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2*俺の弟
5 人を愛することは尊いこと
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「面白かった?」
「うんッ」
映画を見終えると予約を入れたホテルに向かいつつ久隆に尋ねた。
少し眠そうだなと思い、髪を撫でるとネコのように擦り寄ってくる。
「眠いのか?」
「少しだけ」
とろんとした瞳。朝からあちこちへ連れまわしているので無理も無い。
手を引きホテルのロビーに入っていけばホテルの支配人が近づいてきた。
大崎グループ系列の一流ホテルである。
「圭一様」
圭一は大崎グループの時期副社長、顔なじみだ。
「予約しているんだが」
「存じております」
彼が案内してくれたのは圭一自身も良く知っているスイートルームのある最上階直通のエレベーター。
「ありがとう、後は大丈夫だから」
案内しようとするのを制止し、仕事へ戻るようにと促す。
「久隆」
箱へ乗り込むと首に両腕を回させ抱き上げた。
「お兄ちゃん」
「ん?」
二人きりになるとすっかり甘えん坊で可愛らしい。早く部屋で休ませてやりたいと思った。
肩に頭を預ける久隆の髪にちゅっと口づける。箱は夕焼けの中を上へ向かっていく。
腕の中の久隆はぼんやりとそれを見つめ、
「綺麗」
と溢した。
夜景はもっと綺麗だ。きっと喜ぶだろうと思うと笑みがこぼれる。
スイートはリビングが全面ガラス張りで景色が良く見えた。
「凄いね」
「いいだろ」
うとうとしながら感想を述べる久隆をさらに奥のベッドルームへ。
傍らにはシルクの寝巻きが用意されていた。
「そのまま寝ると風邪引くから」
「うん」
細いネクタイを引き抜き、プチプチとシャツのボタンを外していくと絹のような手触りの肌に触れる。いけない感情が圭一の理性の扉を叩く。寝込みを襲うような真似はしたくない。したくは無いが……。
「お兄……ちゃん」
「ん?」
ズボンに手をかける圭一の手に久隆の手が触れる。圭一はハッとした。
「添い寝してくれる?」
甘えた声。胸の奥がきゅんとする。いかがわしいことばかり考えている自分を恥じた。
ふにゃふにゃの久隆を着替えさせると、隣に潜り込み胸に抱き寄せた。
「もちろんだよ」
「お兄ちゃん、好き」
「大好きだよ」
「暖かい」
目を閉じる久隆の髪を撫でると安心したように目を閉じる。
温かいとは幸せなこと。優しさだったり、温もりだったり。
──どうして人は人の道を遮るのだろう?
どうして幸せを引き裂くのだろう?
誰が幸と不幸の線引きをするのだろう?
ただ、愛した者が実の弟というだけ。
生涯を共にしたい相手が弟というだけ。
いつかは父に言わねばならないことだ。
久隆と共に居たいということを。
結婚はしないということを。
父は許すだろうか?
父が許したとして、一族の者たちはなんと言うだろうか?
ぼんやりと考えてみたが、あまり煩く言いそうな者は居なそうである。
叔母である夏海は無性愛者としてとても苦しんだ。
同性婚可能な時代であるにも関わらず、誰も愛することができない。そのことを祖父母に言えないまま苦しみ続け嘘をついた。叔母を愛した人と婚姻し、たった三ヶ月で離婚。
理由を知っているのは叔母の親友である……大里夫人と自分、そして婚姻相手のみだ。
その後、結婚はこりごりという体を貫いている。
そんな叔母だからこそ、恐らく自分たちの味方をしてくれるだろう。
では自分たちの敵は、世間か。
「んん……」
久隆がもぞもぞと頭を動かすものだから理性が揺さぶられる。
「お兄ちゃん……」
「ここにいるよ」
よしよしと背中を撫でながら、目を閉じた。
まるで世界に二人きりのように静かだ。このまま二人で消えてしまいたい、そんな事を思う。
『にーたん』
それはまだ久隆が三つの頃のこと。
母を失ったばかりの弟は以前にも増して甘えん坊で、学校から帰る圭一を大崎邸のエントランスで待っていた。
『久隆、だめだろ? 風邪引いちゃうよ』
『にーたん!』
ぎゅうっと足にしがみつく弟が可愛くて、切なかった。
”圭一、久隆をお願いね”
母はいつでも弟のことを気にかけていて。
”圭一、ごめんね”
”何故あやまるの?”
