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────8話*この手を離さないで
10・事の始まり
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****♡Side・板井(同僚)
「唯野君は十七年前、我が社の方針に深く感銘を受けここで働くことを希望した。配属希望先は商品部」
”方針に感銘を受けた”という部分が気になったが、板井は口出しをせずに話を聞くことにした。
「だが、人事部長の一存で唯野君は営業部に配属になった。僕もそのことを知らなくてね。彼にはとても可愛そうなことをしたと思っている」
株原の方針の一つに『適材適所』というのがあるが、本人の希望しない部署への配属には社長の許可が必要と記載もされている。もちろん唯野の件も社長の知るところとなり、当時の人事部長は左遷され、本社から移動になったという。
「順番が逆になってしまったが、板井君は我が社の営業部一課には男性しかいないということを知っているかね?」
「いえ、存じません」
世界は男女平等だというのに男尊女卑思想なのか? と思ったがそうではなかった。
「一課と二課の業務内容は全く違い、一課には外回りがあるが二課は内勤。広告作成などがメインなんだ。元は一課にも女性がいたが、そうなってしまったのには理由がある」
株原には美男美女が多い。それは社長の『目を引く麗しき者は皆の活力となる』という考え方から来ている。簡単に言えば、社内に推しが居ればやる気が出るということだ。
その中でも営業部はトップクラス。
人間とはどんなに『平等や公平』であることが正しき事だとわかっていようが、好みの美男美女が来たら少しは甘くしてしまうものなのだ。そこにつけ込んだ営業を展開していたのが我が社株原なのだろう。
そして唯野が入社する二年前、事件は起きた。
「営業部一課の女性社員が枕を求められた。もちろんすぐに上司に報告し、事なきを得たが社長が激怒してね」
それ以降、女性社員を守るため外回りはさせない方針となったらしい。
「自社の社員を守れずして、社の発展などない。そういう考え方の人だ。従業員というのは働き手でもあるが同時に客でもある。嫌いな会社の製品なんて買わないだろう」
「そうですね」
「唯野君はその件について知っていて、社長が尊敬に値する人物であると思ったのだろうね」
そんな相手から年がら年中パワハラを受けている唯野は何を思うのだろうか。それでも嫌いになれないから耐えられるのではないかと板井は感じた。
「彼が元会長からのセクハラに耐えたのも、恐らく社長の考え方が好きで。この会社にいたかったからだと思う」
穏やかに言葉を紡ぐ彼の瞳は何処か悲し気だ。
「あの。専務は今でも唯野課長の事がお好きなんですよね。想いを知ってもらいたいと思ったことはないのですか?」
それは素朴な疑問だった。
唯野が何も言っていなかったということは、専務が自分の気持ちを本人に吐露したことはないと推測できる。
確かに想っていたいだけという人もいるし、叶わないと分かっているから言わないという人もいるだろう。だが彼は、なんとなくどちらにも該当しない気がしたのだ。
「もちろんあるさ。けれども僕は唯野君を守ることが出来なかった上司だ。そんな資格はないだろう?」
当時、唯野は報告をしなかった。だから直属の上司であった営業一課長も知らないし、それを上に報告することは無かったはず。それでも自分に責任があるというのには理由があるはずだ。
板井が自分の考えを告げると彼は眉を寄せた。苦し気に。
「理論的にはそうだろう。知らないことに責任は負えない。それでも上司が責任を取らされる。理不尽だが仕方がない。それが管理職というものだから」
”でも……”と彼は続ける。
「社長は『言わせてあげられない君に責任がある』と言ったんだ」
【報連相】は何処の会社でも基本として掲げられるもの。それを守れと言ったところで、『言いやすさ』というものが存在する。特に業務外のことは『言い辛ければ我慢する』という選択をする者は多いのだ。
「唯野君は十七年前、我が社の方針に深く感銘を受けここで働くことを希望した。配属希望先は商品部」
”方針に感銘を受けた”という部分が気になったが、板井は口出しをせずに話を聞くことにした。
「だが、人事部長の一存で唯野君は営業部に配属になった。僕もそのことを知らなくてね。彼にはとても可愛そうなことをしたと思っている」
株原の方針の一つに『適材適所』というのがあるが、本人の希望しない部署への配属には社長の許可が必要と記載もされている。もちろん唯野の件も社長の知るところとなり、当時の人事部長は左遷され、本社から移動になったという。
「順番が逆になってしまったが、板井君は我が社の営業部一課には男性しかいないということを知っているかね?」
「いえ、存じません」
世界は男女平等だというのに男尊女卑思想なのか? と思ったがそうではなかった。
「一課と二課の業務内容は全く違い、一課には外回りがあるが二課は内勤。広告作成などがメインなんだ。元は一課にも女性がいたが、そうなってしまったのには理由がある」
株原には美男美女が多い。それは社長の『目を引く麗しき者は皆の活力となる』という考え方から来ている。簡単に言えば、社内に推しが居ればやる気が出るということだ。
その中でも営業部はトップクラス。
人間とはどんなに『平等や公平』であることが正しき事だとわかっていようが、好みの美男美女が来たら少しは甘くしてしまうものなのだ。そこにつけ込んだ営業を展開していたのが我が社株原なのだろう。
そして唯野が入社する二年前、事件は起きた。
「営業部一課の女性社員が枕を求められた。もちろんすぐに上司に報告し、事なきを得たが社長が激怒してね」
それ以降、女性社員を守るため外回りはさせない方針となったらしい。
「自社の社員を守れずして、社の発展などない。そういう考え方の人だ。従業員というのは働き手でもあるが同時に客でもある。嫌いな会社の製品なんて買わないだろう」
「そうですね」
「唯野君はその件について知っていて、社長が尊敬に値する人物であると思ったのだろうね」
そんな相手から年がら年中パワハラを受けている唯野は何を思うのだろうか。それでも嫌いになれないから耐えられるのではないかと板井は感じた。
「彼が元会長からのセクハラに耐えたのも、恐らく社長の考え方が好きで。この会社にいたかったからだと思う」
穏やかに言葉を紡ぐ彼の瞳は何処か悲し気だ。
「あの。専務は今でも唯野課長の事がお好きなんですよね。想いを知ってもらいたいと思ったことはないのですか?」
それは素朴な疑問だった。
唯野が何も言っていなかったということは、専務が自分の気持ちを本人に吐露したことはないと推測できる。
確かに想っていたいだけという人もいるし、叶わないと分かっているから言わないという人もいるだろう。だが彼は、なんとなくどちらにも該当しない気がしたのだ。
「もちろんあるさ。けれども僕は唯野君を守ることが出来なかった上司だ。そんな資格はないだろう?」
当時、唯野は報告をしなかった。だから直属の上司であった営業一課長も知らないし、それを上に報告することは無かったはず。それでも自分に責任があるというのには理由があるはずだ。
板井が自分の考えを告げると彼は眉を寄せた。苦し気に。
「理論的にはそうだろう。知らないことに責任は負えない。それでも上司が責任を取らされる。理不尽だが仕方がない。それが管理職というものだから」
”でも……”と彼は続ける。
「社長は『言わせてあげられない君に責任がある』と言ったんだ」
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