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────8話*この手を離さないで
14・黒岩の本心
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****♡Side・総括(黒岩)
「黒岩君はモテるからねえ。相手になんか困らないだろう?」
「別にモテてなんかいませんよ」
さらりと返せば嫌味と受け取られ、黒岩は肩を竦めた。
自分は事実を述べたつもりだ。
恋愛とは当然、一人でするものではない。誰かに恋をし想いを告げ、それが受け入れられたら始まるのが一般的。もっとも、明確な意思表示を行うかどうかについては世界共通とは言い難い。
黒岩は十七年前に想いを馳せる。
あの頃の自分は奢っていたと思う。
人はモテるということに対し、どのような認識を持っているのだろうか。もしくはどのようにして自覚するのだろう。
たくさんの人に『恋愛的な意味合い』で好かれることを差すのであれば、『たくさんの人に好かれた事実』を知る必要があるだろう。とは言え人の心とは見えないもので、その人の意思表明を鵜呑みにする他ない。
ではモテている人の共通点とはなんだろう。
容姿が優れていることに越したことはないだろうが、どちらかと言うと大切なのは表情なような気もする。
人は自分に都合の良いものを好きになる生き物だ。すなわち、話しかけ辛い人よりは話しかけやすい人に好意を抱く。そういうものだ。
黒岩は確かに声をかけられやすいタチであった。
『誘われれば誰とでも寝る』
噂が本当になるまでに時間を要さなかったのは、愛と肉体関係が自分の中でイコールではなかったから。唯野に出逢うまで。
「また来るといい。君とは話したいことが山ほどあるからねえ」
のんびりとした口調で吐かれた言葉は嫌味なのだろうか。
ロータリーまで見送ってくれた専務に頭を下げ、車のドアに手をかけた黒岩は手を止める。
「専務は俺に何を望んでいるのですか」
この人は今でも唯野が好きだという。だが、その唯野は板井のモノだ。どうにかなることを望んでいるなら、黒岩にコンタクトを取ったところでどうにもならない。
「俺は社長側にはつきませんよ」
「そうだね。君にとって大切なのは唯野君だからね」
”もっとも、自分も社長側についているつもりはない”と続けて。
「君は君でいればいい。ただし、結果的に唯野君が追い詰められていくことは心に留めておくべきだ」
「唯野が?」
唯野が自分に忠告したのは追い詰められた結果だとでも言うのか。
それとも、これから追い詰められるとでも?
「君のやり方では彼は守れない」
「それは……わかっているつもりです」
唯野は板井を選んだ。それが全ての答え。
もっと掘り下げるべき話もあっただろうが、黒岩は一旦彼の元を後にした。
変わらなかった専務。
変わってしまった自分。
前に進むことを選んだ唯野。
十七年、同じ場所にいたはずなのにいつから歯車は狂っていたのだろう。
いつだって唯野の反応を窺うだけで、その先に進もうとしなかった自分。
それは臆病だったからではない。
どうにもならないと諦めてしまっていたからだ。
『それみろ』
もう一人の自分が自分自身を嘲笑う。板井はちゃんとその先に進んだじゃないかと。
赤信号でブレーキを踏むと黒岩はハンドルに突っ伏した。
らしくないと思う。
どんなに無理だと思っても、本気で手に入れたいと望めば道は開けたはずなのに。少なくとも板井たちが入社するまではいくらだってチャンスはあった。
安穏とした変わらない今日に身を任せ、それを良しとしていた自分。唯野の心が離れてしまっても無理はなかった。
その証拠に自分がどれだけ皇を追いかけていても、彼は見向きもしなかったのだ。呆れはしても。
どうでも良くなってしまったのは、他に好いた相手がいるから。
「はあ。どこで間違ったんだろうな」
信号機が青に変わる。
切なく軽快な音楽がスピーカーから流れだし、黒岩はアクセルを踏んだ。
もう戻りはしない。時は前にしか進むことは無い。自分の選んだ選択が唯野に最悪の結果を選ばせたとしても。
『君は唯野君に本当の気持ちを告げないのかい?』
専務の言葉が脳裏を過る。