”これからきっと、圭一には辛い思いばかりさせてしまうから”
”大丈夫だよ”
『にーたん、しゅき』
『うん、大好きだよ。おいで』
『だっこ?』
”抱っこが大好きなのは温もりを求めているから”だと気付いたのはだいぶ後だ。
『だっこしてあげる』
周りから見ればただの仲の良い兄弟に見えていたのかもしれない。
しかし自分は母と約束したのだ。弟を守ると。
「傍にいるよ」
ずっとずっと傍に居るよ。
だからどうか、傍にいて。
他には何も要らないから。
「どうして、泣いてるの?」
久隆はそっと顔をあげるとそう圭一に問う。
そこで初めて自分が泣いていたことに気付くのだった。
「うんッ」
映画を見終えると予約を入れたホテルに向かいつつ久隆に尋ねた。
少し眠そうだなと思い、髪を撫でるとネコのように擦り寄ってくる。
「眠いのか?」
「少しだけ」
とろんとした瞳。朝からあちこちへ連れまわしているので無理も無い。
手を引きホテルのロビーに入っていけばホテルの支配人が近づいてきた。
大崎グループ系列の一流ホテルである。
「圭一様」
圭一は大崎グループの時期副社長、顔なじみだ。
「予約しているんだが」
「存じております」
彼が案内してくれたのは圭一自身も良く知っているスイートルームのある最上階直通のエレベーター。
「ありがとう、後は大丈夫だから」
案内しようとするのを制止し、仕事へ戻るようにと促す。
「久隆」
箱へ乗り込むと首に両腕を回させ抱き上げた。
「お兄ちゃん」
「ん?」
二人きりになるとすっかり甘えん坊で可愛らしい。早く部屋で休ませてやりたいと思った。
肩に頭を預ける久隆の髪にちゅっと口づける。箱は夕焼けの中を上へ向かっていく。
腕の中の久隆はぼんやりとそれを見つめ、
「綺麗」
と溢した。
夜景はもっと綺麗だ。きっと喜ぶだろうと思うと笑みがこぼれる。
スイートはリビングが全面ガラス張りで景色が良く見えた。
「凄いね」
「いいだろ」
うとうとしながら感想を述べる久隆をさらに奥のベッドルームへ。
傍らにはシルクの寝巻きが用意されていた。
「そのまま寝ると風邪引くから」
「うん」
細いネクタイを引き抜き、プチプチとシャツのボタンを外していくと絹のような手触りの肌に触れる。いけない感情が圭一の理性の扉を叩く。寝込みを襲うような真似はしたくない。したくは無いが……。
「お兄……ちゃん」
「ん?」
ズボンに手をかける圭一の手に久隆の手が触れる。圭一はハッとした。
「添い寝してくれる?」
甘えた声。胸の奥がきゅんとする。いかがわしいことばかり考えている自分を恥じた。
ふにゃふにゃの久隆を着替えさせると、隣に潜り込み胸に抱き寄せた。
「もちろんだよ」
「お兄ちゃん、好き」
「大好きだよ」
「暖かい」
目を閉じる久隆の髪を撫でると安心したように目を閉じる。
温かいとは幸せなこと。優しさだったり、温もりだったり。
──どうして人は人の道を遮るのだろう?
どうして幸せを引き裂くのだろう?
誰が幸と不幸の線引きをするのだろう?
ただ、愛した者が実の弟というだけ。
生涯を共にしたい相手が弟というだけ。
いつかは父に言わねばならないことだ。
久隆と共に居たいということを。
結婚はしないということを。
父は許すだろうか?
父が許したとして、一族の者たちはなんと言うだろうか?
ぼんやりと考えてみたが、あまり煩く言いそうな者は居なそうである。
叔母である夏海は無性愛者としてとても苦しんだ。
同性婚可能な時代であるにも関わらず、誰も愛することができない。そのことを祖父母に言えないまま苦しみ続け嘘をついた。叔母を愛した人と婚姻し、たった三ヶ月で離婚。
理由を知っているのは叔母の親友である……大里夫人と自分、そして婚姻相手のみだ。
その後、結婚はこりごりという体を貫いている。
そんな叔母だからこそ、恐らく自分たちの味方をしてくれるだろう。
では自分たちの敵は、世間か。
「んん……」
久隆がもぞもぞと頭を動かすものだから理性が揺さぶられる。
「お兄ちゃん……」
「ここにいるよ」
よしよしと背中を撫でながら、目を閉じた。
まるで世界に二人きりのように静かだ。このまま二人で消えてしまいたい、そんな事を思う。
『にーたん』
それはまだ久隆が三つの頃のこと。
母を失ったばかりの弟は以前にも増して甘えん坊で、学校から帰る圭一を大崎邸のエントランスで待っていた。
『久隆、だめだろ? 風邪引いちゃうよ』
『にーたん!』
ぎゅうっと足にしがみつく弟が可愛くて、切なかった。
”圭一、久隆をお願いね”
母はいつでも弟のことを気にかけていて。
”圭一、ごめんね”
”何故あやまるの?”
”これからきっと、圭一には辛い思いばかりさせてしまうから”
”大丈夫だよ”
『にーたん、しゅき』
『うん、大好きだよ。おいで』
『だっこ?』
”抱っこが大好きなのは温もりを求めているから”だと気付いたのはだいぶ後だ。
『だっこしてあげる』
周りから見ればただの仲の良い兄弟に見えていたのかもしれない。
しかし自分は母と約束したのだ。弟を守ると。
「傍にいるよ」
ずっとずっと傍に居るよ。
だからどうか、傍にいて。
他には何も要らないから。
「どうして、泣いてるの?」
久隆はそっと顔をあげるとそう圭一に問う。
そこで初めて自分が泣いていたことに気付くのだった。
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