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5話『翻弄される俺たちの運命』
6 新たな問題
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****♡Side・葵
葵は大きなキャリーケースを片手に一人大通りを目指していた。
このまま家に居ては、身の危険は免れない。
父に、
『久隆くん以外はイヤだ』
とタンカを切ってしまった手前、何処にも行きようがない。
頼みの綱の大里とは連絡が取れない。葵は何度目か分からない大きなため息をついた。大崎邸が何処にあるかは知っている。
今から葵はそこへ向かおうというのだ。いつもは自分を守ってくれる母も先日から家に居ない。どうやら倒産を回避するため、方々走り回っているらしい。
「これから、どうしよう」
大通りに差し掛かると車がせわしなく行き交っており、彼らはこんな悩みを抱えてはいないだろうと恨めしくなる。
──どうして自分には、こんな時頼れる人がいないのだろう。
悲しくなってキャリーケースの上に腰かけると、ぼんやりと通りを眺めていた。
「片倉くん?」
それは突然だった。
まだ若いが成人男性の声。目の前に高級車が停止し、身構えた。お見合い相手の一人かもしれないと。
しかし、その予想はどうやら外れたようだ。
「こんなところで、どうしたの。家出?」
車の後部座席から降りて来た人はとても意外な人物。
「久隆くんのお父さん?」
彼は大崎グループの社長。【大崎奏】、久隆の父である。
葵は彼をパーティーで何度か見かけたことがあった。
「とりあえず、乗りなよ」
と後から出てきた美形の男性が葵に声をかける。
運転手が降りて、車のトランクを開けていた。
「真咲様、わたくしがやりましょう」
美形の男性はどうやら真咲というらしい。彼が葵のキャリーケースを持ち上げトランクにしまう。
「おいで」
と、奏。
一緒に後部座席に座っていたはずの真咲は助手席へ乗り込んだ。
「あ、あのっ」
行くあてがなかったから言われるまま車に乗り込んだものの、行くあてがないのは変わらない。
葵が何か言おうとすると、
「会社、大変なんだってね」
と奏。
母が手助けを頼みに行ったのだろうか、それともニュースで知ったのだろうか。そんな風に彼は切り出した。葵は頷くしかない。
「でも、もう大丈夫だからね」
と、彼。
一体どういうことなのだろうか。
「うちが、手を貸すことになったから」
「ホントですか⁈」
「うん」
と、葵の言葉に頷く彼。
「ところで、君は何故家出してきたの?」
葵は、この時何故か彼なら自分の力になってくれる気がした。自分を地獄から救ってくれるような。
──形だけでも、久隆の婚約者になれたなら……。
葵は意を決し、自分の置かれている状況を奏に話すことにした。まさかホントに久隆の婚約者という立場になるとは思わずに。
****♡Side・咲夜(義弟)
咲夜は自分の叔父である、【姫川都筑】の運転する車の後部座席で祈りを捧げるように手を握り合わせ、膝に肘をつくと目を閉じる。
久隆の兄であり自分の義理の兄にあたる【大崎圭】が助手席で、ただじっと前を見つめていた。ピリピリとした空気のなか、口を開いたのは叔父である。
「圭一さん。兄が、すみませんでした」
咲夜の父は都筑の十五コ上の兄。
「都筑が謝ることでもないだろ」
「しかし……」
大崎家と姫川家の関係は普通ではない。
皆、”運命の恋人”に関する伝承のことは知っている。無理矢理引き裂かれた二人の末路も。
知らないのは久隆くらいだ。
「真咲さんだって何も咲夜が憎くてしたことじゃない。久隆に恋人がいると知り、結ばれないなら忘れさせることの方が幸せだって思ったんだろう」
咲夜の父、真咲は既に咲夜が久隆と肉体関係であるという事を知らなかった。知っていれば、こんな暴挙には出なかったはずなのだ。
