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7『あるはずのないif』
6 わからない彼
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****side■唯野(課長)
「どうかしたのか」
「え?」
休憩室でぼんやりしていると、後から入ってきた黒岩に声をかけられ唯野は顔を上げた。
「一人でいるなんて珍しいからさ」
彼は冷蔵庫からカフェオレを一つ取り出すとキャップに手をかけようとして止める。
「唯野も飲むか?」
「あ、ああ。ありがと」
ペットボトルを差し出され、唯野はそれを受け取った。彼は再び冷蔵庫に手をかけるとカフェオレを取り出し唯野の斜め向かい側のソファーに腰かける。
「別に珍しいことでもないよ」
唯野が少し遅れて返した言葉に軽く肩を竦めるとキャップを捻る彼。
「むしろ、そっちこそどうしたんだよ」
「何が」
ごくりと一口喉に流し込むと、彼は足を組んで腕を背もたれにかける。
「いつもならうっとおしいくらいにうちの課に顔出すクセに」
「何、寂しかった?」
ちらっとこちらに視線を向ける彼の目は、何の感情も含んでいないように感じた。つまり揶揄っているわけではなさそうだ。
「静かで良かったよ」
ぶっきらぼうに答えてみたものの、
「そっか」
と穏やかに相槌を打つだけ。
いつもの彼は、もっと強引でシツコイ。そう感じていた唯野はふと、本当にそうなのだろうかと疑念を抱いた。
悩んでいる姿など一度も見たことはない。どんなに忙しくても疲れている様子を見せたこともない。確かに強引で自分の思い通りにしようという一面はあるが、さりげない気遣いと優しさも持っていた。
自分が彼を苦手としていたのは、誰とでも簡単に寝るような男だったからだ。誠実さの欠片もない癖に、唯野にまでその手を伸ばそうとした。
唯野は組んだ膝の上に片腕で頬杖をつくと、ぼんやりと黒岩を眺める。
遊んでいたということは、それなりにモテたということだ。
──まあ、黙っていればいい男だとは思うよ?
俺の好みじゃないけど。
心の中で悪態をついていた唯野は、壁をぼんやりと眺めていた黒岩がこちらを見たので慌てた。
「なに、そんな見つめて。惚れた?」
これまたいつもとは違う調子で問う彼。
ふざけているわけでも真面目でもないトーン。ただ言葉にしただけの心のない声。
「いや。疲れてんのかなと思って。静かだから」
「ふーん」
「黒岩は、何か考え事?」
「んー。どこに家借りようかなと」
黒岩の言葉にハッとした唯野は、
「そうだよ。どういうことだよ、別居ってさ」
と朝の話を蒸し返す。
「どうもこうもないよ、別居が決まっただけ。どうせ家に帰ったところで誰もいないんだし、わざわざ電車で遠いところまで帰宅する必要ないだろ」
黒岩が当てつけで結婚したのだろうことは唯野も薄々気づいてはいた。だが朝晩、電車で遠いところを行き来していたのだ。仲が悪いとは思っていなかった。
「奥さんはそれで良いって?」
「良いも悪いもないだろ。他に男がいるんだし」
「でも、子供は?」
「上も下も高校生だしな」
”親が変に心配しすぎない方が自立するんだよ”と付け加えて。
そんな彼を唯野は複雑な心境で見つめていた。
「後悔しているのか? 結婚したこと」
自分でも何故そんな質問をしてしまったのか分からないが、黒岩は何を言うんだとでも言いたげな目をする。
「そんなこと聞くまでもないだろ? 俺は唯野のことが好きなんだから」
馬鹿馬鹿しいという気持ちを感じる声音。やはりどこまでも違和感だ。
あたっているというのであれば、それはそれで構わない。しかし彼はかつて他人に当たるようなことはしたことがないのだ。
──別居することになって環境が変わるんだもんな。仕方ないか。
彼の態度を良い方向に取った唯野。
「唯野、お前さ」
黒岩が珍しくため息をつく。
「なんだよ」
「なんでもない。またな」
それは形容するなら”呆れている”だろう。黒岩はポンポンと唯野の肩を叩くと休憩室を出ていった。
──え? いや、何?!
