせいで見づらいが、そこには『KAHO KUSUNOKI』と書かれている。どう見ても和馬の姉の名刺だろう。

「さっきも言った通り、好みだから紹介してくれと言われただけだ。もちろん俺は断ったが、白石の意思に任せるべきだと。正論だとは思わないが」
と爽一。
　よっぽど彼女のことが苦手なのだろうが、説明が雑である。
「で、名刺を渡してくれと？」
「ああ。そうだ」
　同意を示す彼。奏斗は人差し指と中指の間に名刺を挟むと、チラリと連絡先の文字を見やる。
　狙いくらいは分かっているつもりだが、覚悟が必要だ。

「白石」
「うん？」
　椅子から立ち上がろうとした奏斗の腕を掴む爽一。
「彼女は俺の大学時代の後輩で、俺が振ったことを根に持っていた」
　楠花穂は和馬が爽一と繋がっていることを知りながら、和馬を良いようにしようとしていた。ただ、爽一が和馬をどう思っているか知らない以上、それは仕返しとは言えないだろうと説明をし、
「和馬が卒業するまで彼氏のフリをしろと言われた」
と続けた。
　説明をした意味は、聞かずとも察することはできる。
　その矛先が、奏斗に向いたという意味なのだと。

「先生は俺に何を望む？」
　奏斗は立ったまま彼に問う。
「止めておけ」
　それはきっと忠告なのだろう。奏斗の性格を理解しているからこその制止。
「俺に望むものと白石に望むものがイコールだとは思えない」
「先生が解放されれば、和馬の不安はなくなる」
　性行為を知らなかった和馬には多くを求めなかった。
　女に性欲の向かない爽一には、大人の関係を求めなかった。
　
──自分に向けられる欲がなんなのかくらい、想像はつく。
　楠花穂とはそういう人ということだ。
　だが、それで和馬が幸せになれるというなら。

　迷う必要はないと思った。
「巻き込んだ俺が言うのもなんだが、考え直せ」
「覚悟くらいはしているつもり。それに、言いなりになる気はない」
　奏斗の言葉にスルリと彼の手が離れる。
「無理はするなよ」
「大丈夫」
　奏斗は肩を竦めるとスマホを取り出しながら、
「じゃあ」
と言って立ち去ろうとした。
「送らなくていいのか？」
と爽一。
「面倒なことになるからな」

　レストランを出た奏斗はエレベーターに向かう。家からこのホテルまでは大した距離ではなかった。
　エレベーターの箱に乗り込むとメッセージアプリをクリックし、覚えていたIDを打ち込みメッセージを送信する。　

──今の俺を見たら、愛美は何と言うだろう？

　奏斗はかつて愛した元カノのことを思いながら、エレベーターの番号の移り変わる文字盤をぼんやりと眺めていたのだった。

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