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17──手を伸ばしても届かないもの【平田】

2 変化するもの、しないモノ

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「気持ち悪っ……いつもの平田じゃない。頭でも打ったのか?」
 優人はスマホから顔を上げ、あからさまに嫌な顔をした。
 講義があれば大学で逢う。講義が被れば自宅まで迎えに行くような仲だ。
 一人行動は好きなようだが平田以外の人から絡まれることを非常に嫌うため、いつの間にかそうなってしまった。過保護だとは思うが、これも特権だと思えばいい。

 いつもの喫茶店。午前で講義が終わる日の定番。
「たまには優しくだな……」
「いいよ、そんなの」
 ふっと笑ってアイスティーのストローに口をつける優人。そんな彼を見て平田はドキリとした。
 別に普段はムスッとしているというわけではないが、優人はあまり笑わない。大声を出す方でもない。大人しいというわけでもなくクールというわけでもないが、あまり感情を露にしないタイプに見えた。
 それも無意識に押し殺しているように感じている。
 兄と居る時は自然に見えるので、何かあってそうなってしまったのだろうと思っていた。そんな彼が自分の前ではナチュラルに笑うのが嬉しい。

「無理しないで普段通りでいいじゃん」
 昨日は変な雰囲気で別れたというのに、彼はいつも通りだ。
「で、この後どうする?」
「和宏さんは?」
「仕事でいない」
 彼の恋人であり実の兄はいわゆるノマドワーカーに属するが、自宅にいることが圧倒的に多い。恋人であり実の弟と二人暮らしなら静かな場所を求めて外に行く必要はないのかもしれない。
 カフェや図書館で仕事をすることもあるらしいが、そういう時は彼の担当である片織が一緒だと言っていた。

「じゃあ、今日は片織さんが一緒?」
 以前から気になっていたことの一つでもある。和宏は何故一人で外出しないのか。
「そそ」
 その答えについては先日の集まりで明らかになった。雛本家には何かあるとは思ってはいたが、詳しい話を聞いて驚いたものだ。
 それでも彼の義兄のことにつてはカタがついたはず。それでもまだ一人で出かけられないと言うのであれば、トラウマのせいなのかもしれないことは想像がつくが。
「何か気になることでも?」
と彼。
 立ち入ったことについて尋ねても良いのだろうかと躊躇いもしたが、優人からはこの先何かあったら協力してもらうことになるかもと事前に言われている。なのでそれに関することで気になることがあれば可能な限り話すと言われていた。
 事情を知っていた方が臨機応変に対応できるからと。

──そこまで信頼してくれているのに、この関係がいつか終わると思っているから腹が立つんだよな。

「先日のあれで和宏さんの問題って片付いたんだよな?」
「ああ、阿貴のこと」
 優人が義理の兄を憎んでいるのは知っていた。彼のせいで実の兄である和宏と離れ離れになったのだから。しかしその選択をしたのは他でもない和宏自身。そしてそういう選択をさせたのが自分だと言うことも彼は痛いほど理解していた。
「まあ、片付いたというよりは危険は去ったという感じかな」
「そっか。それでもやっぱり和宏さんは一人で外出できないのか?」
 それは補助が必要と言う意味ではなく、自由ではないという意味合いであったが優人がどう受け取ったのかは気になるところだ。

「んー……もっとも危険なのは阿貴じゃないってことだな」
 優人は頬杖をつくとクルクルとストローでアイスティーをかき混ぜながら。
「ね、どこぞの社長さん」
 優人の言葉に、隣の席で優雅に珈琲を飲んでいた紳士が咽《むせ》た。思わずそちらに視線を移す平田。
「人を危険人物みたいに言うのはやめてくれないかな? 優人くん」
 よく見れば、彼は先日の雛本家の集まりでもチラリと見かけた人物。和宏や阿貴と関わりのある人物で遠江というらしい。
「この人、兄さんの尻狙ってるから」
 親指を彼に向け嫌な顔をする優人。そんな動作をすること自体が初めてなので、よっぽど嫌っているのだろうと思った。
「で、俺に何か用ですか? この店は基本席は自由。あえてそこを選んだってことは俺に何か用があるからでしょ」
「相変わらず聡明だねえ」
 彼は間延びした言い方をするとニコッと笑ったのだった。
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