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────8話*この手を離さないで
16・自分を縛るもの
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****♡Side・総括(黒岩)
「俺はずっと、黒岩が何を考えているのかわからなかった」
唯野の腰に当てていた手を背中に滑らし引き寄せれば、彼は大人しく黒岩の胸に額を寄せる。
かつては誘われれば誰とでも寝るような男だった黒岩が、唯一本気になったのは彼だけだった。ロマンチストで努力家で一途に愛されたいと望む彼、唯野 修二ただ一人。そしてそれは、黒岩が初めて自分から興味を抱いた相手でもある。
「あの時黒岩に言った言葉に嘘はないし、専務の言っていることも正しいと思う」
”俺は確かに黒岩のことが好きだった”と言われ、やはり過去形なのだなと思った。
「俺の婚姻に疑念を抱いていると言っていたけれど」
「ああ」
「嵌められたんだよ。飲み会があったあの日」
十七年前の話なのにすぐにどの日か思い当たるのは、いつもは二つ返事で飲み会に参加する黒岩が参加しなかった日だったからだ。
むしろその隙を狙ったと言われた方がしっくりくる。
「俺は無知だった。そんなに早く妊娠が発覚するものではないと知らなかったし。それよりもそのことがきっかけで会社をクビになることの方が怖かった」
「どうして相談しなかった?」
「言えるわけないだろ」
唯野は続けてその後何が起きたのかを口にする。
「元会長に?」
「そうだよ」
妻のことで脅され元会長に性的なおもちゃにされた彼は、社長に助けられたという。
──これですべてが繋がった。
社長は唯野に手を出さなかったんじゃない。出せなかったんだ。
社長が皇に手を出したのは彼が受け入れたから。
元会長から酷いことをされている現場に出くわしたら、いくらなんでも手を出そうとはしないだろう。
だがその過去が社長を縛っている。唯野を縛ったように。
傍に置きたい気持ちが変わらないのに素直になれないのは、唯野の気持ちが自分にないとわかっていたからなのだろうか?
ずっと理性で抑え込んでいた気持ちが歪んだ形で唯野に襲い掛かった。
板井がそれを成してしまったから。
女性と結婚したから異性愛者であり、男に嫌悪を持っているとも思ったはずだ。だが板井とつき合っている以上、それは払拭されるだろう。
──板井とつき合えるなら男もイケる。そう思わせているなら、唯野を追い詰めているのは板井ではないのか?
だが唯野を追い詰めているのは【黒岩】なのだと専務ははっきり言った。その理由がまだ自分には分からないが、もしかすると。
「唯野、俺は今でもお前が好きだ」
「は、はあ?」
何を言ってるんだと言うように眉を寄せる彼。
「お前は奥さんのこと大事にしているんじゃないのかよ」
皇ではなく、妻のことを出してくるあたり自分の予想が外れていないことを物語っている。
「何故そう思うんだ」
「だって、結婚してから一度も浮気してないだろ?」
確かに婚姻後は妻以外と肉体関係になったことはないが、それは妻が理由ではない。
「唯野は何か誤解をしている」
「誤解?」
「俺たちの間にはそもそも愛なんてない。妻には結婚当初から他に男がいるしな」
”なんだよそれ”と唯野が瞳を揺らす。
妻とは契約結婚のようなものだ。それでも肉体関係を含む浮気や不倫は不法行為とはなり得る。だがそれは不貞行為をされた側がそれに対して不満を抱いた場合に限るだろう。今の日本では不貞行為自体は犯罪ではないからだ。
つまり、黒岩が妻の不貞行為を黙認している以上は夫婦間に問題はないものとされるということだ。
「それって幸せなのか?」
「幸せそうに見えるか?」
「見えないよ」
黒岩は彼の返答に”そう”と笑った。
「誠実でいたいのは妻にではなく、唯野に対してだよ」
ズルいことは分かっているし、今更この関係が変わらないことも理解しているつもりだ。
