210 / 218
────8話*この手を離さないで
22・ひと時の安らぎ
しおりを挟む
****♡Side・総括(黒岩)
思い出すのは彼の熱。
黒岩は自分の手のひらをじっと見つめ、ため息をつくと軽く握りしめた。
『今日は唯野君、お休みなの』
どうせ何もかもお見通しな癖に、そう言って黒岩の神経を逆なでする呉崎社長。腹は立ったが、ストレートに感情をぶつけるわけにもいかず『そのようですね』とお茶を濁すしかなかった。
「黒岩部長、どちらへ?」
自分の席を立てば近くの部下に声をかけられる。
「苦情係に。今日は二人休みだから手伝って来るよ」
小さく笑って返答すれば、驚いた顔をされた。
”あとはよろしく頼む”と言って総括部を後にする。苦情係は副社長直下の部署。その為、総括部は関与していない。そこへ自ら手伝いに入ろうとした黒岩に驚いたのだろうか。
それとも関与していない部署の休みの人数を把握していたことに驚いたのだろうか。
どちらにしても正直どうでもいいことだった。
苦情係へ出向くと最初は怪訝そうにしていた塩田と電車だったが、黒岩がオールマイティなことを知ると態度が一変。
特に電車には尊敬の眼差しを向けられた。
「総括部長って伊達じゃなかったんだね」
目を輝かせていう電車に対し、
「全部署の筆頭なんだから当然だよ」
と皇。
「とはいえ、それがこなせるのは黒岩さんの他には唯野さんくらいしかいないと思うけどな」
余所の会社の事情は知らないが、株原では高いスキルを求められるのが黒岩のポジションだ。唯野の件では恨まれてはいるものの、黒岩の高い能力を社長が評価しているのも確かだ。
だから給料にもそれなりの色を付けて貰っている自覚はある。
「そういえば、黒岩さんが離婚するって噂聴いたけど」
「ん? ああ、うん。そう」
皇から問われ、気のない返事をすると彼はそのまま黙った。
これは板井と話をしてから決めたこと。だがそんなに早く情報が洩れるとはどうなっているだ? とも思う。
「誰が言ってたの」
出所を確かめようとしたが、廊下ですれ違いざまに社員が話しているのを聞いた程度だと言う。
「それ、俺も知ってる。ちょっと前に総務の子たちが『最近黒岩さんが車で通勤する時がある。別居しているんじゃないか』って話してた。離婚も時間の問題じゃない? って」
「ああ、あれか」
電車の話に思い当たることがあった黒岩は、話に尾ひれがついて『離婚する』に至ったのかと納得した。
「黒岩さん、別居してるの」
「いや、その予定はあったが」
帰りに物件を探すために車で来ていた時期は確かにある。だが、仕事が忙しくそれどころではなくなったのだ。
だが、元々遠距離を公共交通機関を利用して通っていた状況。家に帰っても妻は不在なことが多く、帰る意義すら失っていた。そこに今回の話。
別居という選択が離婚に変わってもおかしくはないだろう。
「黒岩さんって子供いましたよね」
皇の言いたいことは分かる。
「両方高校生だし、それに……」
今回妻に離婚を切り出し、告げられた事実を思い出す。
「俺の子ではないらしいから」
妻は結婚当初から他の男性と関係がある。
そのことは黒岩自身が容認してきたこと。とは言え、自分の子だと思っていたのにその浮気相手の子だと知った時は微妙な気分になった。
その上、もう一つ衝撃的な話も聞かされたのである。
中学に上がったあたりから二人が黒岩から距離を置くようになったが、あれは思春期のせいではなく真実を知ったからだとも聞かされ、何をどう言っていいのか分からなかった。
「それって……」
「そういうこともあるかもしれないとは思っていたが、意外と冷静に受け止められたよ」
その後二人の子供とは話し合い、黒岩が『血が繋がってなくても親には変わりないよ』と話せば子供たちは顔を見合わせて嬉しそうに笑ったのだ。
それを見て黒岩は、離婚後の方が仲よくやれそうだなと思ったのである。
「養育費は良いとは言っていたが、子供たちには学費に困ったら頼れと言ってあるからなんとかなるだろ」
PCモニターを見つめながらそう話す黒岩に、
「やっぱり黒岩さんって、何考えているのか分からない人ですね」
と皇は苦笑いを浮かべたのであった。
