33 / 47
6『返り討ちに』
5 認めてはいても苦手なアイツ
しおりを挟む
****side■唯野(課長)
唯野が何か言おうとしたところ、黒岩は前を向いたまま”しゃべるな”とでもいうように後方にいた唯野に手をかざした。
「凝りませんね、黒岩さん。俺がいないのをいいことに、また課長を口説いているんですか?」
と入り口の方から呆れを含んだ板井の声。
「お前はガミガミうるさいねえ。今日は名前で呼ばないのか?」
黒岩はいつもの様子で軽くあしらっているようだ。
伊達にたくさんの部下を抱えているわけではないなと思った。
「公私は分けます。業務中ですので」
対する板井は一歩も引く気がないようだ。将来大物になりそうだなと思いながら、唯野は黒岩の陰で肩を竦める。
そこへ我が課のムードメーカー電車の優しくてハリのある声が響く。
「課長、板井。今日はお弁当買ってきたよ」
「俺の分はないのか?」
黒岩はカウンターに寄りかかりニヤニヤしながら電車に問う。
「おわっ……何してんの。うちの課で」
初めの頃こそちゃんと敬語を使っていた電車もすっかり塩田に染まったのか、上役にあたる黒岩に対してもため口だ。
黒岩は細かいことを気にしないタイプなのか、特に何も言わないので今日《こんにち》まで放りっぱなしという状況。
もっとも、うちの会社は細かいことを気にする神経質なタイプでは務まらないだろう。何せ、常識では考えられないオカシ気な商品ばかり取り扱っているのだから。
最近バカ売れしたのは、男性の主張Tシャツだ。中でも注目を集めたのが『非童貞Tシャツ』と『脱童貞Tシャツ』である。
一見ただのバカバカしい下ネタプリントTシャツなのだが、デザインについてはどっちにするかで意見が二分し揉めに揉めたのだ。
揉めた挙句どちらも作成することで決着はついたが、『誰が着るんだあのでかでかと文字の書かれたバックプリントTシャツを……』と唯野は思ってた。
「居ない人のは買わない、これ常識。頼まれてもないしな」
そこへ電車の後ろに立っていた塩田の冷ややかな声。
「なんでもいいけど、早く食べないとせっかくのお弁当が冷めちゃうよ。ランチいってきたら?」
電車の言葉に反応し席から立つと”なんだ、いたの”という反応をする塩田。
「じゃあ、お昼行ってくるよ。行くぞ、板井」
これ以上放って置いたら昼飯に行く機会を逃しそうだと思った唯野は、電車から袋を受け取ると板井の腕を掴む。目指す場所は屋上だ。
エレベーターの前まで来ると、唯野は板井の腕を開放した。
「まだ怒っているのか」
と問えば、
「いえ、怒ってなどいません。あなたのことを心配していただけで」
と穏やかな声。
板井は基本、穏やかだと思う。
と、言うよりも彼が攻撃的になるのは黒岩が相手の時だけ。
塩田のように塩と言うわけではないが、感情は分かり辛いと思う。
それでも唯野の前でだけは、素なのだと思うこともある。
「大丈夫ですよ、あの人の辞書に諦めるという言葉がないことくらい……わかっているつもりですから」
板井はため息を一つつくと唯野をエレベーターの箱に促す。
「ごめん」
「なぜあなたが謝るんです?」
「いや、変な奴が同期で」
チラリと視線だけを板井に向ければ、彼はクスリと笑う。
「営業部ではやり手だったのでしょう? まあ、粘りと言うよりは”しつこさ”だと思いますけどね」
少し棘のある言葉を吐いて、肩を竦める。
確かに仕事では実力を発揮するやつなのだ、黒岩は。
「別に押しだけで成績を上げていたわけじゃない。アイデアが優れていたから契約を取りやすかったんだよ。機転が利くし、双方に利益の上がるような提案ができるし」
「随分と褒めるんですね」
「事実だよ。俺にはなかったモノだ」
真面目にやっているだけではダメなことを知った。ただひたすらマニュアルに添っていたいただけの自分とアイデアで道を切り開いて行った黒岩。
今の役職だって、社長は適役だと感じたから人事を動かしたのだ。
そんなことは自分が一番わかっている。ずっと営業部で見ていたのだから。
「好き、だったんですか?」
目的の階に着いたことを知らせるベルが鳴って、唯野は先に箱から降りた。
「今も昔も、あいつのことは苦手だよ」
あまりにも嫌そうな顔をしていたのか、唯野は板井に笑われたのだった。
唯野が何か言おうとしたところ、黒岩は前を向いたまま”しゃべるな”とでもいうように後方にいた唯野に手をかざした。
「凝りませんね、黒岩さん。俺がいないのをいいことに、また課長を口説いているんですか?」
と入り口の方から呆れを含んだ板井の声。
「お前はガミガミうるさいねえ。今日は名前で呼ばないのか?」
黒岩はいつもの様子で軽くあしらっているようだ。
伊達にたくさんの部下を抱えているわけではないなと思った。
「公私は分けます。業務中ですので」
対する板井は一歩も引く気がないようだ。将来大物になりそうだなと思いながら、唯野は黒岩の陰で肩を竦める。
そこへ我が課のムードメーカー電車の優しくてハリのある声が響く。
