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────8話*この手を離さないで
12・副社長と専務
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****♡Side・板井(同僚)
「我が社の事情を調べていた板井君には改めて説明する必要はないと思うが、株原には二通りの人事がある」
一つは人事部によるもの。もう一つは社長によるもの。
後者は特殊であり、ある目的を持って行われるものだ。
人事に関しては個々の会社によって方針は異なるとは思うが、配属に関しては社員が何らかの理由を持ち希望をするものと会社の決定によって決められるものがあると思う。それは我が社株原でも変わらない。
だが我が社の社長による人事というのは非常に特殊で、今回のように私的な理由が絡んでいる場合が多い。
「君たち三人も社長自らスカウトを行った人材だが、皇副社長も同様に社長が自らスカウトを行った人材なんだよ」
唯野は入社試験を通ったが、皇は是非にと招いたということなのだろう。だから相手を知った時期が異なり、初めから待遇も違っていたというのは想像に難くない。
「苦情係は確かに『唯野君を閉じ込めるための鳥かご』ではあるが、塩田君との出会いが結果的に苦情係を立ち上げるきっかけになっている」
”鳥かご”が苦情係だったのはたまたまということ。
「それって……」
「社長にとってはなんでも良かったんだよ。唯野君を傍に置けるなら」
口実なんてなんでも良いとも受け取れるが、同時に唯野がなんでもできることを指していた。
「なあ、板井君」
「はい」
「君は何があっても唯野君の傍にいてあげられるの?」
「無論、何があっても別れるつもりはありません」
「そう。なら、覚悟しておくことだね」
寂し気な専務の眼差し。
彼の言う覚悟がなんなのか、板井にも想像はできた。
『唯野君は皇副社長を救うためなら、自己犠牲も厭わないだろう。それが彼自身を救う道でもあるから』
帰り道の車の中で、板井は専務が言っていたことを反芻する。できれば穏便に解決したい案件だが、雲行きが怪しくなってきていた。
社長が唯野に手を出さなかったのは自分の気持ちに無自覚だったこともあるだろうが、唯野が異性と婚姻した事実も関係しているようだ。
だが唯野にとってはそうではない。
皇が入社するまでは自分に対して特別扱いをしていた社長が、手のひらを返した。それどころか恋人にしたいという。
自分には手を出さなかった彼が皇には違った。唯野が社長に対してどんな気持ちを抱いていたのか定かではないが、それなりにショックも受けたのではないかと思う。
専務は黒岩を恨んでいた。彼が唯野につき合おうなどと言わなければ、唯野が元会長の標的にされることはなかった。それと同時に唯野は黒岩に気があると専務は感じていたようだ。
それなのに、唯野が結婚をするとすぐに自分も籍を入れた。まるで当てつけのように。
『唯野君は認めないと思うが、彼は黒岩君のことが好きだったと思うよ』
簡単に諦めるくらいなら唯野にそんなことを言うべきではないと専務は言った。
黒岩に関しては何を考えているのかまったくわからない。
この件に関して一度、話を聞くべきだとは思う。皇にしつこくしていたようだが、本当に皇に気があるのだろうか。
何だか頭痛がしてきたなと思いながら、マンションのドアを開ける。
「おかえり」
出迎えてくれた唯野にちゅっと口づけをすると、ぎゅっと抱きしめた。
「専務と話をしてきたんだって?」
「ええ」
靴を脱ぎリビングへ向かう。唯野からも聞きたいことはあるが、まだ考えが纏まっていなかった。
「元気そうだった?」
「専務とならお会いになるのでは?」
専務は社長のアドバイザー的な立場にある。それなら社長室で会うこともあるのではないかと思っていた。
「会う機会がないんだよね。もっとも……社長が良く思わないだろうし」
よく思わない理由については唯野が理解しているようには見えない。だが今の板井にはその理由に見当がついていた。
「修二さん」
「うん?」
「何があっても俺の愛は変わりません」
「どうしたんだ、急に」
「覚えていて欲しいんです。この先、何があっても変わらないこと。そして疑わないで欲しい、俺の愛を」
唯野は近い将来、最悪の選択をするだろう。けれども、この手は離さないと板井は心に誓ったのだった。
「我が社の事情を調べていた板井君には改めて説明する必要はないと思うが、株原には二通りの人事がある」
一つは人事部によるもの。もう一つは社長によるもの。
後者は特殊であり、ある目的を持って行われるものだ。
人事に関しては個々の会社によって方針は異なるとは思うが、配属に関しては社員が何らかの理由を持ち希望をするものと会社の決定によって決められるものがあると思う。それは我が社株原でも変わらない。
だが我が社の社長による人事というのは非常に特殊で、今回のように私的な理由が絡んでいる場合が多い。
「君たち三人も社長自らスカウトを行った人材だが、皇副社長も同様に社長が自らスカウトを行った人材なんだよ」
唯野は入社試験を通ったが、皇は是非にと招いたということなのだろう。だから相手を知った時期が異なり、初めから待遇も違っていたというのは想像に難くない。
「苦情係は確かに『唯野君を閉じ込めるための鳥かご』ではあるが、塩田君との出会いが結果的に苦情係を立ち上げるきっかけになっている」
”鳥かご”が苦情係だったのはたまたまということ。
「それって……」
「社長にとってはなんでも良かったんだよ。唯野君を傍に置けるなら」
口実なんてなんでも良いとも受け取れるが、同時に唯野がなんでもできることを指していた。
「なあ、板井君」
「はい」
「君は何があっても唯野君の傍にいてあげられるの?」
「無論、何があっても別れるつもりはありません」
「そう。なら、覚悟しておくことだね」
寂し気な専務の眼差し。
彼の言う覚悟がなんなのか、板井にも想像はできた。
『唯野君は皇副社長を救うためなら、自己犠牲も厭わないだろう。それが彼自身を救う道でもあるから』
帰り道の車の中で、板井は専務が言っていたことを反芻する。できれば穏便に解決したい案件だが、雲行きが怪しくなってきていた。
社長が唯野に手を出さなかったのは自分の気持ちに無自覚だったこともあるだろうが、唯野が異性と婚姻した事実も関係しているようだ。
だが唯野にとってはそうではない。
皇が入社するまでは自分に対して特別扱いをしていた社長が、手のひらを返した。それどころか恋人にしたいという。
自分には手を出さなかった彼が皇には違った。唯野が社長に対してどんな気持ちを抱いていたのか定かではないが、それなりにショックも受けたのではないかと思う。
専務は黒岩を恨んでいた。彼が唯野につき合おうなどと言わなければ、唯野が元会長の標的にされることはなかった。それと同時に唯野は黒岩に気があると専務は感じていたようだ。
それなのに、唯野が結婚をするとすぐに自分も籍を入れた。まるで当てつけのように。
『唯野君は認めないと思うが、彼は黒岩君のことが好きだったと思うよ』
簡単に諦めるくらいなら唯野にそんなことを言うべきではないと専務は言った。
黒岩に関しては何を考えているのかまったくわからない。
この件に関して一度、話を聞くべきだとは思う。皇にしつこくしていたようだが、本当に皇に気があるのだろうか。
何だか頭痛がしてきたなと思いながら、マンションのドアを開ける。
「おかえり」
出迎えてくれた唯野にちゅっと口づけをすると、ぎゅっと抱きしめた。
「専務と話をしてきたんだって?」
「ええ」
靴を脱ぎリビングへ向かう。唯野からも聞きたいことはあるが、まだ考えが纏まっていなかった。
「元気そうだった?」
「専務とならお会いになるのでは?」
専務は社長のアドバイザー的な立場にある。それなら社長室で会うこともあるのではないかと思っていた。
「会う機会がないんだよね。もっとも……社長が良く思わないだろうし」
よく思わない理由については唯野が理解しているようには見えない。だが今の板井にはその理由に見当がついていた。
「修二さん」
「うん?」
「何があっても俺の愛は変わりません」
「どうしたんだ、急に」
「覚えていて欲しいんです。この先、何があっても変わらないこと。そして疑わないで欲しい、俺の愛を」
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