あれだけ皇を追いかけておいて、今更『本当は唯野のことが好きなんだ』なんて言えるわけないのに。
「黒岩君はモテるからねえ。相手になんか困らないだろう?」
「別にモテてなんかいませんよ」
さらりと返せば嫌味と受け取られ、黒岩は肩を竦めた。
自分は事実を述べたつもりだ。
恋愛とは当然、一人でするものではない。誰かに恋をし想いを告げ、それが受け入れられたら始まるのが一般的。もっとも、明確な意思表示を行うかどうかについては世界共通とは言い難い。
黒岩は十七年前に想いを馳せる。
あの頃の自分は奢っていたと思う。
人はモテるということに対し、どのような認識を持っているのだろうか。もしくはどのようにして自覚するのだろう。
たくさんの人に『恋愛的な意味合い』で好かれることを差すのであれば、『たくさんの人に好かれた事実』を知る必要があるだろう。とは言え人の心とは見えないもので、その人の意思表明を鵜呑みにする他ない。
ではモテている人の共通点とはなんだろう。
容姿が優れていることに越したことはないだろうが、どちらかと言うと大切なのは表情なような気もする。
人は自分に都合の良いものを好きになる生き物だ。すなわち、話しかけ辛い人よりは話しかけやすい人に好意を抱く。そういうものだ。
黒岩は確かに声をかけられやすいタチであった。
『誘われれば誰とでも寝る』
噂が本当になるまでに時間を要さなかったのは、愛と肉体関係が自分の中でイコールではなかったから。唯野に出逢うまで。
「また来るといい。君とは話したいことが山ほどあるからねえ」
のんびりとした口調で吐かれた言葉は嫌味なのだろうか。
ロータリーまで見送ってくれた専務に頭を下げ、車のドアに手をかけた黒岩は手を止める。
「専務は俺に何を望んでいるのですか」
この人は今でも唯野が好きだという。だが、その唯野は板井のモノだ。どうにかなることを望んでいるなら、黒岩にコンタクトを取ったところでどうにもならない。
「俺は社長側にはつきませんよ」
「そうだね。君にとって大切なのは唯野君だからね」
”もっとも、自分も社長側についているつもりはない”と続けて。
「君は君でいればいい。ただし、結果的に唯野君が追い詰められていくことは心に留めておくべきだ」
「唯野が?」
唯野が自分に忠告したのは追い詰められた結果だとでも言うのか。
それとも、これから追い詰められるとでも?
「君のやり方では彼は守れない」
「それは……わかっているつもりです」
唯野は板井を選んだ。それが全ての答え。
もっと掘り下げるべき話もあっただろうが、黒岩は一旦彼の元を後にした。
変わらなかった専務。
変わってしまった自分。
前に進むことを選んだ唯野。
十七年、同じ場所にいたはずなのにいつから歯車は狂っていたのだろう。
いつだって唯野の反応を窺うだけで、その先に進もうとしなかった自分。
それは臆病だったからではない。
どうにもならないと諦めてしまっていたからだ。
『それみろ』
もう一人の自分が自分自身を嘲笑う。板井はちゃんとその先に進んだじゃないかと。
赤信号でブレーキを踏むと黒岩はハンドルに突っ伏した。
らしくないと思う。
どんなに無理だと思っても、本気で手に入れたいと望めば道は開けたはずなのに。少なくとも板井たちが入社するまではいくらだってチャンスはあった。
安穏とした変わらない今日に身を任せ、それを良しとしていた自分。唯野の心が離れてしまっても無理はなかった。
その証拠に自分がどれだけ皇を追いかけていても、彼は見向きもしなかったのだ。呆れはしても。
どうでも良くなってしまったのは、他に好いた相手がいるから。
「はあ。どこで間違ったんだろうな」
信号機が青に変わる。
切なく軽快な音楽がスピーカーから流れだし、黒岩はアクセルを踏んだ。
もう戻りはしない。時は前にしか進むことは無い。自分の選んだ選択が唯野に最悪の結果を選ばせたとしても。
『君は唯野君に本当の気持ちを告げないのかい?』
専務の言葉が脳裏を過る。
あれだけ皇を追いかけておいて、今更『本当は唯野のことが好きなんだ』なんて言えるわけないのに。
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