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3話『慣れない日々と愛しい君』

7・一人で彼を待つ

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****♡Side・塩田

「あれ? 今日は一人なの」
 会社の入り口で背後から同僚の電車でんまに声をかけられ塩田は振り返った。
 一番に苦情係を出たが少し皇と話をしていて、気づけば彼らと同じ時間になっていたようだ。電車の傍には課長の唯野と、同僚の板井もいる。
「ああ、うん」
 現在板井と唯野は一緒に暮らしていた。恐らく皆で一緒に駅に向かうのだろう。塩田のマンションは会社から五分ではあるが駅とは逆方向。しかも電車の利用する列車は最終が早い。それを気遣って塩田は軽く片手をあげ、またなというジェスチャーをした。

 マンションへ向かいながら帰り際の会話を思い出す。
 晴れて互いの両親公認の婚約者となった。そして一緒に暮らし始めたところでもあったのだ。
 そもそも半同棲のような生活をしていたわけだから今更なのかもしれない。それでも、引っ越しが終わって彼のものが家にあるのとないのでは全然違う。
 だから塩田なりに楽しみにしていたつもりだった。

 それなのに、
『悪い、少し遅くなる。先に帰っていてくれないか』
と皇に言われてしまったのだ。
 不満そうな顔をしていると、
『ごめん、仕事が残っているんだ』
と彼。
苦情係うちの仕事ばかり手伝っているからだよ』
 皇が手伝いに来てくれるのは素直に嬉しい。自分だって少しでも傍に居たいと思うから。それでも、自分の仕事を優先していれば定時で上がれるのにこんなことになるのは嫌だと思った。
『それは違う。急に企画部に確認を頼まれたんだよ』
 彼は”来るな”という言葉を恐れたのだろうか。困り顔でそう言った。
『すぐに終わらせて帰るから、夕飯は外に食べに行こう?』
 優しくハグをしてくれる彼。ここは社内だと言うのに。
 けれどご機嫌取りをされるのは嫌だった。
『家がいい』
とわがままを言うと、
『じゃあ、後で一緒にスーパー行こうな』
と言われる。

 どうして怒らないのだろうかと思う。
 間違っていると思えば言えばいい。わがまま言うなと言えばいい。
 それなのにいつでも塩田じぶんを優先して大人な彼に対し、複雑な心境になる。本音で接して欲しい。ただそれだけなのに。
 五分の距離はあっという間。泣きたい気持ちになりながらマンションのエントランスを抜けロビーでエレベーターを待つ。
 いつもと時間がズレてしまったため、管理人に出くわすこともなくエレベーターの箱が到着した。

 うなだれたまま目的の階に到着するエレベーターの箱から降りると自宅の前でポケットを漁る。鍵を開け玄関に入ると靴箱の上に鍵を置き、ポケットからスマホを取り出した。
 画面に視線を落とすと数件のメッセージ。

 ”愛してるよ”
 ”まだ怒っている?”
 ”三十分くらいで終わるから”

 と時間を分けて三個のメッセージ。きっと返信が来ないから不安になって寄越したのかもしれない。
 塩田は切ない気持ちになりながら『怒ってない、風呂入る』と短く返信するとウオークインクローゼットに向かった。

 風呂から上がった塩田はカウンターで一人、ぼんやりとタブレットのモニターを見つめる。何かと言うと外食しようという皇。
 一緒に暮らすのにそれは不経済なのではないかと思う。食べたいものが合わないというのもあるだろうが。それでも家で調理した方がいいだろうと思った。
「料理か、俺にできるかな」
 傍らのリモコンに手を伸ばす。カウンター上には間接照明が数個とスピーカーがついている。管理人が勝手に設置していったものだ。

──あ、この曲好き。

 再生にタッチすれば『So Sick』が流れ出す。しっとりとした音楽に優しい旋律。なんだか切なげな曲だ。それは皇の選曲。別れた後なのだろうか。相手を想って苦しんでいるような歌詞の曲。
自分もきっと皇と別れたらこんな風になるだろうと思った。

──だからこそいつでも本音でいて欲しい。
 我慢しないで欲しい。
 我慢はきっといつか”別れ”という選択をさせるから。
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