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四章 ━━━━【この世で一番愛しい人】

5.5♡【あの年のバレンタイン5】

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 ****♡Side・圭一

 圭一は、そっと自分の唇に指先で触れた。まだ、感触が残っている。圭一は都筑をのこしたまま、従業員食堂からエントランスへ向かう。このあと大里の令嬢と会食の予定が入っている。例え偽りの恋人同士であっても…いや偽りだからこそ、特別な日には一緒に出掛ける必要があった。エントランスにつくと、清楚なドレスに身を包んだ彼女が立っている。白を基調とし、しっかりと首元も覆っている。圭一に気づくと彼女は、
「圭一くん」
 と名前を呼び、上品に微笑む。
「待たせて悪い」
「いいえ」
 圭一は彼女から背後へ一瞬視線を移す。いるはずのない、愛しい人ことを思いながら。愛した相手は、ただ一人だけ。長い長い恋だった。

 ────都筑。

 あのまま彼をどうにかしてしまいたかった。恋人の行事であるバレンタインに、好きな人と過ごすことも出来ないとは、なんと辛いことだろうかと思う。八歳という年の差は、今の圭一には大きな壁であった。

 **

「圭一さん」
 バレンタインの切ない思い出に浸っていた圭一は、愛しい人に声をかけられ、顔をあげる。圭一は、ぼんやりと、カウンターに片肘をつき頬杖をついていたのだった。
「都筑」
「この間のこと、まだ怒っていますか?」
 傍まで歩いてきた彼の腰に腕を回し、抱きつこうとした圭一は固まった。この間のこと。それは圭一が最も忘れたいことでもあった。
「あ…いや。怒ってはない」
 と圭一が答えると、
「あなたを信用していなかったこと」
 と想像とは違う言葉が返って来る。
「そ…そっちな」
 都筑がヤキモチ妬きなことくらいは、重々承知だ。彼の身体を引き寄せ、膝の上に腰かけさせる。密着するとその体温に、落ち着く。
「また、したいって言ったらどうします?」
「え?」
 彼を見つめ、再び凍りつく圭一。都筑に良いようにされ、抵抗できなかった自分。彼が大切だからこそ、傷つけたくないからこそ抵抗しなかった。

「良くなかったですか?」
 ズルいと思う。そんな風に聞かれたら、答えなくてはいけないではないか。
「良くないと言うか…俺はされるより、したい」
「でも、感じてましたよね?」
 圭一はぎゅっと彼を抱きしめ目を閉じる。自分はプライドの高い男だと思う。しかし、都筑には弱い。彼の願いならば、何でも叶えてあげたいと、思ってしまう。
「都筑は、俺をどうしたいんだよ」
 と圭一が、ため息混じりに問うと、
「そうですねえ…縛り付けて、恥ずかしがるあなたを無理矢理、蹂躙したいです」
 という答えが返って来る。圭一は、絶句した。
「ちょ…」
 言葉に詰まった圭一は、聞かなきゃ良かったと思ったのだった。
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