思い出すのは彼の熱。
黒岩は自分の手のひらをじっと見つめ、ため息をつくと軽く握りしめた。
『今日は唯野君、お休みなの』
どうせ何もかもお見通しな癖に、そう言って黒岩の神経を逆なでする呉崎社長。腹は立ったが、ストレートに感情をぶつけるわけにもいかず『そのようですね』とお茶を濁すしかなかった。
「黒岩部長、どちらへ?」
自分の席を立てば近くの部下に声をかけられる。
「苦情係に。今日は二人休みだから手伝って来るよ」
小さく笑って返答すれば、驚いた顔をされた。
”あとはよろしく頼む”と言って総括部を後にする。苦情係は副社長直下の部署。その為、総括部は関与していない。そこへ自ら手伝いに入ろうとした黒岩に驚いたのだろうか。
それとも関与していない部署の休みの人数を把握していたことに驚いたのだろうか。
どちらにしても正直どうでもいいことだった。
苦情係へ出向くと最初は怪訝そうにしていた塩田と電車だったが、黒岩がオールマイティなことを知ると態度が一変。
特に電車には尊敬の眼差しを向けられた。
「総括部長って伊達じゃなかったんだね」
目を輝かせていう電車に対し、
「全部署の筆頭なんだから当然だよ」
と皇。
「とはいえ、それがこなせるのは黒岩さんの他には唯野さんくらいしかいないと思うけどな」
余所の会社の事情は知らないが、株原では高いスキルを求められるのが黒岩のポジションだ。唯野の件では恨まれてはいるものの、黒岩の高い能力を社長が評価しているのも確かだ。
だから給料にもそれなりの色を付けて貰っている自覚はある。
「そういえば、黒岩さんが離婚するって噂聴いたけど」
「ん? ああ、うん。そう」
皇から問われ、気のない返事をすると彼はそのまま黙った。
これは板井と話をしてから決めたこと。だがそんなに早く情報が洩れるとはどうなっているだ? とも思う。
「誰が言ってたの」
出所を確かめようとしたが、廊下ですれ違いざまに社員が話しているのを聞いた程度だと言う。
「それ、俺も知ってる。ちょっと前に総務の子たちが『最近黒岩さんが車で通勤する時がある。別居しているんじゃないか』って話してた。離婚も時間の問題じゃない? って」
「ああ、あれか」
電車の話に思い当たることがあった黒岩は、話に尾ひれがついて『離婚する』に至ったのかと納得した。
「黒岩さん、別居してるの」
「いや、その予定はあったが」
帰りに物件を探すために車で来ていた時期は確かにある。だが、仕事が忙しくそれどころではなくなったのだ。
だが、元々遠距離を公共交通機関を利用して通っていた状況。家に帰っても妻は不在なことが多く、帰る意義すら失っていた。そこに今回の話。
別居という選択が離婚に変わってもおかしくはないだろう。
「黒岩さんって子供いましたよね」
皇の言いたいことは分かる。
「両方高校生だし、それに……」
今回妻に離婚を切り出し、告げられた事実を思い出す。
「俺の子ではないらしいから」
妻は結婚当初から他の男性と関係がある。
そのことは黒岩自身が容認してきたこと。とは言え、自分の子だと思っていたのにその浮気相手の子だと知った時は微妙な気分になった。
その上、もう一つ衝撃的な話も聞かされたのである。
中学に上がったあたりから二人が黒岩から距離を置くようになったが、あれは思春期のせいではなく真実を知ったからだとも聞かされ、何をどう言っていいのか分からなかった。
「それって……」
「そういうこともあるかもしれないとは思っていたが、意外と冷静に受け止められたよ」
その後二人の子供とは話し合い、黒岩が『血が繋がってなくても親には変わりないよ』と話せば子供たちは顔を見合わせて嬉しそうに笑ったのだ。
それを見て黒岩は、離婚後の方が仲よくやれそうだなと思ったのである。
「養育費は良いとは言っていたが、子供たちには学費に困ったら頼れと言ってあるからなんとかなるだろ」
PCモニターを見つめながらそう話す黒岩に、
「やっぱり黒岩さんって、何考えているのか分からない人ですね」
と皇は苦笑いを浮かべたのであった。
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる