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16──自分自身と対峙して【実弟】

3 とても脆い関係

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「そんなに気に入ったの」
「うん」
 車内にてスマホを操作し、先ほどの喫茶店で流れていた曲をダウンロードしている優人にチラリと視線を投げた平田。
「何というか、思い立ったが吉日ってやつなんかな」
「さすがにそこまでじゃないでしょ。俺のは単に、すぐやらないと忘れてしまうと思うからだよ」
 いつでも、何かをすると決めたらすぐに実行に移す優人。だが平田の表現には少し違和感を覚える。

 けれどもそのことには追及せずに、優人は音楽の話を持ち出す。
「音楽の良し悪しに関しては完全に好みの問題だとは思うけれど。似たような曲ばかり好む人と”唯一無二”ばかり好む人がいるよね」
「確かにそうだね」
 優人の言わんとしていることが彼には理解できるのか、特に深く掘り下げもせずに肯定する平田。
 左右確認をしアクセルを踏み込みながら、
「前者に関してはジャンルとかがそうなんかな」
「ああ。それは近いかもしれないね、概念としては」

 一分も立たないうちに検索からダウンロードまで終えた優人はスマホをポケットにしまうと左腕を窓枠に軽くかけ、カーナビに手を伸ばす。
「何入れてんの?」
「いつもの」
 それだけで伝わる関係。時間にしてそんなに長い友人というわけではないが、幼馴染みにも匹敵するほど分かり合っている自覚は優人にもあった。
 主に平田が理解してくれているからこそ成り立っていると言えるが。
「俺が焼いたヤツ」
「そう」
 再生を押せば優人がラインナップした曲が流れ出す。
「自分の車なんだから、好きな曲聴けばいいのに」
 恐らく入れっぱなしなのだろう。
 マメな彼にしては珍しいなと思いながら優人がそう提言すれば、
「良いじゃない。好きな人の好きな曲」
と平田。
 冗談とも本気とも言い難い声音で。

 その言葉に彼は一体どんな返事を期待しているのだろう?
 優人は窓の外に視線を向け、小さくため息を盛らした。
 先ほどの言葉を思い出してもそうだ。
 彼が優人じぶんを好きなことは分かっている。わかっていて姉とくっついたら良いと言ったのだ。だから彼が酷いと言うのは想定内ではあった。

──大学では、ほとんど一緒に行動している。
 ルームシェアもしていたのだから平田が良い奴なのは分かっているつもり。

 そして彼もまた、どんなに好きだと言われても優人の気持ちが動かないことくらい分かっているはずなのだ。
 となれば、気持ちを変えようとしてそういうことを言っているわけではないのだろう。

「そうだね」
 叶わなくてもいい。好きでいたい。その気持ちは自由だと思った。
「え?」
 少し間があったからなのか、優人が何に対して肯定したのか平田はすぐにはわからなかったようだ。
「好きなものを聴けばいいと思うよ。俺が選んだ曲を聴きたいならそれでいいって言った」
「ああ、うん」
 平田はダメだと思ったことは迷わず口にする男だ。だがそれは人格の否定ではない。誰にだって良いところと悪いところはあるもの。しかし一概に短所だから直さなければいけないということもない。
 つまり短所と悪いところはイコールにはならないということ。
 例えば、走るのが遅いというのは短所かもしれない。しかし悪いわけではないだろう。

 悪いところというのは、周りに迷惑になるようなことを指すのではないだろうか? マナーが悪いというのは短所ではなく悪いところ。直すべきところ。
 つまり悪いところは直す必要があるところだから指摘するのだ。
 とは言え、友人だからと言って悪いところを指摘できる関係になるのは容易ではない。友人とはとても脆い関係なのだ。

──だからこそ平田は唯一無二の友人でもあると思っている。
 まあ、俺は……だけど。

 自分にとっては大切な友人である平田。
 しかし彼は優人に対して恋愛感情を持っているから一緒にいるのかもしれない。そう考えると、この関係もまたとても脆いものなのだろうと優人は感じていたのだった。
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