上 下
9 / 47
2『進み続けた時間』

1 告白と口づけ

しおりを挟む
****side■板井

 変わらない毎日を繰り返している。そう思っていたのに、いつの間にか日常は変化を遂げていた。

『あなたが好きです。俺とお付き合いしませんか?』

 近くの資料室に唯野を連れ込み、その唇に口づける。
「俺のこと、好きですよね?」
 別に確信があったわけじゃない。しかしちょっとそっけない態度を取ったくらいで泣かれるのは……正直、どうかと思う。
「うん……」
 伏し目がちな瞳は床を見つめたまま。

──うんって……可愛い。

 このまま強引に押せば、きっと彼は首を縦に振るだろう。しかし、流されてつき合うという結果になるのは避けたかった。

「板井……あのさ」
「あ、すみません。電話です」
 板井の胸ポケットのスマホがブルっと震え、板井は彼の言葉を遮る。
「分かった。俺、先に行くわ」
「え?」
 彼は板井の胸をそっと押しのけると、脇をすり抜けた。板井は慌てて手を伸ばしたが、その手はくうを切る。
「早く出ろよ」
 ドアに手をかけた唯野は、いつもの上司としての顔でこちらを振り返り、そして視線を前に戻すとそのまま出て行った。
「え……?」
 板井はスマホを持ったまま、呆然と立ち尽くす。

──もしかして、チャンスを失ったのか?
 嘘だろ……?

 どれくらいそうしていただろうか?
 いつの間にか切れたスマホが再びぶるっと震えて、板井は我に返った。
「はい……」



「よう、板井。こんなところで会うなんて珍しいな」
「副社長」
 企画部から出たところで、板井は皇副社長に遭遇した。ベージュ系のさらさらの金髪がトレードマークであり、童顔で整った顔をした、わが社の副社長様だ。自分たちとは二つくらいしか年が違わない。
「副社長もこちらに用が?」
「ああ。まあ」
 大した用じゃないというように、ジェスチャーをする彼を板井はぼんやりと眺めていた。確か彼は、唯野の営業部時代の後輩だ。あまり懇意にしているところは見たことがないが、総括黒岩が言うには”二人はとても仲が良かった”そうだ。

「副社長」
「ん?」
 こちらを見上げる彼から視線を床に移す。
 彼からならば、活路を見出す出すための情報を得られるだろうか?
「どうしたら、課長と懇意になれるんですか?」
 板井の質問に皇は、ゆっくりと目を見開いた。
「懇意って……おま……」
「どうしたら、あの人の心の中に入ることが出来るんです?」
 板井は静かに視線だけを彼に向ける。皇は青ざめた顔をしてこちらを見ていた。
「仲……いいんですよね?」
「ああ。確かに他の奴らよりは仲はいいとは思うよ」
 青ざめた顔をしていた皇は、歯切れの悪い言い方をする。板井は、皇が唯野と仲が良いことを隠していたことがバレて青ざめているのかと思った。
「けれど、あの人の心に入ることなんてできはしないし、そんな方法は知らない」
「え?」
「嘘じゃない。あの人は他人に心を開かない」
 ”誰も信用してないから”と続けて。

 板井は、唇を噛みしめ拳を握りしめる皇を見ていた。きっと彼は嘘を言っているわけではないのだろう。

──これじゃ、もう打つ手がない。
 どうすれば……。

「板井」
「!」
 なんと言おうか迷っていると、突然背後から自分を呼ぶ声がした。
「こんなところにいたのか。早く戻って来い」
「課長」
 板井を呼ぶ唯野の声に皇の視線が動くのが分かった。
「板井、またな」
「副社長……」
 板井の陰に居た副社長は、スッと扉の中へ姿を消す。まるで、唯野を避けるように。

──何かあるのか? この二人……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

処理中です...