23 / 47
5『変わり始めた日常』
1 板井と皇
しおりを挟む
****side■板井
「あっ……副社長」
「なんだ、そんなに慌てて」
板井が企画室から出ると、副社長皇とぶつかりそうになり慌てた。
廊下はそこまで広くないのだから、スライド式にしてくれたらいいのにと思っていると、自動販売機の前まで歩いて行った彼が、
「何か飲むか?」
とスマホを販売機に向けている。
「企画部は居心地が良くないんですよ」
「そっか」
二人、自動販売機のベンチに腰かけて。
「ところで大好きな唯野さんとは、懇意になれたのか?」
こちらを覗き込むように言われ、板井はむせる。
「大好きって……」
「大好きなんだろ?」
「ええ……それはまあ……」
そんな板井に彼はフッと笑う。
「俺も大好きだったよ。入社したばかりの頃さ」
恋愛とは違う意味でね、と付け加え。
「今は?」
過去形で述べたことが気になり、そう口にしてしまう。もしかしたらデリケートな問題で、踏み込むべきではないのかもしれないと思いながら。
「申し訳ない気持ちでいっぱいなんだ」
彼は明るいベージュの髪にいつもブラント物のスーツを身に着け、良い香りを纏った人物。まるで花に集まる虫たちのように、人が集まる。
尊大な態度で振舞うが、一歩社外に出れば別人のように気品に溢れた立ち居振る舞いをする人。社内での尊大な態度は内弁慶ではなく、社長の指示なのだと誰かから聞いたことがある。
周りの目がなければ、このように気さくなのでその話には信ぴょう性を感じた。現にしょっちゅう社長に呼ばれる唯野の代わりに、苦情係の仕事を自ら手伝ってくれる。
下に妹と弟がいるらしく、時々お兄ちゃんの顔も覗かせ、板井個人としては好感を持っていた。
「課長となにかあったんですか?」
それは純粋な興味。
だが、
「何かあったのは、板井の方だろ?」
と彼がクスッと笑う。
「唯野さんの首に痕つけたの、お前だろ?」
と次いで問われ、板井は顔を赤らめた。
「独占欲、強いんだな」
ストレートティーを一口含むと軽くため息をついて。
「ま、まあ」
と、板井は手に持っていたペットボトルをゴミ箱へ放りながら。
誤魔化されてしまったなと感じていた。
この間の変な様子にはきっと意味がある。
すまないと思うことにも。
けれども、その先は入り込めない場所。
「さて、行くか」
立ち上がった皇はペットボトルをゴミ箱へスルリと落とす。
どんな仕草にも品を感じながら、先《せん》だって歩き出す彼に板井は続く。
そしてその背中へ、
「今でも仲は良いんですか?」
と問いかける。
すると立ち止まり、驚いた顔をして彼が振り返った。
「仲が悪いように見えるのか?」
「あ、いや……」
口ごもる板井。皇はヤレヤレというように肩を竦める。
完全に質問が失敗してしまったなと思った板井だったが、どうして彼は『いいよ』と言わなかったのか引っかかりを感じていた。
「何してんだ、黒岩さん」
苦情係に戻ると、総括黒岩が唯野に絡んでいる。
カウンターに軽く覆い被さり、身を乗り出す黒岩の背をポンっとバインダーで軽く打つ皇。
「皇」
皇は副社長でありながら、総括黒岩と塩田には呼び捨てにされている。
黒岩の場合はかつての後輩だからだと思われたが、塩田は単純に礼儀がないだけだ。それを気にするわけでもない皇は、やはり大物だなと思う。
「遊んでないで、業務に戻る。休憩なら休憩室に行く」
当たり前のことを言われ、黒岩は抗議しようとしたがやめたようだ。
「そんなだから、残業三昧になるんだぞ?」
皇はため息をつくと、カウンターの向こう側へ。板井もそれへ続き、唯野の横に腰かけた。
すると、隣から小さく”助かった”という声が。
どうやら唯野は黒岩を追い払えず、困っていたのだった。
「あっ……副社長」
「なんだ、そんなに慌てて」
板井が企画室から出ると、副社長皇とぶつかりそうになり慌てた。
廊下はそこまで広くないのだから、スライド式にしてくれたらいいのにと思っていると、自動販売機の前まで歩いて行った彼が、
「何か飲むか?」
とスマホを販売機に向けている。
「企画部は居心地が良くないんですよ」
「そっか」
二人、自動販売機のベンチに腰かけて。
「ところで大好きな唯野さんとは、懇意になれたのか?」
こちらを覗き込むように言われ、板井はむせる。
「大好きって……」
「大好きなんだろ?」
「ええ……それはまあ……」
そんな板井に彼はフッと笑う。
「俺も大好きだったよ。入社したばかりの頃さ」