「課長、板井。今日はお弁当買ってきたよ」
「俺の分はないのか?」
黒岩はカウンターに寄りかかりニヤニヤしながら電車に問う。
「おわっ……何してんの。うちの課で」
初めの頃こそちゃんと敬語を使っていた電車もすっかり塩田に染まったのか、上役にあたる黒岩に対してもため口だ。
黒岩は細かいことを気にしないタイプなのか、特に何も言わないので今日《こんにち》まで放りっぱなしという状況。
もっとも、うちの会社は細かいことを気にする神経質なタイプでは務まらないだろう。何せ、常識では考えられないオカシ気な商品ばかり取り扱っているのだから。
最近バカ売れしたのは、男性の主張Tシャツだ。中でも注目を集めたのが『非童貞Tシャツ』と『脱童貞Tシャツ』である。
一見ただのバカバカしい下ネタプリントTシャツなのだが、デザインについてはどっちにするかで意見が二分し揉めに揉めたのだ。
揉めた挙句どちらも作成することで決着はついたが、『誰が着るんだあのでかでかと文字の書かれたバックプリントTシャツを……』と唯野は思ってた。
「居ない人のは買わない、これ常識。頼まれてもないしな」
そこへ電車の後ろに立っていた塩田の冷ややかな声。
「なんでもいいけど、早く食べないとせっかくのお弁当が冷めちゃうよ。ランチいってきたら?」
電車の言葉に反応し席から立つと”なんだ、いたの”という反応をする塩田。
「じゃあ、お昼行ってくるよ。行くぞ、板井」
これ以上放って置いたら昼飯に行く機会を逃しそうだと思った唯野は、電車から袋を受け取ると板井の腕を掴む。目指す場所は屋上だ。
エレベーターの前まで来ると、唯野は板井の腕を開放した。
「まだ怒っているのか」
と問えば、
「いえ、怒ってなどいません。あなたのことを心配していただけで」
と穏やかな声。
板井は基本、穏やかだと思う。
と、言うよりも彼が攻撃的になるのは黒岩が相手の時だけ。
塩田のように塩と言うわけではないが、感情は分かり辛いと思う。
それでも唯野の前でだけは、素なのだと思うこともある。
「大丈夫ですよ、あの人の辞書に諦めるという言葉がないことくらい……わかっているつもりですから」
板井はため息を一つつくと唯野をエレベーターの箱に促す。
「ごめん」
「なぜあなたが謝るんです?」
「いや、変な奴が同期で」
チラリと視線だけを板井に向ければ、彼はクスリと笑う。
「営業部ではやり手だったのでしょう? まあ、粘りと言うよりは”しつこさ”だと思いますけどね」
少し棘のある言葉を吐いて、肩を竦める。
確かに仕事では実力を発揮するやつなのだ、黒岩は。
「別に押しだけで成績を上げていたわけじゃない。アイデアが優れていたから契約を取りやすかったんだよ。機転が利くし、双方に利益の上がるような提案ができるし」
「随分と褒めるんですね」
「事実だよ。俺にはなかったモノだ」
真面目にやっているだけではダメなことを知った。ただひたすらマニュアルに添っていたいただけの自分とアイデアで道を切り開いて行った黒岩。
今の役職だって、社長は適役だと感じたから人事を動かしたのだ。
そんなことは自分が一番わかっている。ずっと営業部で見ていたのだから。
「好き、だったんですか?」
目的の階に着いたことを知らせるベルが鳴って、唯野は先に箱から降りた。
「今も昔も、あいつのことは苦手だよ」
あまりにも嫌そうな顔をしていたのか、唯野は板井に笑われたのだった。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。
でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。
けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。
同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。
そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集
あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。
こちらの短編集は
絶対支配な攻めが、
快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす
1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。
不定期更新ですが、
1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
書きかけの長編が止まってますが、
短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。
よろしくお願いします!
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる