上 下
28 / 51
1章──本当のはじまり

4・先生と奏斗

しおりを挟む
****♡Side・楠 和馬

 和馬は刺身を口に運びながら、複雑な心境になっていた。
 二人きりでしたいと、奏斗は言う。和馬は嫌ではなかった。そんな自分に戸惑う。

──どっちも好きだと思ってしまうのは、自分があまり愛されたことがないからなのかな。

『浴衣、似合うな』
 部屋に着き、振り返った奏斗が言う。和馬はなんと返していいのか分からず、黙っていた。
「せんせ」
「ん?」
 奏斗が爽一を呼ぶ。和馬にとっては、大好きな爽一。いつも何を考えているのか、分からない。
 どちらかと言うと、奏斗は分かりやすい人だ。自分が何故二人に好かれたのかは、謎。爽一のことを振り向かせたいと願っていた和馬だが、理由が分からない以上、どうやって惹きつけて置けばいいのか分からなかった。
「今日は、何処に出かけるんだっけ?」
「ああ。縁結びの神社が近くにあるらしい。小さいところだけれど、とても風流なんだって」
と、旅行雑誌を奏斗の方に押しやる。

 喧嘩をしそうな雰囲気だったため、和馬は一先ずホッとした。
 奏斗が雑誌を覗きこみ、和馬もそれに続く。
「へー。この近くって美味しいうなぎ屋さんがあるんだな」
と、奏斗。
 和馬がピクリと反応した。それに気づいた爽一が、和馬の方を見て、
「明日のお昼、ウナギにする?」
と問う。
 こくりと頷くと、可愛いと奏斗が微笑んだ。

 ああ、そうかと和馬は思う。自分は甘える場所、子供でいられる場所が欲しかったのだと。自分の家庭はずっと母子家庭。苦労する母を見て、甘えてはいられなかった。
 父が出来て、母は楽になったが、その愛情は新しい父に注がれてしまう。姉が出来たが、彼女は自分を性欲のはけ口にしかしなかった。だから、奏斗が羨ましかったのだ。

──自分には頼る相手も、甘える場所もなかったから……。

 今、二人が甘やかしてくれる。愛してくれる。
 自分は、愛情に飢えているのだ。だからどっちも欲しい。
「ねえ」
と和馬は二人に話しかける。
「どっちも好きじゃダメなのかな」
と。

「どっちも好きなんだ?」
と、爽一。
「俺は構わない」
と、奏斗。彼はいつでも冷静沈着な感じがする。
「ん、俺もいいよ。俺は和馬が幸せなら」
と、爽一が発言すると、何故か奏斗が、
「うそばっか!」
とティッシュ箱を投げつけた。
「おお? 嫉妬か?」
 爽一は、ひょいッと避けて。
 奏斗はどうやら、爽一が見せつけるように二人で抱き合っていたことが気に入らないらしい。
「二人とも、喧嘩しないでよ」
よ、和馬が慌てると、
「仲良いよなー? 俺たち」
と、爽一が煽る。
 奏斗が殴るフリをしたのは言うまでもない。

**


「おお。ここ、ここ」
 三人はクヌギ旅館から近い小さな神社に居た。とてつもなく仲の悪い二人と共に。

──確かに、自分は奏斗から先生を奪いたいって思っていたけれど……。

「ここで、愛を誓い合うと幸せになれるんだって、和馬」
と、奏斗。
「俺と愛を誓い合うよな? 和馬」
と、爽一。
 面倒な状況になってしまった。策士策に溺れる(策略に巧みな者は策に頼り過ぎて、かえって失敗するもの)とは正にこのことだろうか。自分が策士だったかはともかく、失敗したことは否めない。

──ならば、あんなことされたのも、因果応報?

 自分には性欲なんてないと思っていたのに、大好きな爽一に好きと言われてから、身体は素直に反応し始めた。
 それどころか、爽一以外とそう言う事はしたくないと思っていたのに、奏斗を受け入れてしまっている自分がいる。
「お守り、買おう。和馬」
「おい、抜け駆けは禁止だぞ白石」
 奏斗に手を掴まれ引っ張られる和馬。それに続く爽一。
 主導権を握りたかったのは自分なのに、今や二人に振り回されていた。
「いつも抜け駆けしかしない、せんせーが言う言葉か?」
 いつの間にかタメ口になっている奏斗、爽一はまったく気にしていないようだ。
「白石、お前なあ」
「俺、本気なんで」
 元は仲が良かった二人だが。

──ここは漫画のように、俺の為に争わないで! とか言った方がいいのかな……。

 和馬は二人の反応を想像してみる。
『争わないで勝てるわけないだろ。こんな煩悩教師に和馬がやれるか』
と、奏斗。
『和馬のために争って何が悪い。好きだからエッチする。子供の白石には所詮分からないだろう』
と、爽一。
 あまり、意味はなさそうだ。大人しくしておくのが、一番かも知れない。

「和馬、どれがいい? 可愛い奴が好き?」
と、奏斗。
 それは妹さんだろ、とツッコミたいのを我慢した。
「和馬、安産にしないか?」
と、爽一。
 俺、男なんですけど? とツッコミたいのも我慢する。
「なんで、安産なんだよ! 産めるわけないだろッ」
 代わりに、奏斗がキレた。
「頑張れば産めるかもしれないだろ。俺は励むぞ」
と、爽一。
「何言ってんだ、そもそも先生はネコだろ」
「そうか、じゃあ励め、和馬」
「ハゲちまえ! この、クソ教師」
 なんだか、余計仲が悪くなってきた。

「あのさ、二人とも。はいこれ」
 和馬は仕方なく縁結びのお守りを二人に渡す。
「何、俺と結ばれたいの?」
 奏斗が嬉しそうに笑みを浮かべる。
「いや、俺とだろ」
と爽一。
 和馬は、首を横に振った。
「二人とも仲良くして」
「いや、俺は先生コイツは抱けないぞ?」
と奏斗。
「俺だって、お前とはやらんぞ? 下手くそそうだし」
と爽一。
「なんだよ! ひいひい言わせてやろうか⁈」
「やれるもんならやってみやがれ!」
 どうやら、違うところが結ばれそうである。
しおりを挟む

処理中です...