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────8話*この手を離さないで
13・専務と黒岩
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****♡Side・総括(黒岩)
「完全に君の敗北だよ、黒岩君」
専務の言葉に黒岩はゆっくりと顔を上げた。
黒岩は夜遅くなってから専務の自宅に呼び出されたのである。
かつて上司だった男は現在、あまり関わりのないポジションにいた。だから油断していたとも言える。呼び出しに応じたのは他でもない。関りがない人物が今更関わってきたからだ。
「それは何を指しておられるのですか?」
「僕が何も気づかないとでも」
黒岩はいつになく真面目な面持ちで彼を見つめていた。
唯野に忠告されてからは特別なことはしていないつもりでいる。
「社長は気づいていないようだが。君の本当の目的に」
この社で自分を恨んでいる人物がいるとしたら、専務だろう。それくらいのことは黒岩にも自覚があった。
風当たりが強くなったのは唯野の婚姻後。何が気に障ったのか分からないが、彼の態度は一変した。
「おっしゃることの意味が分かり兼ねます」
それは本心。仮に自分が何か企てていたとしても、何を指しているのか明確でないことには答えられない。
「はっきり言う必要があると」
「できれば」
”相変わらず君はズルいね”と言われ、黒岩はため息を零した。
この男は自分にだけこんな風にきつく当たるのだ。その理由が唯野にあることは薄々気づいてはいる。だがそれを自分の口から述べることはしたくない。
「皇副社長につきまとうのを止めたらしいが」
「唯野に忠告されたもので」
それの何がおかしいのだと思っていると意外なことを言われる。
「そもそも君が、皇副社長につきまとうこと自体に僕は違和感しかないよ」
「は?」
好んだ相手につきまとうことの何がおかしいのかと思った。強引でしつこいと言われている自分のことだ。想定内の行動ではないのか。
「社長がどんな意図を持って皇副社長との情事を見せたのか分からないが、君はそれを利用したんだろう?」
黒岩は虚を突かれ面食らった。
「何を……」
「では説明してくれるかい? 何故、唯野君のことを諦めたのかを」
この人はあてずっぽうで言っているのではないと黒岩は確信する。
「君だって唯野君の突然の婚姻には違和感を持ったはずだ。当てつけのように籍を入れたのは彼を動揺させるためなんだろう?」
黒岩は否定も肯定もせずに黙って彼を見つめていた。
十七年前。
確かに唯野はなんの前触れもなく突然、受付嬢と籍を入れた。
黒岩への告白には『今は職場に慣れたいから』と断ったばかりだと言うのに。それが単なる口実だったとも言えるが、相手がいるならいると言った方が穏便に済むのではないか?
少なくとも付き合いの返答がNOだった理由に嘘はないと思えた。
「唯野は俺に気があるんだと思ってた」
自惚れかもしれないが、だからそんな断り方だったのだと。
「僕もそう感じていたよ」
専務の言葉に黒岩は息を呑んだ。それなのに唯野は突然結婚したのである。何か変だと思っても不思議はない。
「確かに君は誘われれば誰とでも寝るような下半身の緩い男だったけれど、自分から声をかけたことは無かったと聞く」
「よくご存知で」
「そんな君が本気になった相手は唯野君ただ一人。それなのに簡単に諦めたのは何故か」
その言葉には婚姻くらいで諦めるわけはないという含みを感じる。否定をするつもりはない。
理由は簡単。唯野が婚姻後、よく社長と一緒にいるようになったからだ。さすがの黒岩も社長が相手では諦めざるを得なかった。
「だが一向に恋仲になることもなく、皇君が入社した」
明らかに特別扱いされていた唯野への扱いが変わったのは、ある事件の後。
「君は社長を恨んだはずだ。社長のお手付きだと思っていたから諦めたのにそうではないことを知ったのだから」
そして皇とのことを知った時、仕返しのチャンスが来たと思ったんだろうと言われ、黒岩は目を伏せた。
