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7『あるはずのないif』
5 何故か誤解される唯野の発言
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****side■唯野(課長)
いつもと変わりない朝。
板井と暮らし始めてからは一緒に家を出て駅で列車を待つ。たった一駅だが板井との通勤時間は楽しく感じていた。
「朝一で持っていかないといけない書類があるので先に行きますね」
会社の正面玄関につくと、板井はそう言って足早に唯野から離れる。
「ああ、またな」
そんな書類あったろうかと思いながらエレベーターに向かおうとして視界の端に黒岩を捉えた。
「おはよう、黒岩」
無視をしても良いがどうせ後で会うのだ。余計なことはするまいと思いながら声をかければ、彼は少し首を下げ片手を軽く上げた。
「何、待っててくれんの」
そのまま立ち止まっていると近くまで来た黒岩にそう言われる。
「どうせ同じ方向だし」
と言えば、”そっか”と小さく笑う彼。
唯野はそんな彼に”黒岩らしくないな”と感じていた。
どんなに残業をしようが元気の塊のような黒岩だ。
”人間か? ホントに”と訝しむほどに。
立ち止まることなくエレベーターに向かう黒岩に続いて唯野も歩を進める。
「疲れてんのか?」
「どうかな」
問いかけにも奇妙な返事しか寄越さない黒岩。
いつもはしつこいほどに絡んでくるくせに、特に話もせずに小さく歌を口ずさんでいる。
「良いことでもあった?」
「良いことかどうかわからんが、進展はあった」
子気味良い音と共にエレベーターのドアが開き、彼は先に乗り込むと開くのボタンを押したまま唯野が乗り込むの待っていた。
「進展?」
次いで乗り込み、唯野は不思議そうに問う。
「別居することにしたんだ。馬鹿らしくなってさ」
エレベーターはあっという間に目的の階へついてしまった。その為、詳しく聞きたくとも口を噤むしかない。
「着いたぞ、降りないのか?」
「降りるよ」
黒岩に促されて唯野はエレベーターの箱から降りた。
あっさりしすぎている彼に物足りなさを感じながら。
「浮かない顔をして、どうかされたのですか?」
苦情係にたどり着いた唯野は、自分の席に腰かけるとPCの電源に手を伸ばす。そんな唯野に先に着いていた板井からかけられた言葉。
会社では当たり前のことではあるが、どこまでも上司と部下なんだなあと思いながら彼を見上げると、スッと置かれたティーカップ。
「ありがと。どうもしないよ」
唯野は飲み頃のティーカップに口をつけながら、板井が隣に腰かける気配を感じていた。
「また黒岩さんですか?」
少し棘のある声音。始業までにはまだ少し時間がある。
苦情係に挨拶をしながら入ってくる部下の電車と塩田に挨拶を返し、落ち着いた唯野は返事を待っているだろう板井にチラリと視線を向けた。
「まあ、やけにあっさりとしていたから違和感を覚えただけだ。それよりも」
「なんです?」
「なんで板井は用もないのに先に行きたがるんだ?」
自分に矛先を向けられるとは思っていなかったのだろう。咽る板井を尻目にPCモニターに再び視線を戻せば、向こう側の席に座っている塩田と目が合った。
その目は”あんた、本気で言ってんのか?”と言っているように思える。もちろん自分にだって予想はついていた。それが板井の配慮なことくらい。
だがそんなもの取っ払って、その先に進みたいと思っているから聞いたのである。
「どうせ理由なんてわかっているのに、わざわざ聞くんですか?」
”そう来たか”と思った唯野は、ガラスでできた綺麗なデザインの灰皿に指を伸ばす。それは苦情係ではチョコ入れに使っているものである。
眠い時は甘いものが良い。目覚まし代わりに置いてあるものだ。板井が毎朝さりげなく全員分補充しておいてくれる。
「板井の気遣いは嬉しいけどさ」
”俺はね”と続ける唯野。
「一緒に行きたいなって思うんだよ」
「それは……」
板井が何か言おうとしたとき、
「朝から下ネタはやめろ!」
と塩田に遮られる。
「え?!」
何故かあらぬ誤解を受けた唯野であった。
いつもと変わりない朝。
板井と暮らし始めてからは一緒に家を出て駅で列車を待つ。たった一駅だが板井との通勤時間は楽しく感じていた。
「朝一で持っていかないといけない書類があるので先に行きますね」
会社の正面玄関につくと、板井はそう言って足早に唯野から離れる。
「ああ、またな」
そんな書類あったろうかと思いながらエレベーターに向かおうとして視界の端に黒岩を捉えた。
「おはよう、黒岩」
無視をしても良いがどうせ後で会うのだ。余計なことはするまいと思いながら声をかければ、彼は少し首を下げ片手を軽く上げた。
「何、待っててくれんの」
そのまま立ち止まっていると近くまで来た黒岩にそう言われる。
「どうせ同じ方向だし」
と言えば、”そっか”と小さく笑う彼。
唯野はそんな彼に”黒岩らしくないな”と感じていた。
どんなに残業をしようが元気の塊のような黒岩だ。
”人間か? ホントに”と訝しむほどに。
立ち止まることなくエレベーターに向かう黒岩に続いて唯野も歩を進める。
「疲れてんのか?」
「どうかな」
問いかけにも奇妙な返事しか寄越さない黒岩。
いつもはしつこいほどに絡んでくるくせに、特に話もせずに小さく歌を口ずさんでいる。
「良いことでもあった?」
「良いことかどうかわからんが、進展はあった」
子気味良い音と共にエレベーターのドアが開き、彼は先に乗り込むと開くのボタンを押したまま唯野が乗り込むの待っていた。
「進展?」
次いで乗り込み、唯野は不思議そうに問う。
「別居することにしたんだ。馬鹿らしくなってさ」
エレベーターはあっという間に目的の階へついてしまった。その為、詳しく聞きたくとも口を噤むしかない。
「着いたぞ、降りないのか?」
「降りるよ」
黒岩に促されて唯野はエレベーターの箱から降りた。
あっさりしすぎている彼に物足りなさを感じながら。
「浮かない顔をして、どうかされたのですか?」
苦情係にたどり着いた唯野は、自分の席に腰かけるとPCの電源に手を伸ばす。そんな唯野に先に着いていた板井からかけられた言葉。
会社では当たり前のことではあるが、どこまでも上司と部下なんだなあと思いながら彼を見上げると、スッと置かれたティーカップ。
「ありがと。どうもしないよ」
唯野は飲み頃のティーカップに口をつけながら、板井が隣に腰かける気配を感じていた。
「また黒岩さんですか?」
少し棘のある声音。始業までにはまだ少し時間がある。
苦情係に挨拶をしながら入ってくる部下の電車と塩田に挨拶を返し、落ち着いた唯野は返事を待っているだろう板井にチラリと視線を向けた。
「まあ、やけにあっさりとしていたから違和感を覚えただけだ。それよりも」
「なんです?」
「なんで板井は用もないのに先に行きたがるんだ?」
自分に矛先を向けられるとは思っていなかったのだろう。咽る板井を尻目にPCモニターに再び視線を戻せば、向こう側の席に座っている塩田と目が合った。
その目は”あんた、本気で言ってんのか?”と言っているように思える。もちろん自分にだって予想はついていた。それが板井の配慮なことくらい。
だがそんなもの取っ払って、その先に進みたいと思っているから聞いたのである。
「どうせ理由なんてわかっているのに、わざわざ聞くんですか?」
”そう来たか”と思った唯野は、ガラスでできた綺麗なデザインの灰皿に指を伸ばす。それは苦情係ではチョコ入れに使っているものである。
眠い時は甘いものが良い。目覚まし代わりに置いてあるものだ。板井が毎朝さりげなく全員分補充しておいてくれる。
「板井の気遣いは嬉しいけどさ」
”俺はね”と続ける唯野。
「一緒に行きたいなって思うんだよ」
「それは……」
板井が何か言おうとしたとき、
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「え?!」
何故かあらぬ誤解を受けた唯野であった。
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