恋愛とは違う意味でね、と付け加え。
「今は?」
過去形で述べたことが気になり、そう口にしてしまう。もしかしたらデリケートな問題で、踏み込むべきではないのかもしれないと思いながら。
「申し訳ない気持ちでいっぱいなんだ」
彼は明るいベージュの髪にいつもブラント物のスーツを身に着け、良い香りを纏った人物。まるで花に集まる虫たちのように、人が集まる。
尊大な態度で振舞うが、一歩社外に出れば別人のように気品に溢れた立ち居振る舞いをする人。社内での尊大な態度は内弁慶ではなく、社長の指示なのだと誰かから聞いたことがある。
周りの目がなければ、このように気さくなのでその話には信ぴょう性を感じた。現にしょっちゅう社長に呼ばれる唯野の代わりに、苦情係の仕事を自ら手伝ってくれる。
下に妹と弟がいるらしく、時々お兄ちゃんの顔も覗かせ、板井個人としては好感を持っていた。
「課長となにかあったんですか?」
それは純粋な興味。
だが、
「何かあったのは、板井の方だろ?」
と彼がクスッと笑う。
「唯野さんの首に痕つけたの、お前だろ?」
と次いで問われ、板井は顔を赤らめた。
「独占欲、強いんだな」
ストレートティーを一口含むと軽くため息をついて。
「ま、まあ」
と、板井は手に持っていたペットボトルをゴミ箱へ放りながら。
誤魔化されてしまったなと感じていた。
この間の変な様子にはきっと意味がある。
すまないと思うことにも。
けれども、その先は入り込めない場所。
「さて、行くか」
立ち上がった皇はペットボトルをゴミ箱へスルリと落とす。
どんな仕草にも品を感じながら、先《せん》だって歩き出す彼に板井は続く。
そしてその背中へ、
「今でも仲は良いんですか?」
と問いかける。
すると立ち止まり、驚いた顔をして彼が振り返った。
「仲が悪いように見えるのか?」
「あ、いや……」
口ごもる板井。皇はヤレヤレというように肩を竦める。
完全に質問が失敗してしまったなと思った板井だったが、どうして彼は『いいよ』と言わなかったのか引っかかりを感じていた。
「何してんだ、黒岩さん」
苦情係に戻ると、総括黒岩が唯野に絡んでいる。
カウンターに軽く覆い被さり、身を乗り出す黒岩の背をポンっとバインダーで軽く打つ皇。
「皇」
皇は副社長でありながら、総括黒岩と塩田には呼び捨てにされている。
黒岩の場合はかつての後輩だからだと思われたが、塩田は単純に礼儀がないだけだ。それを気にするわけでもない皇は、やはり大物だなと思う。
「遊んでないで、業務に戻る。休憩なら休憩室に行く」
当たり前のことを言われ、黒岩は抗議しようとしたがやめたようだ。
「そんなだから、残業三昧になるんだぞ?」
皇はため息をつくと、カウンターの向こう側へ。板井もそれへ続き、唯野の横に腰かけた。
すると、隣から小さく”助かった”という声が。
どうやら唯野は黒岩を追い払えず、困っていたのだった。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。
でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。
けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。
同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。
そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集
あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。
こちらの短編集は
絶対支配な攻めが、
快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす
1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。
不定期更新ですが、
1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
書きかけの長編が止まってますが、
短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。
よろしくお願いします!
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる