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6『返り討ちに』

2 社長はひねくれもの?

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****side■板井

「は? 嘘?!」
「しっ……声がでかいぞ、板井」
 板井はいつも通り休憩を塩田と屋上で過ごしていた。
「ちょ、ちょ、ちょ待てよ……なんでそんな嘘つくんだよ」
 小声になり塩田を問い詰める板井。
「だって課長が『今日も副社長とイチャイチャしてんのか? 羨ましいやつめ』って言うから」
「課長が?」
 ”そうだよ”と肩をすくめ、軽く両手を天に向ける塩田。
「だからってあんな嘘つくなんて。百歩譲って嘘をついたなら後から訂正しろよ……副社長に変なこと聞くところだったんだぞ」
「変なこと? エッチが下手なのかって?」
 塩田の言葉に肯定の意を示せば、彼は笑っている。

「課長って結構、寂しがりやなんだな」
「そうなのかも」
 あまり気にしたことはなかったが、言われてみるとそうなのかも知れないと思った。
「可愛いよな」
といえば、塩田に変な顔をされる。
「な、なんだよ」
「板井は恋愛するとそんな感じなんだなと」
 彼の感想に苦笑いをし、
「そっちはどうなんだよ」
と問う。
「皇は繊細だな」
 何を言わんとしているのかわからなかったが、彼の笑顔からうまくいってることだけは読み取れた。

 午後は副社長の皇から連絡を貰い、指定の場所へ。
「板井、呼び出して悪かったな」
「いえ」
 いつもとは階の違う休憩室。やはり唯野を避けているのだろうか? そんな感想を持った。
「社長と話したよ」
 彼はカフェオレを一つ、板井に差し出しながら。板井は頭を下げ、それを素直に受け取った。
 ソファーに腰かけ背もたれに片腕をかけ、足を組んだ皇。
 板井は話がしやすいように向かい側に腰かけた。手の中のカフェオレを弄びながら、言葉の先を待つ。

「黒岩さんを嗾《けしか》けたことは認めたが、理由については話してくれなかった」
「そうですか」
 落胆する板井に、
「恐らく、俺は部外者だからだと思う。直接社長に聞いてみたらどうだ?」
と提案する彼。
「いや、社長でしょう? そんな簡単に話ができるんですか?」
「問題ないよ。俺が交渉するから」
 どの道話を聞かなければどうにもならない。板井は皇の言葉に甘えることにした。

「ところで副社長」
「ん?」
「やっぱり気になるんですが」
 ”何がだ?”と彼。
「副社長と課長の関係が」
 仲が悪いわけでもないのに避けている理由が。
 彼は”いい加減しつこいねえ”とでも言いたげにふふっと笑う。
「そんな知りたいのかよ」
「はい」
「そっか。ま、笑い事じゃないんだけどな」
 皇はカフェオレをローテーブルの上に置くと足を組みなおし、”あまり板井には知られたくないんだが”と前置きをして、
「唯野さんが社長からパワハラを受けているのは、どうやら俺のせいらしんだ」
と告白した。
「え? は?」
「俺も最初は驚いたよ」
と彼。
 ため息を一つつくと、
「社長は俺が唯野さんを慕ってるのが気に入らないらしい」
と零す。

──ん?

 皇の告白の内容に板井は違和感を持つ。
 我が苦情係は確かおかしな位置にあったはずだ。
 (株)原始人には苦情係の他にカスタマーセンターがある。苦情係というのは悪質クレーマー対応の部署。つまりカスタマーセンターの一部でもおかしくはない。
 とは言え、悪質クレーマーというのは一部の客に過ぎない。その為、手すきの時は他の部署を積極的に手伝っているのだ。
 それなのに苦情係はまるで孤島。
 小さな部署だからという理由だけでは片付けられない、変な位置にある。

 つまり、何故唯野と皇が仲が良いことが気にいらないのに、唯野の上が皇なのか? 二人は営業部時代から仲が良かった。そういうことなら、何故そんな配置にしたのか謎である。

 板井が自分の疑問について口にすると、
「社長はきっとひねくれているんだよ」
と皇はため息をついた。
「ドMってことですか?」
と板井。
 見たくないものをあえて見る。それはドM以外の何物でもない。
「わざと近い位置にいさせて、精神的に追い詰める算段なのかもしれんな」
 皇はそんな社長にうんざりしているように感じたのだった。
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