26 / 32
3話『慣れない日々と愛しい君』
7・一人で彼を待つ
しおりを挟む
****♡Side・塩田
「あれ? 今日は一人なの」
会社の入り口で背後から同僚の電車に声をかけられ塩田は振り返った。
一番に苦情係を出たが少し皇と話をしていて、気づけば彼らと同じ時間になっていたようだ。電車の傍には課長の唯野と、同僚の板井もいる。
「ああ、うん」
現在板井と唯野は一緒に暮らしていた。恐らく皆で一緒に駅に向かうのだろう。塩田のマンションは会社から五分ではあるが駅とは逆方向。しかも電車の利用する列車は最終が早い。それを気遣って塩田は軽く片手をあげ、またなというジェスチャーをした。
マンションへ向かいながら帰り際の会話を思い出す。
晴れて互いの両親公認の婚約者となった。そして一緒に暮らし始めたところでもあったのだ。
そもそも半同棲のような生活をしていたわけだから今更なのかもしれない。それでも、引っ越しが終わって彼のものが家にあるのとないのでは全然違う。
だから塩田なりに楽しみにしていたつもりだった。
それなのに、
『悪い、少し遅くなる。先に帰っていてくれないか』
と皇に言われてしまったのだ。
不満そうな顔をしていると、
『ごめん、仕事が残っているんだ』
と彼。
『苦情係の仕事ばかり手伝っているからだよ』
皇が手伝いに来てくれるのは素直に嬉しい。自分だって少しでも傍に居たいと思うから。それでも、自分の仕事を優先していれば定時で上がれるのにこんなことになるのは嫌だと思った。
『それは違う。急に企画部に確認を頼まれたんだよ』
彼は”来るな”という言葉を恐れたのだろうか。困り顔でそう言った。
『すぐに終わらせて帰るから、夕飯は外に食べに行こう?』
優しくハグをしてくれる彼。ここは社内だと言うのに。
けれどご機嫌取りをされるのは嫌だった。
『家がいい』
とわがままを言うと、
『じゃあ、後で一緒にスーパー行こうな』
と言われる。
どうして怒らないのだろうかと思う。
間違っていると思えば言えばいい。わがまま言うなと言えばいい。
それなのにいつでも塩田を優先して大人な彼に対し、複雑な心境になる。本音で接して欲しい。ただそれだけなのに。
五分の距離はあっという間。泣きたい気持ちになりながらマンションのエントランスを抜けロビーでエレベーターを待つ。
いつもと時間がズレてしまったため、管理人に出くわすこともなくエレベーターの箱が到着した。
うなだれたまま目的の階に到着するエレベーターの箱から降りると自宅の前でポケットを漁る。鍵を開け玄関に入ると靴箱の上に鍵を置き、ポケットからスマホを取り出した。
画面に視線を落とすと数件のメッセージ。
”愛してるよ”
”まだ怒っている?”
”三十分くらいで終わるから”
と時間を分けて三個のメッセージ。きっと返信が来ないから不安になって寄越したのかもしれない。
塩田は切ない気持ちになりながら『怒ってない、風呂入る』と短く返信するとウオークインクローゼットに向かった。
風呂から上がった塩田はカウンターで一人、ぼんやりとタブレットのモニターを見つめる。何かと言うと外食しようという皇。
一緒に暮らすのにそれは不経済なのではないかと思う。食べたいものが合わないというのもあるだろうが。それでも家で調理した方がいいだろうと思った。
「料理か、俺にできるかな」
傍らのリモコンに手を伸ばす。カウンター上には間接照明が数個とスピーカーがついている。管理人が勝手に設置していったものだ。
──あ、この曲好き。
再生にタッチすれば『So Sick』が流れ出す。しっとりとした音楽に優しい旋律。なんだか切なげな曲だ。それは皇の選曲。別れた後なのだろうか。相手を想って苦しんでいるような歌詞の曲。
自分もきっと皇と別れたらこんな風になるだろうと思った。
──だからこそいつでも本音でいて欲しい。
我慢しないで欲しい。
我慢はきっといつか”別れ”という選択をさせるから。
「あれ? 今日は一人なの」
会社の入り口で背後から同僚の電車に声をかけられ塩田は振り返った。
一番に苦情係を出たが少し皇と話をしていて、気づけば彼らと同じ時間になっていたようだ。電車の傍には課長の唯野と、同僚の板井もいる。
「ああ、うん」
現在板井と唯野は一緒に暮らしていた。恐らく皆で一緒に駅に向かうのだろう。塩田のマンションは会社から五分ではあるが駅とは逆方向。しかも電車の利用する列車は最終が早い。それを気遣って塩田は軽く片手をあげ、またなというジェスチャーをした。
マンションへ向かいながら帰り際の会話を思い出す。
晴れて互いの両親公認の婚約者となった。そして一緒に暮らし始めたところでもあったのだ。