それに聖が大崎邸に来た時、咲夜との邪魔をするなと彼を止めたのは他でもない真咲だ。誰よりも息子の幸せを願い、二人が結ばれるようにと祈った。
それなのに久隆の恋人は聖だという。絶望したのは真咲の方かもしれなかった。
──久隆に逢いたい。ぎゅってして欲しい。
二人のやり取りを聞きながらも、咲夜の心は彼のことでいっぱいだった。泣かないようにぎゅっと瞳を閉じる。
会社から大崎邸までは一時間はかからないはずなのに、やけに長く感じた。
息が苦しくなってきたころ、
「着きましたよ」
という都筑の声で車は屋敷の門をくぐり敷地内に入る。
玄関までの距離は二十メートルほど。車でならすぐの距離だが気が逸る。やがて車は玄関前に横づけされ、咲夜は転がるように車から飛び出す。
「咲夜、慌てると転ぶぞ」
兄も続いて車から降りると、都筑はそのまま降りずに車庫へ。
咲夜は飛びつくように重たい木のドアを開ける。
中に入ろうとして何かかが咲夜に飛びついた。転びそうになる咲夜の背を抑える、圭一。
「久隆、飛び出して来たら危ないだろ」
と、圭一。
「咲夜……さくや……」
久隆は、ぎゅっと咲夜を抱きしめている。咲夜もおずおずとその背中に手を回した。
湾曲した階段下で聖がこちらをホッとした顔をし見ているのが、咲夜の視界に入る。
「おかえり、無事で良かった」
「ただいま、久隆」
彼の良い匂いが咲夜を包む。本能を刺激する香り。運命の恋人の証。
「とりあえず中に入らないか?」
と、困り顔の圭一。
だが残念なことに、簡単に感動の再会とはならなかった。
三人が中に入ろうとしたその時、いつの間に着いていたのだろうか、
「感動の再会のところ悪いんだけれど」
と、真咲の声がする。
三人は振り返った。
「新たな問題が起こったよ」
と、奏。
咲夜をまた連れ去る気かと勘違いし二人を庇うような態勢をとっていた圭一。
しかし意外な言葉に咲夜と久隆は圭一の後ろから奏を見つめた。
「新たな問題?」
と、圭一。
すると大きなキャリーケースを引いた【片倉葵】が申し訳なさそうな顔をして、奏の後ろから姿を現したのだった。
葵は大きなキャリーケースを片手に一人大通りを目指していた。
このまま家に居ては、身の危険は免れない。
父に、
『久隆くん以外はイヤだ』
とタンカを切ってしまった手前、何処にも行きようがない。
頼みの綱の大里とは連絡が取れない。葵は何度目か分からない大きなため息をついた。大崎邸が何処にあるかは知っている。
今から葵はそこへ向かおうというのだ。いつもは自分を守ってくれる母も先日から家に居ない。どうやら倒産を回避するため、方々走り回っているらしい。
「これから、どうしよう」
大通りに差し掛かると車がせわしなく行き交っており、彼らはこんな悩みを抱えてはいないだろうと恨めしくなる。
──どうして自分には、こんな時頼れる人がいないのだろう。
悲しくなってキャリーケースの上に腰かけると、ぼんやりと通りを眺めていた。
「片倉くん?」
それは突然だった。
まだ若いが成人男性の声。目の前に高級車が停止し、身構えた。お見合い相手の一人かもしれないと。
しかし、その予想はどうやら外れたようだ。
「こんなところで、どうしたの。家出?」
車の後部座席から降りて来た人はとても意外な人物。
「久隆くんのお父さん?」
彼は大崎グループの社長。【大崎奏】、久隆の父である。
葵は彼をパーティーで何度か見かけたことがあった。
「とりあえず、乗りなよ」
と後から出てきた美形の男性が葵に声をかける。
運転手が降りて、車のトランクを開けていた。
「真咲様、わたくしがやりましょう」
美形の男性はどうやら真咲というらしい。彼が葵のキャリーケースを持ち上げトランクにしまう。
「おいで」
と、奏。
一緒に後部座席に座っていたはずの真咲は助手席へ乗り込んだ。
「あ、あのっ」
行くあてがなかったから言われるまま車に乗り込んだものの、行くあてがないのは変わらない。
葵が何か言おうとすると、
「会社、大変なんだってね」
と奏。
母が手助けを頼みに行ったのだろうか、それともニュースで知ったのだろうか。そんな風に彼は切り出した。葵は頷くしかない。
「でも、もう大丈夫だからね」
と、彼。
一体どういうことなのだろうか。
「うちが、手を貸すことになったから」
「ホントですか⁈」
「うん」
と、葵の言葉に頷く彼。
「ところで、君は何故家出してきたの?」
葵は、この時何故か彼なら自分の力になってくれる気がした。自分を地獄から救ってくれるような。
──形だけでも、久隆の婚約者になれたなら……。
葵は意を決し、自分の置かれている状況を奏に話すことにした。まさかホントに久隆の婚約者という立場になるとは思わずに。
****♡Side・咲夜(義弟)
咲夜は自分の叔父である、【姫川都筑】の運転する車の後部座席で祈りを捧げるように手を握り合わせ、膝に肘をつくと目を閉じる。
久隆の兄であり自分の義理の兄にあたる【大崎圭】が助手席で、ただじっと前を見つめていた。ピリピリとした空気のなか、口を開いたのは叔父である。
「圭一さん。兄が、すみませんでした」
咲夜の父は都筑の十五コ上の兄。
「都筑が謝ることでもないだろ」
「しかし……」
大崎家と姫川家の関係は普通ではない。
皆、”運命の恋人”に関する伝承のことは知っている。無理矢理引き裂かれた二人の末路も。
知らないのは久隆くらいだ。
「真咲さんだって何も咲夜が憎くてしたことじゃない。久隆に恋人がいると知り、結ばれないなら忘れさせることの方が幸せだって思ったんだろう」
咲夜の父、真咲は既に咲夜が久隆と肉体関係であるという事を知らなかった。知っていれば、こんな暴挙には出なかったはずなのだ。
それに聖が大崎邸に来た時、咲夜との邪魔をするなと彼を止めたのは他でもない真咲だ。誰よりも息子の幸せを願い、二人が結ばれるようにと祈った。
それなのに久隆の恋人は聖だという。絶望したのは真咲の方かもしれなかった。
──久隆に逢いたい。ぎゅってして欲しい。
二人のやり取りを聞きながらも、咲夜の心は彼のことでいっぱいだった。泣かないようにぎゅっと瞳を閉じる。
会社から大崎邸までは一時間はかからないはずなのに、やけに長く感じた。
息が苦しくなってきたころ、
「着きましたよ」
という都筑の声で車は屋敷の門をくぐり敷地内に入る。
玄関までの距離は二十メートルほど。車でならすぐの距離だが気が逸る。やがて車は玄関前に横づけされ、咲夜は転がるように車から飛び出す。
「咲夜、慌てると転ぶぞ」
兄も続いて車から降りると、都筑はそのまま降りずに車庫へ。
咲夜は飛びつくように重たい木のドアを開ける。
中に入ろうとして何かかが咲夜に飛びついた。転びそうになる咲夜の背を抑える、圭一。
「久隆、飛び出して来たら危ないだろ」
と、圭一。
「咲夜……さくや……」
久隆は、ぎゅっと咲夜を抱きしめている。咲夜もおずおずとその背中に手を回した。
湾曲した階段下で聖がこちらをホッとした顔をし見ているのが、咲夜の視界に入る。
「おかえり、無事で良かった」
「ただいま、久隆」
彼の良い匂いが咲夜を包む。本能を刺激する香り。運命の恋人の証。
「とりあえず中に入らないか?」
と、困り顔の圭一。
だが残念なことに、簡単に感動の再会とはならなかった。
三人が中に入ろうとしたその時、いつの間に着いていたのだろうか、
「感動の再会のところ悪いんだけれど」
と、真咲の声がする。
三人は振り返った。
「新たな問題が起こったよ」
と、奏。
咲夜をまた連れ去る気かと勘違いし二人を庇うような態勢をとっていた圭一。
しかし意外な言葉に咲夜と久隆は圭一の後ろから奏を見つめた。
「新たな問題?」
と、圭一。
すると大きなキャリーケースを引いた【片倉葵】が申し訳なさそうな顔をして、奏の後ろから姿を現したのだった。
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