「どうかしたのか」
「え?」
休憩室でぼんやりしていると、後から入ってきた黒岩に声をかけられ唯野は顔を上げた。
「一人でいるなんて珍しいからさ」
彼は冷蔵庫からカフェオレを一つ取り出すとキャップに手をかけようとして止める。
「唯野も飲むか?」
「あ、ああ。ありがと」
ペットボトルを差し出され、唯野はそれを受け取った。彼は再び冷蔵庫に手をかけるとカフェオレを取り出し唯野の斜め向かい側のソファーに腰かける。
「別に珍しいことでもないよ」
唯野が少し遅れて返した言葉に軽く肩を竦めるとキャップを捻る彼。
「むしろ、そっちこそどうしたんだよ」
「何が」
ごくりと一口喉に流し込むと、彼は足を組んで腕を背もたれにかける。
「いつもならうっとおしいくらいにうちの課に顔出すクセに」
「何、寂しかった?」
ちらっとこちらに視線を向ける彼の目は、何の感情も含んでいないように感じた。つまり揶揄っているわけではなさそうだ。
「静かで良かったよ」
ぶっきらぼうに答えてみたものの、
「そっか」
と穏やかに相槌を打つだけ。
いつもの彼は、もっと強引でシツコイ。そう感じていた唯野はふと、本当にそうなのだろうかと疑念を抱いた。
悩んでいる姿など一度も見たことはない。どんなに忙しくても疲れている様子を見せたこともない。確かに強引で自分の思い通りにしようという一面はあるが、さりげない気遣いと優しさも持っていた。
自分が彼を苦手としていたのは、誰とでも簡単に寝るような男だったからだ。誠実さの欠片もない癖に、唯野にまでその手を伸ばそうとした。
唯野は組んだ膝の上に片腕で頬杖をつくと、ぼんやりと黒岩を眺める。
遊んでいたということは、それなりにモテたということだ。
──まあ、黙っていればいい男だとは思うよ?
俺の好みじゃないけど。
心の中で悪態をついていた唯野は、壁をぼんやりと眺めていた黒岩がこちらを見たので慌てた。
「なに、そんな見つめて。惚れた?」
これまたいつもとは違う調子で問う彼。
ふざけているわけでも真面目でもないトーン。ただ言葉にしただけの心のない声。
「いや。疲れてんのかなと思って。静かだから」
「ふーん」
「黒岩は、何か考え事?」
「んー。どこに家借りようかなと」
黒岩の言葉にハッとした唯野は、
「そうだよ。どういうことだよ、別居ってさ」
と朝の話を蒸し返す。
「どうもこうもないよ、別居が決まっただけ。どうせ家に帰ったところで誰もいないんだし、わざわざ電車で遠いところまで帰宅する必要ないだろ」
黒岩が当てつけで結婚したのだろうことは唯野も薄々気づいてはいた。だが朝晩、電車で遠いところを行き来していたのだ。仲が悪いとは思っていなかった。
「奥さんはそれで良いって?」
「良いも悪いもないだろ。他に男がいるんだし」
「でも、子供は?」
「上も下も高校生だしな」
”親が変に心配しすぎない方が自立するんだよ”と付け加えて。
そんな彼を唯野は複雑な心境で見つめていた。
「後悔しているのか? 結婚したこと」
自分でも何故そんな質問をしてしまったのか分からないが、黒岩は何を言うんだとでも言いたげな目をする。
「そんなこと聞くまでもないだろ? 俺は唯野のことが好きなんだから」
馬鹿馬鹿しいという気持ちを感じる声音。やはりどこまでも違和感だ。
あたっているというのであれば、それはそれで構わない。しかし彼はかつて他人に当たるようなことはしたことがないのだ。
──別居することになって環境が変わるんだもんな。仕方ないか。
彼の態度を良い方向に取った唯野。
「唯野、お前さ」
黒岩が珍しくため息をつく。
「なんだよ」
「なんでもない。またな」
それは形容するなら”呆れている”だろう。黒岩はポンポンと唯野の肩を叩くと休憩室を出ていった。
──え? いや、何?!
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