そもそも半同棲のような生活をしていたわけだから今更なのかもしれない。それでも、引っ越しが終わって彼のものが家にあるのとないのでは全然違う。
だから塩田なりに楽しみにしていたつもりだった。
それなのに、
『悪い、少し遅くなる。先に帰っていてくれないか』
と皇に言われてしまったのだ。
不満そうな顔をしていると、
『ごめん、仕事が残っているんだ』
と彼。
『苦情係の仕事ばかり手伝っているからだよ』
皇が手伝いに来てくれるのは素直に嬉しい。自分だって少しでも傍に居たいと思うから。それでも、自分の仕事を優先していれば定時で上がれるのにこんなことになるのは嫌だと思った。
『それは違う。急に企画部に確認を頼まれたんだよ』
彼は”来るな”という言葉を恐れたのだろうか。困り顔でそう言った。
『すぐに終わらせて帰るから、夕飯は外に食べに行こう?』
優しくハグをしてくれる彼。ここは社内だと言うのに。
けれどご機嫌取りをされるのは嫌だった。
『家がいい』
とわがままを言うと、
『じゃあ、後で一緒にスーパー行こうな』
と言われる。
どうして怒らないのだろうかと思う。
間違っていると思えば言えばいい。わがまま言うなと言えばいい。
それなのにいつでも塩田を優先して大人な彼に対し、複雑な心境になる。本音で接して欲しい。ただそれだけなのに。
五分の距離はあっという間。泣きたい気持ちになりながらマンションのエントランスを抜けロビーでエレベーターを待つ。
いつもと時間がズレてしまったため、管理人に出くわすこともなくエレベーターの箱が到着した。
うなだれたまま目的の階に到着するエレベーターの箱から降りると自宅の前でポケットを漁る。鍵を開け玄関に入ると靴箱の上に鍵を置き、ポケットからスマホを取り出した。
画面に視線を落とすと数件のメッセージ。
”愛してるよ”
”まだ怒っている?”
”三十分くらいで終わるから”
と時間を分けて三個のメッセージ。きっと返信が来ないから不安になって寄越したのかもしれない。
塩田は切ない気持ちになりながら『怒ってない、風呂入る』と短く返信するとウオークインクローゼットに向かった。
風呂から上がった塩田はカウンターで一人、ぼんやりとタブレットのモニターを見つめる。何かと言うと外食しようという皇。
一緒に暮らすのにそれは不経済なのではないかと思う。食べたいものが合わないというのもあるだろうが。それでも家で調理した方がいいだろうと思った。
「料理か、俺にできるかな」
傍らのリモコンに手を伸ばす。カウンター上には間接照明が数個とスピーカーがついている。管理人が勝手に設置していったものだ。
──あ、この曲好き。
再生にタッチすれば『So Sick』が流れ出す。しっとりとした音楽に優しい旋律。なんだか切なげな曲だ。それは皇の選曲。別れた後なのだろうか。相手を想って苦しんでいるような歌詞の曲。
自分もきっと皇と別れたらこんな風になるだろうと思った。
──だからこそいつでも本音でいて欲しい。
我慢しないで欲しい。
我慢はきっといつか”別れ”という選択をさせるから。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
出産は一番の快楽
及川雨音
BL
出産するのが快感の出産フェチな両性具有総受け話。
とにかく出産が好きすぎて出産出産言いまくってます。出産がゲシュタルト崩壊気味。
【注意事項】
*受けは出産したいだけなので、相手や産まれた子どもに興味はないです。
*寝取られ(NTR)属性持ち攻め有りの複数ヤンデレ攻め
*倫理観・道徳観・貞操観が皆無、不謹慎注意
*軽く出産シーン有り
*ボテ腹、母乳、アクメ、授乳、女性器、おっぱい描写有り
続編)
*近親相姦・母子相姦要素有り
*奇形発言注意
*カニバリズム発言有り
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
山本さんのお兄さん〜同級生女子の兄にレ×プされ気に入られてしまうDCの話〜
ルシーアンナ
BL
同級生女子の兄にレイプされ、気に入られてしまう男子中学生の話。
高校生×中学生。
1年ほど前に別名義で書いたのを手直ししたものです。
受け付けの全裸お兄さんが店主に客の前で公開プレイされる大人の玩具専門店
ミクリ21 (新)
BL
大人の玩具専門店【ラブシモン】を営む執事服の店主レイザーと、受け付けの全裸お兄さんシモンが毎日公開プレイしている話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる