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10──それでも君が好き【義弟】
4 拭えない過去を
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「どこか具合いでも悪いのか?」
翌朝、医務室の前で優人に出くわす。
「ちょっと胃腸薬を貰いに」
と返答すれば、
「食べすぎ?」
と更に問われた。
「タンパク質アレルギーなんだ。生物をたくさん食べるとちょっとね」
阿貴の説明に気の毒そうな表情を浮かべる彼。一緒に生活をしていた時は彼に自分のことを話さなかった為、この体質を知っているのは彼の母と和宏くらいである。
「でも刺し身も寿司も好きだから、つい食べすぎて胃腸にくる」
「大変だな」
パーカーのポケットに両手を入れ、ガラス戸の向こうに視線を移す優人。
「そっちは?」
「俺は姉に用があった帰り」
「そっか。引き止めてごめん」
「いや。声かけたのこっちだし」
何気ない会話でも言葉を交わせることが嬉しいのだから、自分はよっぽど彼のことが好きなのだろう。
優人が部屋に戻るというので、軽く片手をあげ踵を返した。
「体調はどうです?」
部屋に戻ると音で気づいたのか、ノートパソコンのモニターを見つめていた遠江が顔をあげる。こんなところまできて仕事なのかと気の毒に思う。
「薬を飲んだから、そのうちよくなると思う」
自身がタンパク質アレルギーなのだと気づいたのは、ある記事を見てのことだった。それまでは、別のアレルギーだと思っていたのだ。
タンパク質は火を通すと別なものに変化する。そのため、生ものを食べた時ばかり腹にくるのだと気づいた。普段はなるべく気を付けているものの、こういう場所では生ものが出るもの。
新鮮だと言われたら食べたくもなるだろう。
「一族のほうは?」
「いろいろと話し合いをしているみたい。父は頑固だし自己中だから」
祖父母は厳しい人だったという。その反発もあるのだろうか。
曾祖父が健在とはいえ、直系が継ぐとされている雛本本家。
いずれ父が本家を継ぐことになるはずだった。その件については反対している者が多く、今回の事件では中立であった一族の者も表立って反対派に回った。
昔ながらのしきたりに従うよりも、人間性を重視する。
そう変わっていくことに異論はない。もとより妾の子である自分に発言権があるとは思えないが。
「少なくとも、非人道的なことに対し賛成する者が少なくて何より。民主主義ならば、だが」
「民主主義か」
日本は表向き男女平等としながらも、実際は男尊女卑の国。
そして親というだけで、子供の人生を自分の思い通りにしようとする者も少なくない。家族であっても他人。その子の人生はその子のもの。
それは当たり前のことのはずなのに、子供はいつでも親に振り回される。特に家族の中での力関係は家庭によって違う。
いまだに子が家長の道具となることも少なくはない。家族の中の人権は守られていないことが多いのだ。
「俺が見ている限りでは、力でねじ伏せるということはないと思う」
女性の意見の方が強いのが雛本一族。それは今回の事件において、有利に働くだろう。
「ならばあとは事の成り行きを見守るだけのようだね」
「うん」
計画の実行は数日後。
計画の内容は本人にも伝えてあるとのこと。相手がどう出るかわからないが、手はず通りにやればうまくいきそうだ。
「阿貴は?」
それは当日どうするのかという問い。
「車で待機。俺がいた方が義姉さんも安心するだろうって」
阿貴の境遇を嘆いていた義姉。
彼女の優しさに甘えこんな風に巻き込んでしまった。
もし、自分がその優しさに甘えることがなかったなら、今頃社会に出て順風満帆な日々を過ごしていたのかもしれない。もしかしたら素敵な出会いだってあったかもしれないのだ。
自分が考えなしだったばかりに。
自分だけが不幸ではない。そして人は簡単に過ちを犯し、他人を不幸にできる生き物なんだなと痛感した。
たくさん犯してきた過ちと向き合ったところで過去は変えられない。消えることもない。償えることなんてない。
それでも、これ以上義姉を不幸にしないために自分に出来ることがあるなら。
──ずっと自分は不幸だと思っていた。
だからと言って、誰かを不幸にして良いわけがない。
それでは自分と同じ境遇の者を増やすだけなんだ。
翌朝、医務室の前で優人に出くわす。
「ちょっと胃腸薬を貰いに」
と返答すれば、
「食べすぎ?」
と更に問われた。
「タンパク質アレルギーなんだ。生物をたくさん食べるとちょっとね」
阿貴の説明に気の毒そうな表情を浮かべる彼。一緒に生活をしていた時は彼に自分のことを話さなかった為、この体質を知っているのは彼の母と和宏くらいである。
「でも刺し身も寿司も好きだから、つい食べすぎて胃腸にくる」
「大変だな」
パーカーのポケットに両手を入れ、ガラス戸の向こうに視線を移す優人。
「そっちは?」
「俺は姉に用があった帰り」
「そっか。引き止めてごめん」
「いや。声かけたのこっちだし」
何気ない会話でも言葉を交わせることが嬉しいのだから、自分はよっぽど彼のことが好きなのだろう。
優人が部屋に戻るというので、軽く片手をあげ踵を返した。
「体調はどうです?」
部屋に戻ると音で気づいたのか、ノートパソコンのモニターを見つめていた遠江が顔をあげる。こんなところまできて仕事なのかと気の毒に思う。
「薬を飲んだから、そのうちよくなると思う」
自身がタンパク質アレルギーなのだと気づいたのは、ある記事を見てのことだった。それまでは、別のアレルギーだと思っていたのだ。
タンパク質は火を通すと別なものに変化する。そのため、生ものを食べた時ばかり腹にくるのだと気づいた。普段はなるべく気を付けているものの、こういう場所では生ものが出るもの。
新鮮だと言われたら食べたくもなるだろう。
「一族のほうは?」
「いろいろと話し合いをしているみたい。父は頑固だし自己中だから」
祖父母は厳しい人だったという。その反発もあるのだろうか。
曾祖父が健在とはいえ、直系が継ぐとされている雛本本家。
いずれ父が本家を継ぐことになるはずだった。その件については反対している者が多く、今回の事件では中立であった一族の者も表立って反対派に回った。
昔ながらのしきたりに従うよりも、人間性を重視する。
そう変わっていくことに異論はない。もとより妾の子である自分に発言権があるとは思えないが。
「少なくとも、非人道的なことに対し賛成する者が少なくて何より。民主主義ならば、だが」
「民主主義か」
日本は表向き男女平等としながらも、実際は男尊女卑の国。
そして親というだけで、子供の人生を自分の思い通りにしようとする者も少なくない。家族であっても他人。その子の人生はその子のもの。
それは当たり前のことのはずなのに、子供はいつでも親に振り回される。特に家族の中での力関係は家庭によって違う。
いまだに子が家長の道具となることも少なくはない。家族の中の人権は守られていないことが多いのだ。
「俺が見ている限りでは、力でねじ伏せるということはないと思う」
女性の意見の方が強いのが雛本一族。それは今回の事件において、有利に働くだろう。
「ならばあとは事の成り行きを見守るだけのようだね」
「うん」
計画の実行は数日後。
計画の内容は本人にも伝えてあるとのこと。相手がどう出るかわからないが、手はず通りにやればうまくいきそうだ。
「阿貴は?」
それは当日どうするのかという問い。
「車で待機。俺がいた方が義姉さんも安心するだろうって」
阿貴の境遇を嘆いていた義姉。
彼女の優しさに甘えこんな風に巻き込んでしまった。
もし、自分がその優しさに甘えることがなかったなら、今頃社会に出て順風満帆な日々を過ごしていたのかもしれない。もしかしたら素敵な出会いだってあったかもしれないのだ。
自分が考えなしだったばかりに。
自分だけが不幸ではない。そして人は簡単に過ちを犯し、他人を不幸にできる生き物なんだなと痛感した。
たくさん犯してきた過ちと向き合ったところで過去は変えられない。消えることもない。償えることなんてない。
それでも、これ以上義姉を不幸にしないために自分に出来ることがあるなら。
──ずっと自分は不幸だと思っていた。
だからと言って、誰かを不幸にして良いわけがない。
それでは自分と同じ境遇の者を増やすだけなんだ。
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