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3『進展しない二人に』

1 羨ましいと嘆く唯野に

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****side■唯野(課長)

『はあ?』
「今日も副社長とイチャイチャしてんのか? 羨ましいやつめ」
 それは塩田が板井に電話をする数十分前に遡る。
『何を言い出すかと思えば……。すればいいじゃん、板井と』
「な?!」
 塩田と通話をしていた唯野は、驚いてベッドから転げ落ちた。
 塩田は自分の課の部下であり、誰に対してもこの調子である。初めは驚いたが、最近では彼のタメ口も気にならない。そういえばもう一人の部下、電車でんまもタメ口だったなと唯野は、ぼんやり思った。

『凄い音したけど、大丈夫か?』
「ああ。ちょっとベッドから落ちただけだ。つか、なんだよ。板井と、って!」
 板井と付き合い始めたことは、まだ話していないはずだ。
 何で知ってるんだよと、唯野は赤くなったり青くなったりした。

──板井は塩田と仲が良かったんだっけ。
 だからといって、そんなすぐに話すか?

「板井から聞いたのか?」
 恐る恐るそう聞くと、
『いや。見てたらわかるだろ? 今日、アイツ機嫌良かったし。付き合ってんだろ?』
と言われ、塩田の質問に唯野はむせた。
 彼の勘が良いのが、それとも板井が分かりやすいだけなのか。
「俺はその質問に、明確な答えを提示しなければならないのか?」
『答えたくないなら、そういえば良いのに』
 唯野の返しに、珍しく彼が声を出して笑っている。
 塩田はあまり笑わない男だ。そんな彼が声を出して笑うのが意外だった。

「別に答えたくないとかでは……」
 ”一体なんの意地を張っているんだろうか、自分は”と思いつつ語尾を濁す、唯野。
『羨ましいって思うなら、会えばいいのに』
 塩田は唯野が動揺している理由については、追求するつもりはないらしい。
 金曜の夜だ。明日は仕事もない。会いたいのは山々だが、会社で一日顔を合わせていたのだ。

──恋人とは言え、俺は上司。
 呼び出されたら、嫌かもしれないし。

 唯野は一人悶々としていた。板井に対してだけは何故か、初恋でもしたように臆病になってしまう。恋人なのだから、電話くらいしても良いだろうと思うのだが。

『課長って、意外と消極的?』
 入社したばかりの頃は無口だった塩田が、こんなに話をしてくれるのは意外だった。一時期は彼に恋心を抱いたこともあったが、早々に副社長と付き合い始めてしまった為、諦めたという経緯がある。
 塩田とつきあっていたなら、もっと積極的になれたのだろうか? とぼんやり想いを馳せるが、彼はやたらモテるのだ。自分は嫉妬でおかしくなるかも知れないと、唯野は考えを改めた。
 
──板井とだから上手くいっているんだ。
 上手くいっているのか?

 心の中で訳の分からない一人ツッコミをしていると、返答がないことに痺れを切らしたのだろうか?
『板井からそっちに連絡行くよう、仕向けてやるよ』
と世話を焼いてくれた。
 塩田はその性格から想像がつき辛いが、とても世話焼きで優しいのだ。電車でんまなどはその代表で、入社当時多忙で最終列車を逃しては塩田の家に寝泊まりしていたらしい。
 そのこともあってか、塩田と電車もとても仲が良い。

──副社長がご乱心になるほどにな。

「仕向けるってなにを言う気だ?」
 しかしながら、彼の作戦の内容が気になる。内容次第では、重い奴だと思われかねない。
『板井が課長に会いたくなるように、惚気のろける』
「……」

──待て、塩田にそんな高等技術使えるのか?

 唯野が一抹の不安を感じたことは言うまでもない。
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