だが唯野を幸せにしてやるには黒岩自身がこの呪縛から逃れなければならないだろう。
「俺はずっと、黒岩が何を考えているのかわからなかった」
唯野の腰に当てていた手を背中に滑らし引き寄せれば、彼は大人しく黒岩の胸に額を寄せる。
かつては誘われれば誰とでも寝るような男だった黒岩が、唯一本気になったのは彼だけだった。ロマンチストで努力家で一途に愛されたいと望む彼、唯野 修二ただ一人。そしてそれは、黒岩が初めて自分から興味を抱いた相手でもある。
「あの時黒岩に言った言葉に嘘はないし、専務の言っていることも正しいと思う」
”俺は確かに黒岩のことが好きだった”と言われ、やはり過去形なのだなと思った。
「俺の婚姻に疑念を抱いていると言っていたけれど」
「ああ」
「嵌められたんだよ。飲み会があったあの日」
十七年前の話なのにすぐにどの日か思い当たるのは、いつもは二つ返事で飲み会に参加する黒岩が参加しなかった日だったからだ。
むしろその隙を狙ったと言われた方がしっくりくる。
「俺は無知だった。そんなに早く妊娠が発覚するものではないと知らなかったし。それよりもそのことがきっかけで会社をクビになることの方が怖かった」
「どうして相談しなかった?」
「言えるわけないだろ」
唯野は続けてその後何が起きたのかを口にする。
「元会長に?」
「そうだよ」
妻のことで脅され元会長に性的なおもちゃにされた彼は、社長に助けられたという。
──これですべてが繋がった。
社長は唯野に手を出さなかったんじゃない。出せなかったんだ。
社長が皇に手を出したのは彼が受け入れたから。
元会長から酷いことをされている現場に出くわしたら、いくらなんでも手を出そうとはしないだろう。
だがその過去が社長を縛っている。唯野を縛ったように。
傍に置きたい気持ちが変わらないのに素直になれないのは、唯野の気持ちが自分にないとわかっていたからなのだろうか?
ずっと理性で抑え込んでいた気持ちが歪んだ形で唯野に襲い掛かった。
板井がそれを成してしまったから。
女性と結婚したから異性愛者であり、男に嫌悪を持っているとも思ったはずだ。だが板井とつき合っている以上、それは払拭されるだろう。
──板井とつき合えるなら男もイケる。そう思わせているなら、唯野を追い詰めているのは板井ではないのか?
だが唯野を追い詰めているのは【黒岩】なのだと専務ははっきり言った。その理由がまだ自分には分からないが、もしかすると。
「唯野、俺は今でもお前が好きだ」
「は、はあ?」
何を言ってるんだと言うように眉を寄せる彼。
「お前は奥さんのこと大事にしているんじゃないのかよ」
皇ではなく、妻のことを出してくるあたり自分の予想が外れていないことを物語っている。
「何故そう思うんだ」
「だって、結婚してから一度も浮気してないだろ?」
確かに婚姻後は妻以外と肉体関係になったことはないが、それは妻が理由ではない。
「唯野は何か誤解をしている」
「誤解?」
「俺たちの間にはそもそも愛なんてない。妻には結婚当初から他に男がいるしな」
”なんだよそれ”と唯野が瞳を揺らす。
妻とは契約結婚のようなものだ。それでも肉体関係を含む浮気や不倫は不法行為とはなり得る。だがそれは不貞行為をされた側がそれに対して不満を抱いた場合に限るだろう。今の日本では不貞行為自体は犯罪ではないからだ。
つまり、黒岩が妻の不貞行為を黙認している以上は夫婦間に問題はないものとされるということだ。
「それって幸せなのか?」
「幸せそうに見えるか?」
「見えないよ」
黒岩は彼の返答に”そう”と笑った。
「誠実でいたいのは妻にではなく、唯野に対してだよ」
ズルいことは分かっているし、今更この関係が変わらないことも理解しているつもりだ。
だが唯野を幸せにしてやるには黒岩自身がこの呪縛から逃れなければならないだろう。
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