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0章──それが恋に変わる時

4・白石兄妹と楠姉弟

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****♡Side・楠

「お兄ちゃん! これ、二個欲しい」
「お一人様、一点限りって書いてあるぞ」
 楠はさっさと自分の買い物を済ませ、白石兄妹をぼんやりと眺めていた。
 奏斗には帰って良いと言われたのだが。
「美崎先輩にあげるの」
「しょうがないな」
 どうやら風花は美崎先輩とやらに夢中らしい。兄に強請って一人一つずつ購入しようということになった様だ。

──仲が良いんだな。

 壁に寄り掛かり、片手を制服のポケットに入れていた楠は、スマホが震えていることに気づき、取り出して画面に目をやる。義理の姉からだ。
「ん?」
『和馬ったら、相変わらず愛想ないわね』
「そ?」
 最近家族になったばかりの義理の姉は、一目で楠のことを気に入ったらしく、何かと構ってくる。
 一

「白石。俺、用が出来たからやっぱり、先帰る」
 レジに妹と仲良さそうに並ぶ彼を見て、羨ましいなと思う。彼は、”まだいたのか”と言いたげな表情をしていた。
「またな」
と笑顔を向けると奏斗は何か言いたげな顔をした後、
「ああ。また」
と軽く片手を挙げる。
 楠は片手をポケットに突っ込むと、

──なんだ? 今の。

 と彼の表情に違和感を覚えた。
「さてと」
 奏斗の前では緩めなかったタイを緩め、首元のボタンを外す。別に真面目なふりをしているわけではない。人前では外せない理由があるだけだ。
 ショーウインドウに近づくと襟に指先を引っ掛け、覗き込む。首筋と鎖骨にしっかりと残った痕に、ため息をつく。
「こんなところに痕つけやがって」
 そう、楠は義理の姉とそういう関係にあった。それもこれも、弱みを握られているから。
 拒否権なんてない。自分は彼女にとって道具おもちゃなのだ。

──あの時、俺が油断しなければ……。

『和馬の好きな人って、教員なんだ?』
『!』
 見られたのはスマホの隠し撮り。音楽を聴きながらぼんやりと画面を眺めていたら、いつの間にか義姉が傍らに立って、画面を覗き込んでいた。
『あ、何回もノックしたわよ? 夕飯は二人で食べてって、伝言。何処か食べに行きましょうよ』
『ああ』
『和馬、取引しない?』
『は?』
 身体に纏わりつく彼女の手を振り払う事などできるはずがない。
『彼氏が出来るまででいいわよ』
 美人な義姉のことだ、すぐに開放されると思ったのが大間違いだった。
 彼女に恋人を作る気がないことに気づくまでに、時間はかからなかった。

──馬鹿だな。


**


 義姉と一緒に居て、何故彼女に恋人が出来ないのか朧げに理解した。
「うん、似合ってる。これ買いましょ」
「身体は一つしかないんだから、そんなに洋服なんていらないだろ」
 彼女はお嬢様だ。
 楠は、母が再婚するまで平凡な生活をしてきた。それでもK学園に留まっていられるのは、父が他界したため学費が減免されているからだ。
 K学園はとても変わった学園である。入学当時と生活環境が変わり、学費を支払うことが出来なくなった場合、減免制度というものがあるのだ。何としてでも卒業させ、社会に送り出したいというのが、K学園理事長の考え方らしい。

──まあ、なんていったって。
 本家にはあのセレブで有名な大崎グループがついているわけだしな。

 母が再婚してからは富裕層の仲間入りを果たしたため、学費も普通に払っており、義理の父が減免された分も支払ってくれた。
 K学園が減免制度を導入しても成り立っているのは、その生徒たちが世に出て成功した時や、ボーナスをもらうようになってから、減免された学費を納めるという者が多いことも理由の一つであろう。
 減免された分の学費については支払いの義務はないが、金銭が原因で泣く泣く学ぶことを諦めることなく、卒業させてもらえたという感謝の気持ちがそうさせるのだ。
 しかも大学まではエスカレーター式で上がることができる。大学院は任意だ。

 社会人になれば支払うことができると、自信を持たせることが出来るのもプラスに作用しているように感じていた。だから楠はこの学園がとても好きである。
 学費は義姉の父が払ってくれているのだと思うと、余計にに彼女に逆らうことは出来なかった。

「何言ってるの、和馬」
「何って……」
「和馬はカッコいいんだから、お洒落しなきゃ損よ」
 浪費癖に加え、相手を自分色に染めたい。それが彼女だ。
「誰に見せるわけでもないのに」

 中高生と言えば、学校に指定の制服がある限り、ほとんど制服で過ごすものだ。
 女子中高生と言えば、休日だろうが長期休みだろうが制服が定番。ただ、K学園は金持ちが大半なので、学校以外で制服を身に着けるものはいないが。
「いーい? 和馬。あなたは私の自慢の弟なの」
 片手を腰にあて、指先を楠の胸につけ。
「いつでも、そうであって欲しいわ」
「はいはい」
「ま、和馬のその冷めたところが、良いんだけどね」
 彼女の性癖は少し変わっている。なんでも言いなりになりすぎる人形が欲しいというわけでもない。自分に意見する相手を説き伏せたり、ねじ伏せたりするのが良いらしい。
 彼女にとって楠は正に最適の相手だった。ルックス、性格、自分の立場をわきまえ、程よく引く所、彼女の理想の相手だったのである。
「さ、和馬。食事にいきましょ」
 彼女はブランド品の紙袋を下げ、楠の腕に自分の腕を絡めた。義理の姉弟である二人は顔も雰囲気も似ていないため、恋人同士に見える。

──こんなところ、他人に見られたら、説明が面倒だな。

 楠は心の中でため息をつきつつも、彼女に従うしかなかった。
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