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────8話*この手を離さないで
15・唆されて進む道
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****♡Side・総括(黒岩)
「I want you to be by my side. please」
「なんて……?」
耳元で囁きその瞳を覗き込めば、唯野は驚いた顔をしてこちらを見つめ返した。
黒岩が専務宅から車を走らせた先は唯野のマンションがある駅前。彼が板井と暮らすマンションは駅から近いということは知っている。
自分の選択が唯野を追い詰めると専務に言われた。だったらもっと心に素直になった方がいいのではないかと思う。
間違った道を正し、本来進むべきだった道をチョイスする。その結末が最悪なものだったとしても、彼は今の道から脱却できるだろう。
黒岩はスマホをジャケットのポケットから取り出し、彼に電話をかけた。
だいぶ遅い時間だ。出ない可能性もある。だが彼はワンコールで電話口に出た。まだ起きていたのかとため息が漏れる。
板井との情事の後かも知れないと思うと余計に憂鬱になった。
『黒岩……? どうかしたのか』
「少し話がしたいんだ。遅くに済まないが」
『済まないって、なんかお前らしくないな』
”いや、むしろ……らしいのか”とクスリと彼が笑う。黒岩はただ黙って唯野の声を聴いていた。
『今、どこにいるんだ』
「駅の近く」
”じゃあ、そっちに行く”と言われ、黒岩は戸惑う。
『なんだ、嫌なのか?』
「有難いよ。でも板井はいいのか?」
”寝てるから”と言われ、黒岩は更に複雑な心境になる。
場所を指定すると、彼は五分ほどして黒岩の前に現れた。
「この間はごめんな、キツイ言い方して」
会うなり先日のことを謝罪してくるあたり、唯野らしいと言える。だが黒岩は小さく首を横に振った。
風邪を引くといけないと言って、待っていた間に取ったシティホテルの部屋に彼を促し、心の中でため息をつく。以前の唯野なら警戒しただろうがすんなりと受け入れるあたり、彼は黒岩のことを意識していないのだと再確認する。
後ろ手で静かにドアを閉め唯野の方に視線を向ければ、彼は窓の外を眺めていた。
私服の彼はいつもにも増して若く見える。
黒岩は部屋の入口近くの壁に寄りかかると、夜景を見つめる彼をぼんやりと眺めた。
「黒岩」
「うん?」
「何かあった?」
彼は外に視線を向けたまま。
密室に二人きり。相手はずっと恋人になりたいと願っていた唯野。
別々の道を歩き始め、その先は永遠に平行線だと思えた。なのに、彼はその道から別の道へと歩き始めている。
「なんでそう思うんだ」
「口数が少ないから。話があると言ったくせに」
降りても自分たちは交わらない。これが現実。自分が望まなかった結末。
「専務に会ったよ」
マルチエンドがあると言うなら、まだ終わってはいない。
「専務に?」
板井も会ったはずだ。だから唯野がなぜ驚いたのか分からない。
しかし彼はゆっくりとこちらを振り返る。
「俺が専務に会うと不味いことでもあるのか?」
彼はその問いには答えずに黒岩の前まで歩いてくると、じっとこちらを見あげた。瞳を揺らして。
久々に動揺している彼を見たなと思った。専務と自分が会って困ることなど何もないと思っていたが、彼にはまだ知られたくないことがあったと言うことか。
──この俺に?
板井にではなく?
「唯野、お前さ」
彼は返事の代わりに一つ瞬きをする。
「俺にこう言ったよな。『いくらお前だって、好いた相手が酷い目に合うのは望まないよな?』と」
「言ったな」
黒岩は、呟くように返事をした彼の腰に手をやる。
「そんなの望んでなかったよ」
彼のわき腹をゆっくりと撫で上げ、再び下ろしていく。唯野はそんな黒岩の腕に自分の手を添えた。何をしているんだとでも言うように。
「俺はさ。唯野は社長に気に入られているんだと思っていた。ずっと」
”だから”と黒岩は続けて。
「唯野は社長の愛人なんだと思ってたんだ。皇が入社するまで」
「は?」
眉を寄せた唯野は怒っているように見えた。
「I want you to be by my side. please」
「なんて……?」
耳元で囁きその瞳を覗き込めば、唯野は驚いた顔をしてこちらを見つめ返した。
黒岩が専務宅から車を走らせた先は唯野のマンションがある駅前。彼が板井と暮らすマンションは駅から近いということは知っている。
自分の選択が唯野を追い詰めると専務に言われた。だったらもっと心に素直になった方がいいのではないかと思う。
間違った道を正し、本来進むべきだった道をチョイスする。その結末が最悪なものだったとしても、彼は今の道から脱却できるだろう。
黒岩はスマホをジャケットのポケットから取り出し、彼に電話をかけた。
だいぶ遅い時間だ。出ない可能性もある。だが彼はワンコールで電話口に出た。まだ起きていたのかとため息が漏れる。
板井との情事の後かも知れないと思うと余計に憂鬱になった。
『黒岩……? どうかしたのか』
「少し話がしたいんだ。遅くに済まないが」
『済まないって、なんかお前らしくないな』
”いや、むしろ……らしいのか”とクスリと彼が笑う。黒岩はただ黙って唯野の声を聴いていた。
『今、どこにいるんだ』
「駅の近く」
”じゃあ、そっちに行く”と言われ、黒岩は戸惑う。
『なんだ、嫌なのか?』
「有難いよ。でも板井はいいのか?」
”寝てるから”と言われ、黒岩は更に複雑な心境になる。
場所を指定すると、彼は五分ほどして黒岩の前に現れた。
「この間はごめんな、キツイ言い方して」
会うなり先日のことを謝罪してくるあたり、唯野らしいと言える。だが黒岩は小さく首を横に振った。
風邪を引くといけないと言って、待っていた間に取ったシティホテルの部屋に彼を促し、心の中でため息をつく。以前の唯野なら警戒しただろうがすんなりと受け入れるあたり、彼は黒岩のことを意識していないのだと再確認する。
後ろ手で静かにドアを閉め唯野の方に視線を向ければ、彼は窓の外を眺めていた。
私服の彼はいつもにも増して若く見える。
黒岩は部屋の入口近くの壁に寄りかかると、夜景を見つめる彼をぼんやりと眺めた。
「黒岩」
「うん?」
「何かあった?」
彼は外に視線を向けたまま。
密室に二人きり。相手はずっと恋人になりたいと願っていた唯野。
別々の道を歩き始め、その先は永遠に平行線だと思えた。なのに、彼はその道から別の道へと歩き始めている。
「なんでそう思うんだ」
「口数が少ないから。話があると言ったくせに」
降りても自分たちは交わらない。これが現実。自分が望まなかった結末。
「専務に会ったよ」
マルチエンドがあると言うなら、まだ終わってはいない。
「専務に?」
板井も会ったはずだ。だから唯野がなぜ驚いたのか分からない。
しかし彼はゆっくりとこちらを振り返る。
「俺が専務に会うと不味いことでもあるのか?」
彼はその問いには答えずに黒岩の前まで歩いてくると、じっとこちらを見あげた。瞳を揺らして。
久々に動揺している彼を見たなと思った。専務と自分が会って困ることなど何もないと思っていたが、彼にはまだ知られたくないことがあったと言うことか。
──この俺に?
板井にではなく?
「唯野、お前さ」
彼は返事の代わりに一つ瞬きをする。
「俺にこう言ったよな。『いくらお前だって、好いた相手が酷い目に合うのは望まないよな?』と」
「言ったな」
黒岩は、呟くように返事をした彼の腰に手をやる。
「そんなの望んでなかったよ」
彼のわき腹をゆっくりと撫で上げ、再び下ろしていく。唯野はそんな黒岩の腕に自分の手を添えた。何をしているんだとでも言うように。
「俺はさ。唯野は社長に気に入られているんだと思っていた。ずっと」
”だから”と黒岩は続けて。
「唯野は社長の愛人なんだと思ってたんだ。皇が入社するまで」
「は?」
眉を寄せた唯野は怒っているように見えた。
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