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9『人生の分岐点』

1 勘違いと真実

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****side■黒岩(総括)

 どっちに進んでも闇しかない。
 考えあぐねてランタンの光で照らしてみても、一寸先は闇。
 どちらに転んでも自分の想い通りにはなりはしないし、後悔しかない気もする。しかし黒岩は別居をはじめたことをとても楽に感じていた。
 その上、妻から告げられた新たな事実に複雑な心境になっている。

 妻とは利害の一致による契約婚。彼女とは幼馴染みで、まるで同性の友人のような付き合いだった。社会人になってからは疎遠になっていたが、高等部時代の同級生の結婚式で再会。中等部から大学部までつき合っていた相手が他の女性と結婚するのだと言う。そう、まさにその式の新郎であった。
『こうなることは決まっていたんだけどね』
 相手が心変わりしたわけではない。いわゆる親の決めた相手との政略結婚というものだ。K学園ではそう珍しいことでもない。資産家や経営者の子息子女の集まる学園だから。

『黒岩の好きな人も結婚しちゃったんだ』
『ああ』
 唯野の婚姻には不審な点はあったが、結婚したのは事実。
 このまま一人でいれば、いずれ親から『相手はいないのか』と世話を焼かれるのは目に見えている。だが彼女は想い人以外とは添い遂げる気はないと言う。面倒を避けるために契約婚をしないかと持ち掛けてきたのは彼女の方。終わりにする条件は黒岩に委ねると言った。
 終わりにする条件が変更されたのは子供が出来たからだ。

 彼女は黒岩と婚姻した当初から相手の男とW不倫をしている。
 とは言え、愛のない婚姻がそう長く続くわけもなく。
 相手は妻側の不倫にて四年ほどで離婚した。その時、離婚しても問題はなかったが、やはり子供がいる以上は無責任にはなれない。

──杞憂だったということだな。

 黒岩は責任を感じていたが、どうやらその必要はなかったらしい。今回の別居を機に彼女は二人の子が黒岩の実子ではないことを明かした。
『なんで今まで黙ってたんだよ』
『あなた、嘘つけないでしょ』
 黒岩は以前から彼女の母親から相談を受けている。娘が不倫している件について。もちろん孫のことが心配だからに他ならない。
 不倫には目を瞑り、離婚しないで欲しいと言われてきた。そんなことになったら子供たちが路頭に迷ってしまうから。

『条件はあなたが離婚したいと思うか、もしくは子供たちが成人するまでだったから』
『子供たちは知ってるのか? 俺が父親じゃないこと』
『薄々ね』
 あまり家にいないせいで子供たちは懐かないのかと思っていたが、そうではなく遠慮だと気づく。それでも本当の父親の方には懐いていたらしいので心配する必要はないかと前向きになれた。
 だが問題は彼女の母。真実を話せば卒倒してしまうかもしれない。
『経緯についてはわたしから話すから』

 現在黒岩に提示されている道は二つ。
 このまま下の子が成人するまで婚姻生活を続けるか、もしくは離婚するか。妻の不倫相手は現在独り身だ。再婚するには多少の問題はあるかもしれないが、子供がいるとなると話は変わってくるだろう。
 前の妻との間には実子がいないわけだから。

──子供は家を保つための道具じゃない。
 それを実感する良い機会だろう。 

 彼女にも利益はあったもののこうなってしまっては、自由にしてあげるべきだと思った。財布としか思われていないのかと思ったが、彼女には彼女なりの葛藤はあったようで。
 かえって申し訳ないことをしてしまったなと言えば、彼女は穏やかに微笑んだ。
『提案をしたのはわたしだから、勝手に終わりにするのは違うと思ったの』
『そっか』
『だから責任を感じる必要はないのよ。あなたはあなたの未来のための選択をすればいい』
 結婚してから会話が減った。だが友人の時のようにもっと会話をすればよかったと黒岩は後悔している。
『わたしはあなたのこと、ちゃんと好きだったのよ?』
 切なげに笑う彼女を黒岩は黙って抱きしめたのだった。
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