「君があっさり身を引いたのは、皇副社長を傷つけることが目的ではないから」
この男には何もかもお見通しだったとでも言うのか。
「完全に君の敗北だよ、黒岩君」
専務の言葉に黒岩はゆっくりと顔を上げた。
黒岩は夜遅くなってから専務の自宅に呼び出されたのである。
かつて上司だった男は現在、あまり関わりのないポジションにいた。だから油断していたとも言える。呼び出しに応じたのは他でもない。関りがない人物が今更関わってきたからだ。
「それは何を指しておられるのですか?」
「僕が何も気づかないとでも」
黒岩はいつになく真面目な面持ちで彼を見つめていた。
唯野に忠告されてからは特別なことはしていないつもりでいる。
「社長は気づいていないようだが。君の本当の目的に」
この社で自分を恨んでいる人物がいるとしたら、専務だろう。それくらいのことは黒岩にも自覚があった。
風当たりが強くなったのは唯野の婚姻後。何が気に障ったのか分からないが、彼の態度は一変した。
「おっしゃることの意味が分かり兼ねます」
それは本心。仮に自分が何か企てていたとしても、何を指しているのか明確でないことには答えられない。
「はっきり言う必要があると」
「できれば」
”相変わらず君はズルいね”と言われ、黒岩はため息を零した。
この男は自分にだけこんな風にきつく当たるのだ。その理由が唯野にあることは薄々気づいてはいる。だがそれを自分の口から述べることはしたくない。
「皇副社長につきまとうのを止めたらしいが」
「唯野に忠告されたもので」
それの何がおかしいのだと思っていると意外なことを言われる。
「そもそも君が、皇副社長につきまとうこと自体に僕は違和感しかないよ」
「は?」
好んだ相手につきまとうことの何がおかしいのかと思った。強引でしつこいと言われている自分のことだ。想定内の行動ではないのか。
「社長がどんな意図を持って皇副社長との情事を見せたのか分からないが、君はそれを利用したんだろう?」
黒岩は虚を突かれ面食らった。
「何を……」
「では説明してくれるかい? 何故、唯野君のことを諦めたのかを」
この人はあてずっぽうで言っているのではないと黒岩は確信する。
「君だって唯野君の突然の婚姻には違和感を持ったはずだ。当てつけのように籍を入れたのは彼を動揺させるためなんだろう?」
黒岩は否定も肯定もせずに黙って彼を見つめていた。
十七年前。
確かに唯野はなんの前触れもなく突然、受付嬢と籍を入れた。
黒岩への告白には『今は職場に慣れたいから』と断ったばかりだと言うのに。それが単なる口実だったとも言えるが、相手がいるならいると言った方が穏便に済むのではないか?
少なくとも付き合いの返答がNOだった理由に嘘はないと思えた。
「唯野は俺に気があるんだと思ってた」
自惚れかもしれないが、だからそんな断り方だったのだと。
「僕もそう感じていたよ」
専務の言葉に黒岩は息を呑んだ。それなのに唯野は突然結婚したのである。何か変だと思っても不思議はない。
「確かに君は誘われれば誰とでも寝るような下半身の緩い男だったけれど、自分から声をかけたことは無かったと聞く」
「よくご存知で」
「そんな君が本気になった相手は唯野君ただ一人。それなのに簡単に諦めたのは何故か」
その言葉には婚姻くらいで諦めるわけはないという含みを感じる。否定をするつもりはない。
理由は簡単。唯野が婚姻後、よく社長と一緒にいるようになったからだ。さすがの黒岩も社長が相手では諦めざるを得なかった。
「だが一向に恋仲になることもなく、皇君が入社した」
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「君は社長を恨んだはずだ。社長のお手付きだと思っていたから諦めたのにそうではないことを知ったのだから」
そして皇とのことを知った時、仕返しのチャンスが来たと思ったんだろうと言われ、黒岩は目を伏せた。
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